コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76



Re: マーメイドウィッチ ( No.14 )
日時: 2016/05/05 11:22
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜








*「私と踊っていただけませんか?」



今度はどこぞの貴族の嫡男だろう。

うんざりした表情を隠そうともせず、不機嫌な顔で私は後ろを振り返った。

しかし、声をかけてきた人物を見て、私は言葉を失った。

太陽の光を紡いだかのような美しい金の髪。

空よりも澄み切った宝石のような水色の瞳。

肌はミルクに赤いインクを一滴たらしたかのような、

抜けるような白さだ。

うやうやしく差し出されている手は上質な白手袋に包まれていて、

気付けば私はその手を取ってしまっていた。

ワルツなんて乗り気じゃなかったはずなのに。

ふわりとドレスの裾が翻る。

美しい音楽に合わせて、体が滑るように動き出す。

ああ、なんて楽しい。

気付けば私は声をあげて笑っていた。

身体が羽のように軽い。

私のステップと彼のステップはぴたりと合っていて

まるで何年も何年も練習してきたかのよう。

私はまた笑った。

そして、なんて素敵な人なのだろうと彼を見つめた。

そんな私を彼はどこまでも優しく見つめていてくれていて

私は、ただ彼と、広間の中央で踊り続けた。

くるくるくる

くるくるくる

回って回って

周りの景色が見えなくなる

貴方のことしか見えなくなる

あなたの瞳に映っているのも私だけ

私の瞳に映るのも貴方だけ

幻のような

うたかたのような

そんな夢のひと時

夢の欠片









〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

Re: マーメイドウィッチ ( No.15 )
日時: 2016/05/05 22:00
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

*するりと冷たいものが目じりを伝って耳のほうに落ちていくのを感じて

フレヤは目をゆっくりと開けた。

見慣れた豪奢な紋様の描かれた天井が目に入る。

不思議と気分は悪くなかった。

ただ、胸が鈍く痛むだけだった。

過去の夢を見るだなんてどうかしているとしか思えない。

それもステファンの、元恋人の夢を見るなんて。

フレヤは乱暴なしぐさで目じりの涙をぬぐった。

手の甲が濡れて気持ち悪い。

ちらりと窓の外を見やると、カーテンの隙間からわずかに光が漏れているだけだった。

まだ夜が明けていない時間帯だろう。


「……残酷な方ね、ステファン様」


夢の中まで現れて、こうも胸をかき乱すだなんて。

今もこうして、名を自分で言っておいて、

その名が己に跳ね返ってきて震える。


「……ひどい人」


漏れ出た声は胸がきしむような音だった。

心にある傷はまだ生傷のままで、かさぶたができる気配もない。

あの頃の、自分はまだ若くて、恋に恋をしているようなありさまだった。

夢見るように恋をしていた。

ただ、彼だけを慕い続けた。

あの穏やかな瞳が好きだった。

あの優しい手が好きだった。

包み込むような声も、その仕草も、何もかもが愛しかった。

愛しかったのに。

沢山を望んだわけではない。

ささやかな望みを抱いただけだ。

それすら叶わないだなんて。

フレヤはごしごしと涙をぬぐい続けた。

一月あまり考えないようにしていたことが、

思いがけない形でよみがえり、涙が止まらない。

忘れてしまいたいのに。

なかったことにしてしまいたいのに。

彼のすべてが自分の中から消えてくれない。

ひゅっと自分の喉が鋭く鳴った。

苦しい。

この報われない想いを、忘れることもできず、捨て去ることもできなくて苦しい。

何がいけなかったのだろう。

この気味の悪い髪色と瞳の色のせいだろうか。

それとも、感情を表に出すのが苦手だったからだろうか。

妹よりも美しくなかったからろうか。

妹のほうが女らしくて、たおやかで、まさに真相の姫君らしい美しさで。

何もかもが自分にはないものだ。

それをすべて妹なら持っている。


「こんな力……なければよかったのに」


願わくば。

もう一度。

もう一度だけ、抱きしめてほしかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.16 )
日時: 2016/05/07 22:37
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

*「何を泣く」


静かな声に、びくりとフレヤの肩が揺れた。

闇に溶けるようにして立っているチノの声だった。

この男の存在を完全に忘れていた。

まばたきすると、涙がばしゃりと落ちて、慌てて手の甲でごしごしとぬぐった。

なんたる不覚。

もの思いにふけりすぎて、その存在を完全に忘れてしまうとは。

いや。

この男が気配を消すのが恐ろしくうまいだけだ。

泣き顔を人に見られるのは嫌いだ。

弱さや脆さを他人に見せるのは昔から嫌いだった。


「そういえば、あなた、護衛として今日からいたんだったわ……」


フレヤの部屋で仮眠をとりつつ、つきっきりで護衛をするということになったのだった。

おそらく、フレヤの様子がおかしかったことを察知して起きたのだろう。


「……ステファン。

 隣国の第一王子だったか」

「……元婚約者で、妹の現婚約者よ。

 ……惨めでしょう、笑いたければ笑えばいいわ」


投げやりな気持ちでそう吐き捨てるように言ったが、

チノは何も言わない。

ただ、無言でこちらに近づいてきたので、

フレヤは慌ててベッドの上で身を起こした。

しかし、それでも何も言わない。

怪訝に思ってチノの顔を見つめるが、その顔には不可解そうな表情が浮かんでいるだけだった。


「どうして、面白くも楽しくもないのに、笑わねばならない?」


フレヤはそのあまりにくそ真面目すぎる返答にしばしぽかんとしていた。

しばらくして、その口元を緩めた。


「真面目ね」


気付けば涙はいつの間にか止まってしまっていた。

まだ不可解そうな表情のチノを見て、自然に笑みがこぼれた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.17 )
日時: 2016/05/08 16:16
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

