コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.260 )
日時: 2017/04/15 15:24
名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)

成宮 理斗様!!


お久しぶりです!!
もちろん覚えていますとも!!
また来てもらえて嬉しいことこの上ないです(*^^*)


フレヤさんもチノも嫉妬モード全開ですね笑
自分で書いてて
「こいつら、重っ!!」
って思わずつぶやいてしまったという……

でも、いろはうた、嫉妬大好き人間なので
おいしく書かせていただきました。←



コメントありがとうございます!!

Re: マーメイドウィッチ ( No.261 )
日時: 2017/04/15 15:45
名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)

フレヤは声もなくカルトを見た後、さっとチノに視線を向けた。

彼の目は閉ざされていた。

低くうめいていて顔をゆがめている。

カルトはチノに一歩近づきしゃがむと、

そのみぞおちに強くこぶしを叩き込んだ。

完全にチノの体から力が抜けている。


「カルト!!」


やりすぎだった。

非難の声を上げるが、カルトは肩眉を上げただけだった。


「こうでもしないとチョルノはすぐ起きるけど?」


フレヤは言葉を失った。

カルトの顔は冷酷なほど落ち着いていた。

その手には革袋が握られていた。

彼の身の回りの物をまとめた荷物なのだろう。


「チョルノは俺らの一族に必要な存在なんだ。

 とらないでよ。

かわりにおれがついていってやるから」

「ええ。

 ありがとう」


フレヤは目を伏せて頷いた。

チノを連れて行く気は毛頭なかった。

むしろカルトが着いてきてくれることで、

この先とても助かるだろう。


「もう行ける?」

「ええ。

 行きましょう」


フレヤは立ち上がると同じく革袋を手に取った。

テントを出る前に、一度だけチノのほうを振り返る。

フレヤは一瞬目元をゆがめた後、視線を前に戻した。

振り返ってなどいられない。





マシューとエリッシュは、約束の時間に他の兵と合流した。

何事もなかったかのようにふるまうので必死だった。

しかし、そんな二人を怪しむ者はおらず、

無事、上官に不審な人物などは見なかったという

嘘の報告を済ませたときだった。


「メノウ様!!」


さっと人垣が二つに分かれる。

馬に乗った美しい娘が遠くから来るのが見えた。

なぜ彼女がここに。

王宮にいるはずではないのか。

思考が入り乱れる。

しかし、ヘレナ第二王女、いやヘレナ王妃殿下そっくりの

かんばせをちらりと見た後、二人はあわてて

他の兵に倣って敬礼をした。


「何か変わったことはありましたか?」


柔らかな声。

ずっと聞き入っていたくなるような響きだった。

緑色の瞳がマシューととエリッシュの上官に向けられる。

彼は、とくに成果がなかったことと

これからも捜査に尽力する旨を伝えた。

メノウはわずかに首を傾げた。

さらさらした金髪が華奢な肩からこぼれおちる。


「この香りは……」


緑の瞳は、何故かマシューとエリッシュに

ゆっくりと向けられた。

彼女をのせた馬が近づいてきた。

二人はただ凍り付いていた。

ヘレナ妃殿下そっくりのかんばせが

複雑な色を載せた。


「懐かしい香り……」


二人の背には冷たい汗が流れていた。

懐かしい香りというのはどういうことだろうか。

アルハフ族の香りだとでもいうつもりだろうか。

まさか、気づかれているのだろうか。

嘘をついていると。

いや、そんなはずはない。

自分たちが見たものを黙ってさえいれば

絶対に誰にも気づかれるはずはないのだ。


「あと、私の大嫌いな海の匂いがするわ」


メノウはすん、と獣臭い仕草で鼻を鳴らした。

わずかに声に黒くてどろりとしたものが混じった。

馬鹿な。

ありえない。

匂いを判別することなどできないはずだ。

