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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.290 )
日時: 2017/05/25 12:48
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

一瞬で、カインのまなざしが険しいものに代わる。

彼も即座に立ち上がった。

はっとして見ると、カインの隣には馬がいた。

フレヤが転ぶ瞬間に馬を下りたのか。

相変わらず、恐ろしいまでの身体能力だった。


「っ、おまえは……」


憎々しげな声だった。

カインはチノが来るまでは、フレヤ専属の騎士だった。

幼いころから、ずっと守ってくれていた。

それをチノを王から守るためとはいえ、地位を奪われた存在なのだから

憎い存在となってしまうのは仕方のないことかもしれない。


「なぜ、追ってきたのカイン。

 危険なのはわかっているはずよ」

「フレヤ様。

 私の主はフレヤ様ただおひとり。

 たとえ、あなたが私という剣を握ることがなくとも、

 あなたの剣であることは未来永劫変わりません」


さっと騎士の礼の形をとり、地面に片膝をついて

カインはこちらを見上げてくる。

端正な顔に乱れた前髪がはらりとかかる。

真剣なまなざし。

嘘偽りのない言葉なのだと悟る。


「私は、国を捨てようとしているのよ」

「私は国ではなく、貴女様ご自身にお仕えしております。

 今までご同行できなかったわたくしめをお許しください。

 今度こそ地の果てまでもお供いたします」

Re: マーメイドウィッチ ( No.291 )
日時: 2017/05/25 22:17
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

