コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- マーメイドウィッチ
- 日時: 2016/06/21 11:41
- 名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)
世界が止まった。
手が震える。
数拍のちに気付く。
私は大切な人に裏切られたのだと。
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- Re: マーメイドウィッチ ( No.335 )
- 日時: 2017/08/07 23:48
- 名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
- 参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi
その夜は、カインとチノが交代で見張りをすることになった。
あまり長距離の移動に慣れていないフレヤはひどく疲れていて
一方的に二人に頼ってしまうことに否を唱えられなかった。
無理に見張りをしたところで、次の日に支障をきたすのは
カインやチノではなく、フレヤ自身だった。
自分自身にぐるぐると大きな布を巻き付け、
焚火から少し離れたところにぐったりと横たわる。
焚火の向こう側には、メノウが横になっていた。
ヘレナとそっくりの顔。
だけど閉ざされた瞼の向こうには
深い森と同じ色をした瞳がある。
海の国の民であるコペンハヴン国の青い瞳の民とは違う色。
ペンダントの中で見た、
メノウの母親であろう娘のことを思い出す。
彼女はきっと、父、イルグ王のことを愛していた。
わずかな間に、恋に落ちてしまっていた。
どんな気持ちだったのだろう。
苦しかったのだろうか。
泣きたいほどに愛おしかったのだろうか。
幸せだったのだろうか。
今、自分自身がチノに抱いている気持ちと、
同じものを彼女も感じたのだろうか。
いや、そんなことはない。
あれは、雪解け水のように、純粋で清らかできれいだった。
今感じている、どろどろした重くて昏いものとは
まるでかけ離れている。
焚火が乾いた音を立てた。
炎がはぜて、火の粉が飛び散る。
あんな、綺麗な色をしていない。
チノに、婚約者のもとに戻ってほしくないと、
ルザのところなんて戻ってほしくないと
みっともなく喚き散らしたいのを必死にこらえている。
炎の向こうに大好きな黒衣の背中が見える。
どうすれば、こちらを見てくれるだろう。
あの背中にしがみついて、泣きわめけば
少しくらいはこちらを見てくれるだろうか。
美しく着飾ればいい?
ルザの様に凛として、
そしてかいがいしく世話を焼いてあげたらいいのか。
泣いて縋りついて愛を乞えばいいのか。
思いついたどれもが惨めで、泣きたくなる。
胸が引き絞られるような思い。
メノウの母は、イルグ王を恨んだのだろうか。
己を弄んで捨てた男のことを憎んだのだろうか。
違う気がする。
愛しい人と少しの間だけでも寄り添えたことは
きっとかけがえのないものだ。
でも、メノウはどうすれないいのだろう。
母を失った悲しみを、父のいない寂しさを
どこにぶつけたらいいのだろう。
今のメノウは憎しみという力だけで生きている。
それを失ったら、はかなく消えて行ってしまうような気がした。
それではだめだ。
フレヤはきゅっと目をつむった。
明日の朝も早い。
もう寝なければならない。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.336 )
- 日時: 2017/08/08 22:39
- 名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
- 参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi
驚くほどあっさりと国境を越え、
コペンハヴン国に入国できた。
一切の障害がなかったため、拍子抜けを通り越して
警戒してしまう。
ぐらりと体がかしいだ。
この二日間、ずっと神経を張り詰めさせていたせいだ。
夜もよく寝られなかった。
チノとカインは、人の機微に聡い。
悟られないようにしなければ。
余計な心配をかけたくなかった。
ふとカインの灰色の瞳がこちらをとらえてドキリとする。
内心の焦りを表に出さないように気を付けながら
無表情を保つように心がける。
「どうしたの?」
「姫は……
これからどうなさるおつもりでいらっしゃいますか」
またその呼び方だ。
何度も直すように言ったのだが、カインは譲らない。