海の匂い。

この国で海と言えば、王族を意味する。

まさか。

まさかこの娘は。

第一王女に自分たちが会ったことに

気づいたとでもいうのだろうか。

緑の目が肉食獣のごとく細められる。


「そう、そういうことね」


二人はただつばを飲み込んで、

目の前の美しい娘を見つめているしかなかった。

なんて恐ろしい。

同じ人間とはとても思えない。

まるで、獰猛で美しい肉食獣を前にしているかのような心地だ。


「何があったのか、真実を話してもらえるかしら」
















フレヤの息は早速あがっていた。

今は、川に沿って上流を目指し歩いている。

たくさんの岩の上を渡り歩いたことなどないフレヤには

苦行でしかなかった。

岩にはびっしりととげの生えた植物が生えており

それでなんども手を傷つけてしまった。

岩は川の水で濡れておりひどく滑りやすく

フレヤは何度も体のバランスを崩した。

カルトは、羽が生えているのかと思えるほど

軽やかに岩の上を駆けまわっていた。

自由自在に森の中を歩けるカルトがうらやましい。

動きの遅いフレヤではあったが、

徐々にコツをつかみつつあった。


「そろそろ休憩にするか」


どれほどその言葉を待ちわびたことか。

フレヤは示された浅瀬になんとかたどり着くと

くずれるようにその場に座り込んだ。

足がひどく痛み、力が入らない。

手をちらりと見る。

いくつもの擦り傷から血が滲みだしていた。

爪の間には土が入り込み、ところどころ黒ずんでいた。


「はい」


差し出された果物を見て、

やっと自分がひどい空腹に襲われていることに気付く。

礼を言って、果物を受け取りかじりつく。

口の中いっぱいに甘い果汁と酸味が広がり

フレヤは思わず顔を緩めた。

身体に染み渡るようだ。


「で、とりあえず隣国目指してるけど、いいの?」

「なにがかしら?」

「一応、元王女でしょ?

 王宮に未練は?」

「ないわ」


ふうんと言うと、カルトも果実にかぶりついた。

唯一気がかりなことと言えば、ヘレナのことだった。

ひどく傷つけてしまった。

あの時以来会えていない。

彼女は無事だろうか。


「カルト、このまま上流に行ったら隣国の近くよね?」

「そうだけど?」

「近くに町があったわ」


記憶を探りながらつぶやく。

カルトが意外そうに眼を丸くした。


「まさか、町に降りる気?」


カルトの言わんとしていることはわかる。

今、この王国のあちこちに、

フレヤに対する追手がかかっている。

街に降りるというのは、それだけ追手に見つかる可能性が高まる。


「最後に、どうしても情報収集がしたくて」
「なんの?」

「……妹の」


考えてみれば馬鹿らしくなるような理由だった。

聞けるかもわからない妹の消息のためだけに

自分だけでなくカルトの命も危険にさらすのだ。

そもそも、カルトはアルハフ族だ。

王国の民はアルハフ族にいい印象は抱いていない。

街に行けば奇異の目で見られるだろう。

それはフレヤも同じことで、

自分の髪や瞳の色を見られたら、すべてが終わる。

フレヤにとってもカルトにとっても

決して良い選択ではなかった。


「ま、いいんじゃない?」


あんまりにもあっさりと返事をされたので

危うく聞き逃すところだった。

本当にいいのか。


「たぶん、チョルノのやつ追いかけてくるし」


その言葉にフレヤは固まった。

あれだけ徹底したのに、まだ彼は追ってくるというのか。

チノとともに育ったカルトの言葉だ。

間違いはないだろう。


「チョルノは動物の痕跡を見つけるのが上手い。

 森の中を歩いていたほうがすぐにばれる」


じゃ、いこうか、とカルトが軽く首を振る。

フレヤは無言で立ち上がった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.262 )
日時: 2017/04/18 15:05
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