「だめよ。

 連れて行かない」


フレヤはきっぱりと言った。

カインの瞳に傷ついた色が走る。

それを見て良心が痛んだが、厳しい表情は保った。

フレヤは、チノの腕を軽くたたいて、おろしてもらった。

こうでもしないとカインはついてくる。

チノを護衛役にし、彼は解任するのだって

剣術で負けるその瞬間まで頑として認めようとしなかった。


「その命令だけは聞けません」

「カイン」

「あなたさまが、崖からご乱心なさり転落なさったとの噂を聞いた時

 あれほど己を呪ったことはございませんでした。

 もうあの時のような思いをしたくありません」


言うなり、カインは腰の剣を抜き放った。

くるりと刃のほうを自分に向け、柄をフレヤに差し出してくる。


「どうしても捨てるというのであれば、

 わが身をこの剣でお切捨てください」

「カイン!!」


手がわなわなと震えた。

彼の目は澄み切っていて、どれだけ本気で言っているのか

痛いくらいに伝わってきた。


「あなたさまに殺されるのであれば、本望」

「おまえ、主を人殺しにする気か」


チノが押し殺した声でつぶやく。

まだ頭が混乱していて、今の状況についていけない。

今何が起こっている。


「貴様は黙っていろ」


痛々しいまなざしとはうってかわって、

チノを睨みつける目はギラギラしていた。

手にじわりと汗がにじんだ。

カインは何か変わってしまった。

それは、自分がおこしてしまった変化なのだろうか。


「カイン」

「はい、フレヤ様」


グレーの目がこちらを見つめた。

水晶の様に澄み切った瞳だった。


「私は国王殺しの罪を追った女よ」

「はい」

「国を敵に回して追われているわ。

 危険な旅になる」

「はい」

「そして、貧困にあえぐこの国を捨てるつもりよ」

「はい」

「それでも私とともに来るというの」

「はい、フレヤ様」


フレヤは瞬きもしないで、じっとカインの目を見つめ続けた。

数秒の沈黙ののち、フレヤは息を吐いた。


「私が今から行くのは隣国です」


カインの目が輝いた。

フレヤが折れたのを悟ったのだろう。

カインはすっと剣を引くと鞘に納めた。

おい、とシウが咎めるように声を上げたが、仕方がない。

フレヤにはカインを殺せない。

しかし、カインの表情はすぐに曇った。


「隣国と言いますと」

「ステファン王の懐よ」


カインはしばらく何も言わなかった。

何かを思案するように考えこんでいる。


「フレヤ様。

 そのあとは、この者たちについていくおつもりですか」

「……ええ」

「かしこまりました。

 我が力を剣として盾として、存分にお使いください」


白髪に近いプラチナブロンドの頭を低く低く垂れる

カインの姿は、姫に忠誠を誓う騎士そのものだった。

まだ、アルハフ族の者や、シウの配下の者たちは

様子をうかがうように、遠巻きにカインを見ている。


「ではさっそくだけど、ここを発つわ」

「かしこまりました」


そっそうと髪をひるがえらせて歩くと、

カインがそのうしろをついてくる。

違和感を覚えた。

ここ数か月、後ろをついてきてくれるのはチノだったから。

なつかしさよりも違和感を覚えている自分がいることに

気づきたくなどなかった。


「アルハフ族のみんなとはここでお別れね」

「あ、おれはついていくけどね」


場違いなほど軽い口調でカルトが言った。

驚いて足を止めると、まるで体重を感じさせない

軽い足取りでカルトがこちらに近づいてくる。


「チョルノ、お前は来るな」

「ふざけるな、おれは」

「……ふざけてんのはどっちだよ」


すさまじい勢いで、カルトがチノの胸倉を掴んだ。

フレヤとチノにしか聞き取れないような小さな声でつぶやく。


「おまえ、自分の気持ちだけで動いていい立場じゃないだろ」

「知っている」

「一族はどうする気だよ」

「おれがいなくとも」

「そういう問題じゃない」


二人の会話は平行線上に続いていてどこまでも交わろうとしなかった。

だけど、二人とも、決して自分の意見を曲げようとしない。

カルトは、チノには族長をしてほしいからフレヤについていきたい。

チノは、こちらに義理のようなものを感じているから

ついてきて来ようとしているのだろうか。


「もういい、煩わしいな。

 来るのならまとめて来い。

 一刻も早くここを抜け出したい」


不機嫌なシウの一言で、あたりが静まり返る。

アルハフ族の者たちがひそひそと話している。

フレヤは目を伏せた。

フレヤのせいで、城に捕らえらるような目に遭ったのだ。

陰口をたたきたくなるのも無理はない。

しかし、やがてアルハフ族の呪術師トンガが前に進み出てきた。


「行きな、チョルノ。

 私らのことは私らが何とかするよ。

 我ら一族を二度も救った恩人だ。

 恩は返さなければケダモノにも劣る」

「ババ様!!」


カルトが顔色を変えたが、トンガの表情は変わらなかった。

まるで最初からすべてを知っていたかのように。


「あんたもわかってんだろ、カルト」

「……」


何のことだろう。

フレヤにはわからなかったが、どうやらアルハフ族は

族長であるチョルノをフレヤとともに一時的に送り出すことに

同意したようだった。

それは、チノの存在が半分、フレヤへの恩返しが半分といったところか。

ルザは肩を震わせて、ミクリの肩をぎゅっと抱きしめているようだった。

彼女は、いったい自分のせいでどれだけ傷ついただろうか。

胸がズシリと重くなった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.292 )
日時: 2017/05/26 12:40
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

フレヤはシウの軍とともに、東へと進んだ。

アルハフ族のみんなには、心からの謝罪をささげたが、

別におまえのせいではない、と首を横に振られた。

別れ際にルザの弟ミクリに野花を髪にさしてもらい、

またいつか会おうと手を振って別れた。

ルザは最後までチノだけを見つめていた。

一方のチノとカルトの中は険悪になっていた。

二人とも、お互いのことをまるでいない者のように扱い、

話しかけもしないし、見向きもしない。

その二人をまるごと無視して、

フレヤの傍に寄り添っているのがカインだった。

カインはもともとアルハフ族に対して差別的な様子は見せてこなかった。

だが、チノには思うところがあるらしく毛嫌いしている。


「なぜ、私がいる場所が分かったの?」


隣を歩くカインに尋ねる。

カインが小首をかしげてこちらを見つめる。

さらりとした前髪がグレーの瞳を覆った。


「なぜ、とは」

「私は、異形の者たちと行動を共にしていたわ。

 彼らは痕跡を一切残さずここまで来たはずよ」

「それは簡単なことです。

 あなたさまはアルハフ族とともに行動なさっているという情報は

 手に入れておりました。

 アルハフ族の救出ののち、どこで誰と合流するのか

 想像するのはたやすい」


淡々とした口調だった。

それが不安をあおる。

ステファンだってとらえたのはアルハフ族の男性のみだということに

気づいていたはず。

フレヤが万が一、アルハフ族救出に成功し、王宮を抜け出した際に

残りのアルハフ族と合流することはわかっていたはずだ。

だというのに、待ち伏せも追手もなかった。


「私は、あなたさまを信じておりました。

 王殺しをするはずなどない、そう簡単に亡くなるはずがない、と。

 そして、必ずお優しいあなたさまはアルハフ族を救い、

 この王宮を抜け出すと」

「ずいぶんと私を信頼しているのね。

 私が捕らえられたらどうするつもりだったの」

「命を懸けてお守りするまでのことです」


一切の迷いがなかった。

まるで当然のことのように自分の命を懸けるカインが悲しい。

本気で、自分の命を何とも思っていないのがわかる。


「あなたがその考えを改めるまで、

 私はあなたを傍に置くつもりはないわ、カイン。

 ついてきたければ勝手にしなさい」


悲しみが荒い口調となって口からほとばしる。

だけど、カインは何事もなかったかのように、はい、とうなずいた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.293 )
日時: 2017/05/28 02:09
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