*風が気持ちいい。

耳元でうなり、髪をとかして、後ろに流れていく。

景色もどんどん後ろに流れていく。

フレヤは現在、村娘の格好をして、森の中を馬に乗って疾走していた。

その後ろには、同じく馬に乗ったチノが追っている。

数時間前に二人は城を出た。

フレヤ付きの侍女や、従者たちは何も言わない。

見て見ぬふりをして送り出してくれる。

普通の王女であれば、従者を一人ぐらいしか連れず出歩くのはありえないことだ。

しかし、この「外出」は特別なもので、フレヤが十四になった時から

続けられているものだから、彼らは何も言わない。


「……ついたわ」


森が開けてきて、目の前に広がったのは、荒廃した村だった。

馬の速度を緩めると、チノが隣に並んだ。

その緑の瞳は細められていた。

そまつなレンガ造りの家が立ち並ぶ小さな村。

その煙突からは細く煙が上がっていた。

畑に植えてある作物は、数年前の大津波の影響で、

土の中の塩分が抜けきっていないため、枯れかけている。

どこか砂漠を思わせる光景。

一目で貧困にあえいでいる村だとわかる。

道端を歩いていた、みすぼらしい身なりの少女が、たたずむこちらに気付いた。

その顔に一気に喜色が広がる。


「おねえさんだ!!」


そして、笑顔のまま、こちらに駆け寄ってきた。

その声を聞きつけた村人が家の中から次々と姿を現した。


「まぁまぁ、お嬢さんじゃないか!!」

「お嬢さんだぞー!!

 お嬢さんが来たぞー!!」


子供たちが次々と駆け寄ってきた。

フレヤは馬から降り、城から持ってきた籠を取り出し、

中から白パンや焼き菓子を取り出してみんなに配って回った。

フレヤはこの慈善活動のようなものを、ずっと続けてきた。

最初は、なんと、城の執事に連れられてお忍びで城の外に出た。

そこで初めて、フレヤは、己の生活が、

たくさんの民に支えられて初めて成り立っていることを知った。

そして、民の中には貧困にあえいでいて、

食べ物すら手に入らない生活や、学校に行ったこともない者がいることも知った。

ただの自己満足であることも十分わかっているし、

自分自身ができることは非常に限られていることも知っている。

それでも、小さなことでもいいから、民の支えになりたかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.18 )
日時: 2016/05/11 12:41
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

*食べ物を村人たちに、全て手渡した後、

フレヤは、子供たちに集まるように言った。

子供たちに文字を教えるためだ。

ここの子供たちは、みんな貧しくて、学校に行く余裕がない。

このままでは悪循環の繰り返しだ。

貧しい親の元に生まれ、教養がないため、ろくな仕事にもつけず、

また生まれた子供も貧しく、教養がないまま育つ。

そうさせないためには、簡単な読み書き、計算ができればいいだけの話だ。

だからフレヤは、たまに食べ物と共に色んな貧しい村を訪れて、

子供たちに読み書きと計算の仕方を教えて回っている。

そんなフレヤの様子をチノは後ろで静かに見守っていた。

自分の名前が書けるようになった子供たちが大喜びでチノに見せに行ったとき

優しくその頭をなでていた。

その瞳には穏やかな光が宿っている。

















また来てねー!!という名残惜しげな声に押されるようにして、

フレヤとチノは村を出た。


「……王族の、それも第一王女が、護衛を一人しかつけずに出回りたいと

 いう理由が、これか」

「ただの息抜きよ」


宮廷は、ひどく疲れる。

遊びばかりに呆けている父王がいるのをいいことに、

その配下たる大臣たちは、私腹を肥やすことに大忙しだ。

国は何も良くなっていない。

息が詰まりそうな場所だ。

こうやって外に出ると、貧しいながらも、懸命に生きようとする人たちがいる。

その人たちと触れ合うことで、フレヤも活力をもらえるのだ。


「不思議な王女だな。

 王宮で贅沢に暮らし、人々にかしずいてもらって生きることもできるだろう」

「私自身がそういう生活が大嫌いなのよ」


行きとは違い、のんびりと馬を歩かせる。

まだ昼過ぎだ。

ゆっくりでも夕方には王宮につくだろう。


「……今の私の生活があるのは、この国の民のおかげであることは

 わかっているつもりよ

 私は、王族であるからといって無知ではいたくない。

 知りたいし、わかりたいと思う」

「そうか」


はらり、と濃い青色の髪が頭巾から零れ落ちた。

民は、みんな、会いに行ったらよくしてくれる。

それは、フレヤがこの国の第一王女だというのを知らないからだ。

おおかた、どこかの貴族の娘だと思われているのだろう。

この髪は、王族である者の証。

亡き母と同じ髪の色だ。

もし、民が、フレヤが今の愚王の娘だと、

今の苦しい生活を何も変えようとしない王の娘であると知ったらどうなってしまうのだろう。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76



この掲示板は過去ログ化されています。