コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.355 )
日時: 2017/09/21 01:04
名前: いろはうた (ID: osGavr9A)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

数日かけて、少しずつではあるが、春の氷がとけるように

騎士団のアルハフ族に対する態度が

柔らかくなっていくのがわかった。

騎士団では、新入りの者は雑務をするのが基本だ。

それをなかば嫌がらせのごとく大量に押し付けても

文句ひとつ言わずに寡黙に働き続ける姿に

少し心を動かしたらしい。

やがてアルハフ族も雑務だけでなく

軍事演習にも参加できるようになった。

彼らの実力は折り紙付きだ。

力を重んじる風潮の騎士団で

アルハフ族は少しずつその存在を認められるようになった。


「ねぇ、カイン?

 大丈夫。

 あなたが心配することは何もないわ」


数日後の軍事演習をバルコニーから眺めながら

背後にいるカインに声をかける。


「……さようですね。

 私の考えすぎだったようです。

 お許しください、陛下」


振り返ればカインは穏やかな笑みを浮かべている。

春の日差しのような穏やかな笑み。

きっと気のせいだ。

カインの声が、激情を平たく抑えた

無機質な調子に聞こえただなんて。


「カイン?」


顔を覗き込むようにして一歩近づくと、

彼ははっとしたように一歩下がった。

取り繕ったように優しい笑みをまた唇に浮かべている。


「失礼いたしました陛下。

 少し……今後の戦略や陣形について考えておりました」


その言葉に少しほっとする。

カインもアルハフ族を受け入れて、

彼らも入れた騎士団の陣形まで考えるようになったのだ。

もう、きっと大丈夫だ。


「カイン、陛下って呼ぶのをやめてはくれないの?」


また一歩近づくと、さりげなく一歩後退される。

まるで一定の距離を置かれているような、いや

距離を置かれている。

必要以上に近づかないように一定の距離を保たれている。


「陛下は、この戦争が終われば、すぐに即位式を行います。

 現在、女王となりうる方は、あなた様以外におりません」

「そう言う意味じゃない。

 カインだから言っておくけど、

 やっぱり私は女王になる気はないわ。

 あと、カインにはいつもみたいに名前で呼んでほしい」


カインのグレーの瞳にぞっとするほど昏い色がよぎった。

驚いてまばたきを繰り返したら、

それは瞬く間に消えてしまった。

こちらを見下ろすように立つ長身のカインは

その場でスッと膝をついた。


「……陛下は、陛下にございます。

 それ以外の呼称でお呼びするなど、不敬に値します」


プラチナブロンドの頭を垂れて彼はそういった。

今のは、気のせいだったのだろうか。

気のせいだ。

カインが、あんな憎悪のような焦げ付くような感情を

こちらに向けるはずがない。


「私、騎士団の軍事演習を近くで見学しようと思うの」


フレヤはわざと話題を変えた。

その場の妙な雰囲気になんだかいたたまれなくなったからだ。

何事もなかったかのようにカインが立ち上がり、微笑む。


「それは、騎士団の者には、大きな励みとなります。

 私がご案内いたしましょう」


騎士らしいきびきびとした、だけど恭しい仕草で

浅く礼をすると、カインはゆっくりと歩き出した。

フレヤは、胸に生まれた違和感には

今は気づかなかった振りをすることにした。

Re: マーメイドウィッチ ( No.356 )
日時: 2017/09/21 22:57
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