たっぷりと時間をかけて、二人はようやく山を下りた。

山歩きの経験などないフレヤには、ひどくこたえた。

足が痛い。

自分の荒い息が耳障りだった。

ふらつく体を何とか動かして、町に一歩入る。

この町の名はイグニール。

王国の東に位置する国。

隣国との国境近くにある町だ。

ここは王都からそう離れていないので、経済的にも治安的にも

他の町と比べて安定している。

だから、それほど視察などには訪れていなかった。

ばさりと二人はフードをかぶって顔と髪を隠した。

素性を知られないようにしたい。

静かに目立たないようにして、通りを歩く。

にぎやかとまではいかないが

活気に満ちた町だった。

国境近くにあるため、貿易の通過点として栄えているのだ。

それゆえ、この町には、この国の民だけでなく、異国の者たちも多かった。

それが二人には救いとなっている。

これなら怪しまれにくい。


「情報を探すんだろ。

 なら、酒場が一番早い。

 あそこは情報の巣窟だからな」

「そう、なの」


カルトの言葉に、フレヤはおずおずとうなずいた。

さすがはさすらいの民。

手慣れている感じがする。


「あれが酒場?」

「ああ、そうさ。

 お上品な王女様なんかは、一生行くことなんかないような場所だよ」


決めつけるような言葉にまたカチンときた。

むっとして睨みつけるが、カルトは飄々とした表情だった。

酒場に視線を戻す。

屈強な男性陣がたむろしていた。

丸太のような腕で、ビールの入ったジョッキをぐいっとあおっている。

むっと煙と酒精と汗のにおいが鼻を突き、

フレヤはわずかに眉をひそめた。

酒場の看板を見つめる。

「踊るロバのしっぽ」

変な名前だった。

先を行くカルトの背中を追い、店に入る。

思っていたよりもこじんまりとした店だった。

決して清潔とは言えない店内に、男たちの野太い笑い声が

響き渡っている。

初めて訪れる場所が珍しくて、フレヤは視線だけであたりを観察した。


「リンゴ酒を二つ」


テーブルに着くなりカルトはウエイトレスを呼び止め注文をする。

フレヤはそわそわしながら、木のテーブルに肘をついた。

あんまりそわそわするなよ、とカルトに小さく言われ、慌てて頷いた。

怪しまれたらそれで終わりだからだ。


「リンゴ酒って何?」

「甘めの酒だよ。

 酒精も低いから、あんたでも飲めると思うよ」


話している間に、ガラスのコップが二つ運ばれてきた。

中に入っているのは金色の発泡酒。

ワインくらいしか飲んだことのないフレヤは

初めて見る庶民の酒に興味津々だった。

なめてみると、酒独特の風味が舌にジワリと広がる。


「酒ばっか飲んでないで、ちゃんと周りの話に耳も傾けなよ」


そう言うと、彼は荒っぽく、ぐいっとコップをあおった。

いい飲みっぷりだ。

どっちのほうが酒を飲んでいるんだか、と半眼になりながらも

フレヤは言われた通り耳に全神経を集める。

ざわざわして聞き取りにくい。

単語がとぎれとぎれに聞こえるだけで、話している内容までは

全然聞こえない。

しかし、カルトはきちんと話の内容まで理解できているようで

ときどきつまらなそうにふーんと呟いていた。

さすがはルー・ガ・ルーの末裔の一族というところだろうか。

フレヤには聞こえない音まですべて拾える優れた耳がうらやましい。

伏せられた真紅の瞳は、突如見開かれた。

ばっと顔を上げて、前方を見つめる。

この気配。

目を細めて、酒場の入り口のあたりを見つめる。

いた。

気のせいなどではなかった。

シウが立っていた。

ミン国の皇子がどうしてここに。

同じ真紅の瞳がふとこちらを見つめてきて、

フレヤはさっと下を向いた。

頭の中はぐるぐると渦を巻いている。

どういうことだ。

何故まだこの国にいるのか。

シウは、敵か味方かわからない不安定な分子。

できれば接触は避けたい。

大丈夫。

おそらくこちらの存在には気づいていない。

静かに店を出れば、気づかれないはずだ。

コップを置いてテーブルから一歩離れようとしたとき、

すっと黒衣の人影が立ちふさがった。

慣れ親しんだ黒に一瞬心臓がはねる。

しかし、それは、その者の顔を見た瞬間に霧散した。


「久しいな、人魚姫」


美しくまがまがしい紅い瞳。

ひそやかに落とされた声に、フレヤは固まった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.263 )
日時: 2017/04/19 11:01
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