少しだけ違和感を覚える。
カインは昔はこんな呼び方をしなかった。
フレヤ様、と名を呼んでくれた。
カインとの間に知らず知らずのうちに
距離が開いてしまったみたいで少しだけ寂しくなる。
「……王宮にいきましょう。
そこで、兵と民に招集をかける」
「王家の犬である兵はともかく
国民がおまえの言うことを聞くとはあまり思えないな」
チノの冷静な意見にぐっと押し黙ってしまったが、
カインはその言葉を聞いてぴくりと肩を震わせた。
「おれだけでなく、姫の無実を信じている兵もたくさんいる」
「信じていないやつもいるということだ」
静かに火花を散らす二人に我関せずという態度を貫くメノウ。
思わずため息をつきそうになるが仕方がない。
「メノウ、貴女とチノにはアルハフ族のもとへ向かってもらいます」
ぐっとチノが発する空気が重くなった。
また引き離すのかと言外に圧力をかけてくる。
「アルハフ族にも、協力を仰がせてほしいの」
唇をかみしめた。
人間では、伝説の存在と思われていたダークエルフなどに
かなうはずがなかった。
少しでも戦力になるものは、味方にしておきたい。
「私では、説得などできない。
族長のチノなら、メノウとともに
アルハフ族のみんなを説得できるかもしれない」
チノは黙ってしまった。
反論の言葉はない。
「……私たちを苦しませたコペンハヴンの奴隷になれというの」
地を這うような声でメノウがつぶやいた。
チノは何も言わないが、似たような心情に違いない。
そんなことは初めからわかっている。
彼らの気持ちも痛いほどにわかる。
「……我が民は先王の遺志を受け継ぐものが多い。
異民族は拒むものだと、考える者が多い。
だから、その考えを払拭したい。
あなたたちが、私たちと共に戦う姿を見れば
民もきっと意識を変える」
「……我らを蔑む者どもの傀儡となれというのか」
「違う。
もう少しだけ、機会を与えてほしい。
もし、彼らが共に戦うアルハフ族を見ても
意識を変えないなら、私はアルハフ族の味方となり
私の歌の力を使って、あなたたちの盾となり、矛となる」
チノもメノウもしばらく何も言わなかった。
彼らの脳裏には、きっと屈辱の日々がよぎっているに違いない。
「……その言葉、確かだな」
「ええ、嘘はつかない」
チノの目は族長の、人の上に立つものとしての目をしていた。
やがてチノは目を伏せた。
「……なるべく早くに王宮に行くようにする」
「チョルノ!!」
金髪を振り乱してメノウがチノのほうを見た。
陽光のような色がぱっと宙に散ってひどくきれいだった。
緑の目は見開かれて、強い感情に支配されていた。
「私たちが、どうして、これほどまでに苦しんできたのか
忘れたとは言わせないわ。
母を殺し、ばば様を……悲しませたこの国を
私は、決して許さない」
今にも爆発しそうに震えているメノウの声は
強くフレヤの胸を貫いた。
目を伏せる。
メノウは、やはり、同族思いの娘だ。
一族を裏切ってまでステファンのもとにつき
この国を滅ぼそうとしたのは、おのが母と祖母への
愛と思慕の情があるからだ。
この感情がメノウを復讐へと駆り立てた。
「だが、今、コペンハヴンを出ることはかなわない。
傷ついたものがたくさんいる。
年老いた者や子供もいる。
すぐには動けない中、この国の兵に
一族の者が見つかるのも時間の問題だ。
それならば、少しでも助かる可能性の高い道に
賭けたほうがいい。
下らぬ自尊心を捨てるだけで、みんなが助かるのなら
なにも、惜しくなどない」
「信じられない……。
この国のやつらが憎くないの!?」
「八つ裂きにしてやりたいとも」
チノの瞳に一瞬獰猛な光が宿った。
それに一瞬気おされてしまったものの
それはすぐに消えてしまった。
「……だが、みなの命と秤にかければ、
どちらのほうが重いか、わかるだろう」
静かな声だった。
フレヤには何も言えなかった。
これは、部外者が口をはさんでいいような内容ではなかった。
メノウは何も言わなくなってしまった。
「じゃあ、ここからは二手に分かれるんだな」
何事もなかったかのように振り返るチノに慌てて頷く。
それに頷き返すと、チノはメノウに向き直った。
「行くぞメノウ」
「……」
唇をかみしめてうつむいてるメノウは
納得しているようには見えなかった。
一族の命と引き換えにということで
しぶしぶチノについて言っている感じだ。
少し不安は残るがチノならきっと大丈夫だろう。
山に向かって歩いていく二人の背中を見送った後、
コペンハヴン城の方角に向き直った。
こちらも、大仕事になりそうだ。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.337 )