しかし、何もかもが上手くいくわけではなかった。

メノウの存在だった。

メノウは革命軍のもと長だ。

騎士団は一時的にとはいえ、彼女の支配下におかれた。

彼ら全員がフレヤのことを信じていたわけではない。

それゆえ仕方のないことだったといえばそうなのだが、

騎士団の者達は忠義に篤い。

それゆえ、一度でも守るべき存在にたてついたことを

深く悔いている者も少ないようだった。

それと比例するように、メノウに向けられる感情は

決して温かいものではなかった。

メノウは呪術師の孫娘として

アルハフ族の戦士には加わっていないが

この王宮に滞在している。

フレヤの見えないところで嫌なことを

騎士に言われている可能性高かった。

それを少しも表に出さないメノウは

ただひたすら凛としていた。

フレヤはそれを見て良心がちくちくと痛むのを感じた。

自分が受けた痛みを、民が受けた痛みを

同じだけ感じてほしいと思った。

どれほど苦しかったのか、どれだけ惨めだったのか

知ってほしかった。

だけど、何も変わらない気がしている。

自分はただの報復をしている。

コンコンと部屋の扉が叩かれた。


「陛下、メノウ様がお見えになられました」


はっとした。

まさかメノウのことを考えているときに

本人が訪ねてくるとは思わなかったのだ。


「入れてちょうだい」


すぐに扉が開かれ、メノウの姿が見えた。

色鮮やかなアルハフ族の民族衣装が目にもまぶしい。

彼女はさっそうと部屋に入ってきた。

実に堂々とした対振る舞いはカリスマ性を感じさせた。

だから、革命軍も彼女についていきたくなったのかもしれない。


「人払いをしていただけますか」


部屋にたくさんいるメイドを横目で見ながら

メノウはそう言った。

チノは軍事演習に参加しているため、ここにはいない。

代わりに背後にいるのはカインだ。


「下がってくれるかしら」


そう言うとメイド達はさっと部屋から出ていく。

しかし、カインは動こうとはしなかった。


「フレヤ様」


久しぶりのその呼び方に少しだけ肩の力が抜けた。

たとえその声音が硬く、たしなめるような響きを帯びていてもだ。

メノウのことを警戒しろ、と言いたいのだろう。


「あなたは、もしかして自分の主のことを守ろうとして

 残っているのですか?

 だとすればとんでもなく愚かで無意味です。

 私はあなたの主と同じ、声に力をもつ者です。

 あなた程度など、まるで相手にならない」


目を細めてメノウがカインに向かって言う。

そのあまりにも歯に衣着せぬ言い方に

カインの剣が小さく音を立てた。


「カイン」


静かに名を呼んで、抑えろ、と言外に命じる。

逡巡するような気配があったが、殺気は消えた。


「彼女が私の命を狙っているのなら、

 部屋の扉が開いた時点で、声を使って

 あなたの意識を操っているわ。

 何もしないで部屋に入ってきたのよ。

 彼女にそんな気はない」


しかし、カインにも聞かせたくないほどの話なのだろうか。


「メノウも、カインにも聞かせられないような話なの?

 彼は騎士団第一部隊隊長よ。

 信頼に値する人間だと思うわ」


メノウは何も言わないで、じっとカインのことを見ている。

やがてその緑の目はそらされた。


「そのうち騎士団にも伝わることでしょうから構いません」

「それで?

 話したいこととは?」

「騎士団なんて、ダークエルフ相手に

 無駄死にするだけだと伝えに来ました」


正面からの騎士団への侮辱にカインの気配が

また荒々しいものに変わった。

フレヤの前だからかろうじて剣を抜かずに済んでいるのだろう。

だが、メノウは腹いせにこのようなことを

言う娘ではない。


「だから、そこの騎士にも外してほしかったのです」


顔をしかめて言うメノウに、ますますカインの気配が

刺々しいものに代わっていく。

それをなだめてから、フレヤはメノウのほうを見た。

彼女の緑の目は凪いでいた。

深い森の色。

その瞳の奥は獣のどう猛さと深い知性が見え隠れしている。


「なにか策があるの?」

「私の声と貴女の歌を使えば、兵を強化できる」

「馬鹿なことを!!

 陛下に戦場の最前線まで来ていただくというのか!?」

「でなければ、我が一族もろとも全滅すると言っているのです」


フレヤははっとした。

メノウはコペンハヴン国のことを案じているというより

一族のためにここに来たのだ。

このままだとステファンに負け、

アルハフ族もただではすまないと気づき、

いち早く行動に移したのだ。

彼女は、自分のプライドと一族を秤にかけ

一族の安全を取ったということだ。


「……正直、この国の者達への憎しみは消えておりません。

 非常に不本意ですが、

 こうするほか我が一族の全滅を防ぐ手立てがないのが現状です。

 いくら我が一族が戦闘に秀でた一族で、その中でも

 選りすぐりの戦士を参戦させているとはいえ、

 ダークエルフ相手に我らだけで勝てるとは思いません。

 四人がかりで不意打ちだったとはいえ、

 私が手も足も出なかった存在です」

「……っ、ダークエルフと交戦したの?」


ダークエルフは空想上の存在だと考えていた。

あの夜初めて見たから、少しでも情報は知っておきたい。

しかし、メノウは目を伏せた。


「反撃する間もなく、一瞬で昏倒させられたので

 ほとんどなにもわかりません。

 それだけ体術にも秀でた一族であるということです」


悔し気に言うメノウに、唇をかみしめて考える。

アルハフ族の血族の者でも苦戦する相手なら

たしかに、騎士団では歯が立たないだろう。

同じことをカインも考えたのか、とくに反論の言葉はない。


「今もまだ軍事演習を行っている時間。

 今なら、私の声とあなたの声の効果を試せます」


強い決意を秘めた瞳に、フレヤは頷いた。

自分の歌が力となるのなら、

声が嗄れ果てるまで歌うつもりだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.357 )
日時: 2017/09/22 16:21
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