「シウ、様……」


かすれた声が漏れた。

気づかれていた。

当然と言えば当然な気がする。

フレヤが気づいてシウが気づかないはずがない。


「なぜあなたがここに……」

「それはこちらがお聞かせ願いたいものだな」


真紅の瞳が見下ろしてくる。

なぜ、王女のおまえがここにいるのだと言外に聞いてくる。


「今回は毛色の違う犬を連れているのか」

「彼は、犬などではありません。

 訂正し、謝罪してください」

「ああ、これはすまない」


まったく心のこもっていない謝罪だった。

ちらりと真紅の瞳がカルトをとらえた後、そらされた。

カルトは黙っている。

予想外の事態に出方を伺っているようにも見えた。


「まぁ、国王崩御など、大体の噂はかねがね聞いてはいるが……」


フレヤはぐっと押し黙った。

やはりステファンとメノウが結託して

フレヤが国王を殺したという情報を国中に広めているのだ。

冷汗が背中を流れる。

汗の滲むこぶしをぎゅっと握りしめた。


「まぁ、ここではなんだ。

 宿でも借りて、話をしよう」


シウは微笑んだ。

つまり、公の場ではできない話をしようと言うのだ。

こちらとしても、変に素性が他の人間にばれるのは防ぎたい。

フレヤはしぶしぶうなずいた。
























連れていかれたのは、ああまり大きくはないレンガ造りの建物だった。

フードを付けた人間が三人も訪れたため、宿の主は不審に思ったようだが

シウがちらりと彼の顔を見つめると、彼はすっと大人しくなった。

どうやら、自分の異形の力である、瞳の力を使ったようだ。

催眠効果で、彼は言われるがままに、二部屋貸し出してくれた。

そのうちの一部屋へ行き腰を下ろす。

それにしても、皇子だというのに、

伴の者も付けずによくやる……とフレヤは内心感心した。

仮にも一国の後継者なのだ。

おそらく家臣の者たちは気が気でないのだろうなと人ごとのように思った。


「それでだ」


シウは足を組んでこちらを見つめた。

それだけでも、かなり威圧感がある。

王者の風格ともいうべきか。

長い脚をこれでもかというほど見せつけられているようだ。


「何故、このような国境近くの町に、

 王殺しの元王女がいる?

 大体の見当くらいはつくが……」

「……ご想像にお任せします」


そっけなくそう言うと、シウもまたフンっと鼻をならした。

この男も、カルトとはまた違う意味でイライラする。

根本的に性格が悪いのだ。

今も、どうしてフレヤがここに落ち延びているのか大体の見当が

ついているというのに、わざわざ本人の口から説明させようとしている。

フレヤは油断なくシウを見つめた。

この男が敵か味方か、この短時間の間に見極めなくては。


「別に、近衛兵のやつにでも、汝の身柄を渡してやってもいいのだぞ」


ほら。

この質の悪い笑顔。

フレヤの顔が若干ひきつっているのを、楽しんでいる。


「お兄さん」


先ほどからずっと黙っていたカルトがふいに口を開いた。

いつもの軽薄そうな笑みはなかった。

怖いくらいの無表情。


「一応ねこの王女サマ、おれの一族の恩人なわけ。

 手ぇ、出したら……殺すよ?」


ぞっとするほど抑揚のない声だった。

部屋中に満ち溢れる殺気に、フレヤはうなじの毛が逆立つのを感じた。

だというのにシウは歯牙にもかけない様子で、

けだるげにフレヤに視線を戻した。


「まぁ、どうせあのいけすかない王子……いや今は王となったのか。

 あの者が今回の首謀者であろうよ」


つまらなそうに言うシウだったが、フレヤは戦慄していた。

シウの口から言われると改めて、真実なのだと強く実感したのだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.264 )
日時: 2017/04/20 21:44
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

カルトはまた黙っている。

どうやら様子を見るらしい。

視線はシウに固定されているように見えるが、

実際は、緑の瞳は、部屋全体を油断なく伺っている。

フレヤもシウを見つめた。


「メノウという娘がすべての発端となったのでは?」

「……まぁ、真相まではわからぬが……

 あの、男はいけ好かない」


シウの眉間にしわが寄っていた。

性格のひんまがっているシウがここまで言うとは。

類は友を呼ぶ、ということわざを思い出した。

こんな時だというのに唇が緩みそうになり、

あわてて表情を取り繕った。


「汝は……少し変わったようだ」


シウはじっとフレヤを見て言った。

変わる?