- 日時: 2017/08/09 11:06
- 名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
- 参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi
王宮の門まであっけないほど簡単にたどり着いてしまった。
町の中を通ってきたため、国様子は一部とはいえ見て取れた。
王や統治者のいない今、民は困惑していた。
幸いカインの所属する騎士団が
秩序を保ってくれているようだったが、
それも長くもつかはわからない。
彼らは、いまだにステファンの正体を知らない。
彼が、ヘレナの良き夫であり、この国の革命を成功させた者だと
信じて疑っていない。
その固定観念を突き崩すのは簡単なことではなかった。
王都でこの状態ならば、貧しい地方では
より劣悪な状態となっているに違いない。
「止まれ!!」
王宮の門で、門番が声を上げた。
フレヤはゆっくりとフードを取り払った。
門番の目が驚愕に見開かれる。
「ふ、フレヤ王女殿下……!?」
死んだはずの王殺しの第一王女を目にして、
驚きを隠しきれないようだ。
フレヤはあごをぐっとひいた。
「通してほしいの。
私は、この国を救いに来た」
門番の顔は困惑の色に染まっていた。
どうすればいいのかわからず、
うろたえている。
「姫は、嵌められたのだ。
ご乱心などなさっていない。
先王は別の者の手によって殺された」
それまでは後ろに控えていたカインが
スッと前に進み出てきた。
「カイン隊長……!」
門番はカインの部下だったようで
さらに目を見開いた。
絶対的に信頼を寄せる上司の言葉は
大きいようだ。
門番は迷いながらも門をゆっくりと開いていった。
「……お二人のことを、信じております」
フレヤははっとした。
もし、フレヤが王宮に入り
王宮の者に危害を加えるようなこととなったら
彼が責任を負うのだ。
それだけ重い決断と信頼を置いてくれたのだとわかった。
「ありがとう」
フレヤは、しばらくぶりに見る王宮に
一歩足を踏み入れた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.338 )
- 日時: 2017/08/09 17:09
- 名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
- 参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi
「——————フレヤ様」
背後からの声に、フレヤはゆっくりと振り返った。
立っていたのは、騎士団の団長、ハイヴだった。
たしかもすぐ60になるはずだったが、
そんなものを感じさせないほど彼の立ち振る舞いは堂々としている。
きっちりとなでつけられた銀髪の端が
風に揺れているのが見えた。
己の上司であるハイヴとの対面に、
カインはさっと姿勢を正して騎士としての礼をとった。
しかし、さりげなく彼はフレヤの前にたった。
まるでハイヴからかばうかのように。
はっとする。
自然体で立っているように見えるが
ハイヴの手は腰の剣にさりげなく添えられていた。
いつでも抜刀できる姿勢だ。
「久方ぶりにございます」
「ええ。
久しぶりね、ハイヴ」
ハイヴは、父の代からずっとこの王国を
支えてくれた家臣の一人だ。
もしフレヤのことを国にあだ名すものだと判断したなら
ハイヴは容赦なく斬り捨ててくれるだろう。
「どちらに行かれるおつもりなのか
このおいぼれに教えてくださいますかな」
「王宮に用があるのよ。
……私は、これからこの国の全国民に招集をかけ
そこですべてを話すつもりよ。
ハイヴ、手伝ってもらってもいいかしら」
ハイヴの眼光は鋭かった。
びりびりと空気が震えているような錯覚。
殺気なのだと気づくのに、数秒かかった。
「全てとは?」
「私は、この国を救い守るために戻ってきたの。
……細かいことは皆の前ですべて話すつもり。
急がなければならない。
隣国が、半月もすれば攻め込んでくる」
「そのお言葉、どう信用せよと」
「私の命を懸けられたらいいのだけどそうはいかない。
私は、まだ死ぬわけにはいかないの」
フレヤはすっと息を吸い込んだ。
いつでも歌える姿勢だ。
必要とあらば、歌う。
この距離だと一気に近づかれることはない。
静かにハイヴの様子をうかがっていると
彼はふっと息を吐いた。
「失礼いたしました、王女殿下」
呼び名が変わった。
それは、フレヤを王族として認めたということになる。
「あなたさまがお変わりないか少し意地悪をしました。
あなたさまは、少し、強くなられたようだ」