フレヤが軍事演習場にメノウを連れて現れると、

騎士とアルハフ族の戦士たちは驚いたようだった。

剣を振っていた手を止めて、目を丸くしている。

しかし、騎士たちはさっと騎士の礼の形を取った。


「皆、楽にしてほしい。

 ここに来たのは提案があってのことなの」

「提案でございますか」


団長のハイヴが低くそう尋ねた。

それに軽く頷いて見せる。


「メノウもいるじゃん?」

「そう、これはメノウからの提案。

 戦局をよりよくするためのものよ」


提案がメノウからのものだと知ると、

騎士団の者たちは若干表情をこわばらせた。

声に出して何かを言うことはないが

やはりその視線は柔らかいものではない。


「提案とはどのようなものですかな?」

「私とメノウの力で、騎士団の力を強化するの」


「へー?

 いいんじゃない?

 こいつら二人がかりでも、おれにはかなわなかったし?」


カルトの言葉に騎士団の者たちは

一様に悔しそうな表情を浮かべているが

反論の言葉はない。

やはり、人間よりも身体能力の高いアルハフ族の戦士には

少し鍛錬を積んだ程度で人間がかなう相手ではないのだ。


「試すだけ、試させてほしい。

 どうかしら」

「陛下の国と民を思うご献身ぶり、

 一国民として、ありがたく、誇りに思います」


ハイヴが膝をついた。

それを見習い、騎士たちも一斉に地面に膝をつく。

ハイヴは騎士団長。

彼が言うことは騎士団の中で絶対。

しかし、カインはそれでも声を上げた。


「お言葉ですが、団長。

 陛下を戦場の最前線にお連れするなど、危険すぎます。

 陛下に何かあれば、それこそわが軍は総崩れとなります」


カインはやはり納得していなかった。

フレヤは振り返ってカインのほうを見た。

しかし、フレヤが口を開くよりも早く、

ハイヴが話し出した。


「王とは、その身をもって国を守り支える者。

 お飾りだけの王など我々には必要ない」

「ハイヴ団長!!」

「目を覚ませカイン。

 おまえの目の前にいる方は、守られるだけの姫ではない。

 この国の女王たる方だ」


カインの顔は見たことがないほど険しい。

ギリっ、と奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


「我々には、時間がない。

 わかるな」

「……御意」


押し殺された声は震えていた。

部下の前で団長に意見するなど、

きっと部隊長としてのプライドに傷がついたはずだ。

それでも、意見したのはきっとフレヤのことを想ってのことだ。


「カインありがとう。

 私は、大丈夫よ。

 だから、私を信じて?」


カインの傍に行き、その手を手を取り、

顔をのぞき込む。

カインは唇をかみしめていた。

そのグレーの目はこちらを見ない。

そのかたくななまでの態度は、

ただただ主を失うことを恐れてのものにしか見えなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.358 )
日時: 2017/09/24 15:18
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