そんなことを言われても自分ではわからない。

シウが息を吐くとともに足を組み替えた。


「そんなことよりも、こちらの事情は話しました。

 そちらの事情もお聞かせください」


フレヤはじっとシウを見た。

嘘は許さない。

嘘を信じれば、この状況で訪れるのは死だ。

どんな感情の揺らぎも見逃さないように集中する。


「いつ話そうか機会をうかがっていたが……」


シウが手を額に当てて、息を吐いた。

すっと紅い瞳がこちらを見る。


「我は異形のための国を作ろうと思い、

 各国にひそやかに暮らしている異形の者に声をかけて回っている」

「……は?」


予想外の言葉に、氷の無表情が崩れた。

異形のための国?

この男はミン国の皇子だ。

ゆくゆくは皇帝となる男。

意味が分からなかった。


「ミン国とミン国の皇子としての身分を捨てると……?」

「ああ」


迷いのない言葉に迷いのない目。

瞳は澄み切っていて、ちらりとも揺るがない。

心の底から本気で言っているのだと悟る。

ミン国は何億もの民が暮らす大きな帝国だ。

それをすべて捨て去るという重責は一体どれほどのものなのだろうか。


「ば、ばかばかしいわ」

「左様な。

 だが、どうも我は、人間どもよりも、異形の者たちを守りたいらしい」


思わず漏れたフレヤの言葉にも、全然揺らがない。

怒りもせず、ただ静かだった。

この男は、もう腹をくくっているのだ。


「なにがあなたをそうさせたの……?」


取り繕っていたものははがれた。

フレヤは元王女としてではなく、フレヤというひとりの個人として

シウに問うた。

フレヤは、多くを選んだ。

そのかわり、父と己の心を切り捨てた。

しかし、民という多くを選んで、その民に裏切られた。

なら何故彼は、少なきものを選べるのか。


「我とそなたは恵まれている。

 異形の者が王族として名をつらねているのは、我らの国しかない。

 他国では、異形の一族は虐げられる。

 奴隷の身に落ちているものも少なくないし、

 どこの国の民になれぬ者もいる。

 そこの男の一族がいい例だろう」


そう言って、シウはちらりとカルトを見た。

カルトはただ黙っていた。

長いまつげを伏せて、シウの言葉に耳を傾けている。


「そう、かもしれない。

 私は、他の人よりも恵まれた環境で育った」

「我はその者たちを救いたいと望んだ。

 その者たちの拠り所となる、小さな国を作りたいと望んだ。

 愚かな人間どもなど寄せつけぬ、人里遠く離れたところに

 作るつもりだ」


シウの言葉にはちらりと憎しみのような黒いものが混じっている。

おそらく彼は純潔。

異形の者のみで構成された王族なのだろう。

だがフレヤは違う。

先祖である人魚の魔女の孫娘は人間の王子に恋をした。


「つまり、私も、その国の民にならないかということ……?

 私は、混血よ」

「別に構わぬ。

 汝は人魚の血が濃い。

 先祖返りというものだろう」

「なら、アルハフ族は?」

「もちろん誘った。

 あのメノウという小娘も例外なく誘った」


フレヤは、メノウの館の前でシウの姿を見たのを思い出した。

あれは、勧誘のためだったのか。


「メノウに対しては、取引という形で会いに行ってやった。

 何か外道の道に外れたことを考えていそうだったからな。

 汝の一族を引き入れる代わりに、この国から手を引けと言ったのだが

 見事に断られた。

 あれは何かにとりつかれているようだった」


カルトの放つ空気が重くなった。

彼らとメノウとの間にどのようなことがあって決別へとつながったのか

フレヤは知らない。

なにか並々ならぬことがありそうだ。


「アルハフ族は?」

「真の族長不在の中では、結論を出せぬと」


チノのことだ。

彼らはやはりチノ以外を族長と認めていない。

置いてきてよかったのだ、と心に言い聞かせ

ざわつく感情に重くふたをした。


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