いっそ罠なのかと思うほど、道中は何も起こらなかった。

追手の気配もないし、問題ごともない。

ただ、ぎくしゃくとした空気のまま一行は進んでいく。

フレヤは、カインから離れるようにして歩みを速めた。

空を飛ぶ能力を持つ、鴉天狗の一族の者と、龍族の者は

先に隣国へと渡り、情報収集を行う予定だ。

ちらりと背後にいるチノを見た。

チノと話をしておきたかった。

ちゃんと会話をしなくて、もう十日ほど経っている。

最後に、きちんと会話をできなかったのが胸の中で

とげの様に引っかかっていたのだ。

今度はゆっくりと歩みを緩めて、チノのほうに向かう。


「どうした」


すぐにチノがこちらに気付いた。

緑の瞳にまっすぐに見つめられ、心臓が変に跳ね上がる。

頬に熱が集まるのを感じながらなんでもない振りをする。


「話を、したくて」


いつも通りふるまえているだろうか。

汗ばんだ手でぎこちなく髪をかき上げる。


「前は感情的になってしまったから」


自分らしく振舞えない。

足にうまく力が入らなくなって、よろけたところを支えられた。

真っ赤になりながら、もごもごと小さく礼を言う。

だが、大きな手はなかなか離れなかった。


「話すことなら、前、おれは話したつもりだ」


そう言われて、最後に話した会話の内容を思い出す。

まだ鮮明に覚えている。

チノが見たことのないほどに強い感情に全身を支配されていて、

マグマのようなどろどろとした熱いものがにじむ言葉を

何度もぶつけてきた。

どうしたらいいのかわからなくて、

フレヤはただ茫然としているだけだった。


「私は、チノを捨てたかったわけではない。

 チノはもともと私の騎士でも何でもないわ。

 元いた場所に帰そうと思って」

「だから、それが気に入らないと言っている」


のどの奥でうなるようにチノが言った。

足が止まる。

チノも足を止めてこちらを見つめた。


「どうして?」

「おれがおまえの傍にいたいと言っているのに、

 おまえはおれを無理やり引き離そうとする」


どんどんみんなの列から離れていってしまう。

だけど、今はチノに集中すべきだと分かった。

今、聞かなければならない話なのだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.294 )
日時: 2017/05/28 14:32
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

「どうして?

 あなたは……」


あなたには、一族も婚約者もいるというのに。

そう言おうとして、言葉に詰まった。

違う。

なんだか、こういうことを言いたいのではない気がしてきた。

では、いったい何が言いたいのだろう。


「……おまえはどこまでも王女なのだな」


フレヤが何を言おうとしたのか悟ったらしく

チノが唇の端を歪めるようにして笑った。

胸が軋む。

違う。

そんな顔をさせたかったわけではない・


「おれは、王女としての、

 上に立つものとしての言葉が聞きたいわけではない」


じりっとチノが一歩近づいてきた。

それに気おされて、一歩後ろに下がる。

チノがこちらに向かって手を伸ばしてきた。

ちらりとその目がシウたちのほうにむけられたあと、

彼はさらにこちらへの距離を詰めてきた。

あわててフレヤも後ろに下がったが、

足の長さが全然違うのですぐに追い詰められてしまった。

とん、と背中に木の幹が当たった。

はっと気づけば、頭のすぐ上に、チノが両手を置いていた。

腕に囲われるようにして、顔をのぞき込まれる。

一切のごまかしや言い逃れは許されない空気だった。


「おれは、おまえにだけは己の醜い部分を見せたくはなかったが

 そうもいかないらしい」


チノが暗く笑った。

いつもの穏やかな表情と全然違った。

端正な顔を感情のままに惜しげもなくゆがめている。

こんな顔をさせているのは、自分なのだろうか。

仄昏い喜びが胸に沸き起こった。

今、この瞬間のチノの表情は私のものなのだ。

他の誰でもなく、ただ一人私だけのもの。


「チノは、自分のことを醜いとか言うけど、

 私のほうがよほど醜いわ。

 ……目をそむけたくなるほどに」


彼はわずかに虚を突かれたような表情を見せたが、

すぐにそれは掻き消えてしまった。

どうしてだろう。

いくら言葉を重ねても、チノの心には届かないような

もどかしい気持ちが消えない。


「……いっそ、おまえの体を縛り付けてしまいたい。

 そうすればおまえは、どこにも行かなくなるのに」


憎々し気にチノが耳にささやいた。

突然の言葉にフレヤは瞬きを繰り返した。

耳がとけおちてしまいそうな感覚だった。


「……もう我慢の限界だ。

 我慢をしすぎて気が狂いそうだ」


細められた瞳がわずかに金色を帯びていて、はっとする。

そういえば、もうすぐ満月だ。

チノは今正常な状態ではない。

狼の血が騒いでいるからこんな風になっているのだ。

今の彼の言葉は、本能からの、本心の言葉だ。


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