予想外の言葉に目を見開く。
武術の訓練などしていない。
何度か野宿を重ねれば、誰でも強くなれるということだろうか。
フレヤの考えていることが分かったらしく、
ハイヴは苦笑した。
「そういう、強さではなく、
精神的にお強くなられたということですよ」
「……強くならねば、耐えられないことがたくさんあったのよ」
声が自然と低くなった。
ハイヴに敵意がないと判断したのか
カインがすっとフレヤの前から身をひいた。
「我が騎士団に、王女殿下からの招集を公布いたしましょう。
今宵には、集めきってみせましょう」
「ええ、お願い」
ハイヴは騎士の一礼すると足早にその場を立ち去った。
その唇には笑みが浮かんでいた。
亡くなったと思っていた王女が生きていた。
生きているどころか、わざわざ危険を冒してまで
コペンハヴン国に舞い戻ってきた。
隣国に亡命するなどいくらでも生き延びる方法はあるのに
それでも、彼女はコペンハヴンに戻ってきた。
四十年以上武人を続けているハイヴの殺気に気おされることなく
むしろ、その強い意志を秘めたまなざしは
ハイヴを驚かせた。
フレヤは、美しくなっていた。
ドレスや宝石で着飾っていた王女としての時よりも
土埃で薄汚れた今のほうがぞっとするほど魅力的だった。
彼女はまぎれもなく、
上に立つものとしての素質と覇気を備えている。
その堂々とした気迫は女王のそれだった。
(……強くなられた)
ハイヴの足は、騎士団の館へと向かっていた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.339 )
- 日時: 2017/08/11 00:02
- 名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
- 参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi
「お帰りなさいませ、姫様」
城に入ると、フレヤ付きだったメイドたちが
一斉に一礼をした。
革命の日以来、彼女たちの安否がわからなかったので
ほっと胸をなでおろした。
「無事、だったのね」
「はい。
我ら一同、姫様のお帰りをお待ちしておりました」
「よして。
私は、姫ではないわ」
「いいえ、我らが主はフレヤ王女殿下、
ただお一人にございます。
姫様の無実を信じて待っておりました。
必ず、生きておられると」
メイド頭の声は震えていた。
主を突然なくしてどれほど不安だっただろう。
フレヤは、前に進み出ると、メイド頭の手を取った。
彼女は肩を震わせて、泣くのを必死にこらえていた。
「ありがとう。
そう言ってもらえてとても嬉しい。
だから、どうかもう泣かないで」
「フレヤ様は、今夜全国民に招集をかける。
みなも、その準備をするように」
カインの言葉に、メイド達ははっとした表情を見せた。
「女王としての表明をなさるのですか……?」
期待と不安に満ちた瞳を向けられる。
フレヤは静かに首を振った。
瞬時にメイドたちのまなざしが落胆の色に染まる。
「何ゆえにございますか。
姫様ほど女王にふさわしい方はございません」
「私は、女王になりに来たのではないわ。
この国を、救いに来たの。
今まであったことを話すために、
これからのことを話すために、
全国民に招集をかけたの」
「全て話されるおつもりでいらっしゃいますか」
「ええ。
国民の王宮広場への誘導を手伝ってもらえるかしら」
「……かしこまりました」
低く低く頭を垂れる彼女たちは何を思うのだろう。
よく今まで頑張ってくれたとねぎらいたいが
時間があまりにもなかった。
フレヤは頼んだわ、と口早に呟くと、その場を去った。
メイドたちがさっと散っていくのを横目に見ながら
城の廊下を進む。
彼女たちは優秀なメイド達だ。
きっとうまくやってくれるだろう。
「……大臣たちは城にいないようね」
「そのようですね」
背後からついてくるカインが
あたりに視線をやりながら答える。
フレヤは唇をかんだ。
父の代からの疫病神のような存在。
己の私腹を肥やすことしか考えず、
娯楽にふける父王をいさめることもせずに
やりたい放題やっていた張本人たちだ。
フレヤは王女、という微妙な立場であったため
彼らより位は上でも、表立って口出しはできなかった。
今でも苦い記憶として脳裏に刻まれている。
しかし、彼らがここにいないとなると、
国民の一斉召集の時に顔を初めて合わせることとなる。
フレヤは眉を寄せた。
いやな予感しかしない。
厄介なことになりそうだ。
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