しかし、違和感が何故か胸の中に生まれた。

違う。

主を失うことが恐ろしいのではない。

カインはもっと別のことを恐れている気がする。

それが何なのか、フレヤにはわからない。

ハイヴは厳しい表情を保ったままだ。

立場上、厳しい言葉をかけるしかないのだろう。


「しかし陛下、その娘は陛下を陥れた娘です。

 我々騎士団の力になると我々を油断させ、

 今度こそ陛下のお命を狙うつもりかもしれません」


やはり部下と上司は似ているものなのかもしれない。

さっきカインが言ったことと似たことをハイヴも口にした。

メノウのことを表向きに言っているが、

その言葉はアルハフ族の裏切りも暗喩している。

ハイヴの言葉に、アルハフ族の面々は

嫌悪感を顔に浮かべ殺気立った。

それをチノがさっと手で制するのが視界の端で見えた。


「ハイヴ、その可能性はないわ。

 さっきカインにも言ったのだけど、

 メノウが私たちを裏切るためにそう言ったのなら

 この場に現れた時点で、声を使って

 あなた達全員を操っているわ。

 それに……」


フレヤはここで言葉を切った。

騎士達の顔を見渡す。

彼らは真剣な表情でフレヤの言葉に聞き入っていた。


「アルハフ族たちは、私たちに傷つけられたにもかかわらず

 私たちに手を貸そうとしてくれている。

 それは、自分たちを守るためだけではない。

 私たちを信じようとしてくれているからよ。

 信じようとしてくれる彼らを、

 信じることから私たちは始めないといけない」


つたない言葉ながら、フレヤ必死に言い募った。

アルハフ族とコペンハヴン国。

敵対していた者たちが、手を組もうとしている。

そのきっかけとなるかもしれないからだ。


「だから、私の歌とメノウの声、

 これらを使うことを試させてほしい」


騎士団の面々は顔をぐっと引き締めた。

ハイヴが静かに頭を垂れた。


「御意に」


フレヤははっとした。

ハイヴは命令としてのフレヤの言葉ではなく、

フレヤ自身の思いを

自ら騎士たちに話してほしかったのかもしれない。

騎士たちの瞳には熱いものが宿っているのが見えた。

フレヤの言葉を、陛下からの命令、としてしか

受け取れなかった彼らは不安だったのだ。

だから、ハイヴはわざと、アルハフ族を貶めるような

ことを言って、フレヤの言葉を引き出した。

心の中でハイヴに礼を言うと、

フレヤは騎士団にもう一度視線を戻した。


「では、さっそく始めましょう。

 まずは私の歌から試してみましょう」

Re: マーメイドウィッチ ( No.359 )
日時: 2017/09/26 00:54
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

フレヤの歌には歌詞がない。

その時に願うこと、そしてフレヤ自身の感情によって

歌の効果が変わるのだ。

だから、フレヤの歌は歌というよりも大きなハミングに近かった。

アルハフ族の戦士たちは一度演習場の脇に下がり

その場に騎士たちが神妙な面持ちで整列した。

カインもその中に混ざっている。

フレヤは歌う前に少し迷った。

歌の効果はフレヤの望みによって変わる。

何を望めばいいのだろう。

騎士たちに何を望むのか。

フレヤは歌いだした。

ダークエルフをも蹴散らす圧倒的な力。

この国への侵略を阻む堅固な盾。

必要なことなのに、なぜかどれもしっくりこない。

一方の騎士たちは、己の体に不思議な力がみなぎるのを感じて

顔に驚きを浮かべている。

フレヤの力は知ってはいたが、

実際こうして体感するのは初めてだからだろう。

彼らの体は薄い青色の光を帯びていた。

これはフレヤの歌の力が

その対象に大きく作用した時に起きる現象だ。

だが、フレヤは満足していなかった。

どこか消化不良のような、

もやもやした感情が胸を埋め尽くしている。


「ありがとうございます、陛下」


ハイヴが騎士団を代表してフレヤに一礼する。


「やめて、ハイヴ。

 まだ、これでは不完全だわ」


フレヤはうなだれながら言った。

何かが足りないのはわかるが

どこをどういう風に変えて歌えばいいのかわからない。


「そこをどいていただけますか」


フレヤを押しのけるようにして、

メノウが騎士団の前に立つ。

途端に隣に立っているフレヤでも感じられるほど

騎士団からの空気が刺々しいものに変わった。

助けてもらう立場なのに、さすがに無礼すぎると

フレヤが口を開きかけた瞬間、メノウがさっと手で彼女を制した。


「私のことが嫌いなのは知っております。

 私もあなた方、コペンハヴン国の民など

 この手で八つ裂きにしてしまいたいほど憎いことに

 今も変わりありませんわ」


騎士団の非友好的な視線をはるかに凌駕する勢いで

辛辣な言葉が次々とメノウの口から飛び出した。

一瞬唖然としてしまったが、我に買えり

あわてて両者の間に入って止めようとしたが

メノウの顔を見てはっとした。

彼女の目は薄赤く輝いていた。

声に力が宿っている証拠だ。


「だけど、気持ちは同じだと思っております。

 何かを守りたいという、強い気持ちは」


凛とした声に、その言葉に、騎士団の面々は

一様にはっとした表情を見せた。

それはフレヤも同じことだった。


「この女王陛下は非常に甘くていらっしゃるから

 綺麗ごとばかりおっしゃっているようですが

 私は違います。

 私がたとあなた方が完全に相容れることは

 決してないでしょう。

 だけど、似ている。

 何も大切なものを失いたくないと、

 大切なものを、かけがえのないものを

 守り抜きたいという気持ちは、同じです」


決して大きな声ではなかった。

だけど乾いた大地に水がしみいるように

静かに、だが確実にメノウの言葉は騎士たちに届いている。


「私たちは、互いの利益のためだけに協力し合うだけの関係。

 ならば、私は、私の大切なものを守るために

 あなたがたを利用するまでです。

 だから、あなたがたも、私を大切なものを守るための

 道具として利用してください。

 ……私も、その間は憎しみのことは一度忘れます」


騎士たちは、どこか唖然としていた。

ヘレナとそっくりの顔から出る、

強烈な言葉の数々に驚いたのかもしれない。

メノウが今できる精いっぱいの譲渡だった。

そして、まぎれもなくメノウのむきだしの本心を

騎士たちにさらすものだった。

フレヤははっとして騎士たちを見つめた。

彼らの瞳にはともしびのような赤い光が

しっかりと宿っていた。

メノウの声の力が宿っている。

フレヤは唇をかみしめた。

メノウの背中がどこかまぶしくさえ思えた。


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