コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- マーメイドウィッチ
- 日時: 2016/06/21 11:41
- 名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)
世界が止まった。
手が震える。
数拍のちに気付く。
私は大切な人に裏切られたのだと。
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- Re: マーメイドウィッチ ( No.285 )
- 日時: 2017/05/14 22:47
- 名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
「王女とその従者たちの出迎えを盛大にせねば」
その声に従うように、うつろな目をした兵たちが
すらりと腰の剣を抜いた。
はっとする。
パニックになっていたから気づくのが遅れてしまったが、
あの制服は、この国の騎士団の制服だった。
それは、この国でも有数の剣術の使い手だということを意味する。
フレヤは声が出ないから。歌うことで彼らを止めることができない。
あのガラス玉のような目は、メノウにそう命令されているのか、
決してシウの目を見ようとはしなかった。
状況は絶望的だった。
フレヤの頭は、きんと冷え切って、目まぐるしく思考が入り乱れていた。
どうすればいい。
何をすれば、この状況を打破できる。
「カルト」
「ああ」
突然、背中を支えていたチノの手が離れた。
ふわりと傾いたフレヤの背を、カルトが支えた。
目を見開いた。
急いで手を伸ばしたが、するりと黒衣が指をすり抜けた。
「……兵を退かせろ」
次の瞬間にはチノはステファンの首に短剣を突き付けていた。
その切っ先が、地下牢の明かりを反射して鈍く光る。
しかし、そのチノの首にも、素早く動いた騎士の一人が
剣を突き付けている。
自分の顔から血の気が引くのがわかった。
一瞬で、その場が緊張に満たされる。
まばたきさえ許されないような緊張感に、唇が震える。
「獣の蛮族ごときが、誰に許可をもらって私に話しかけている?」
剣を突き付けられているというのに、
ステファンはおそろしく冷静だった。
その瞳は、煩い羽虫でも見るような嫌悪感に満ちていた。
その言葉に、アルハフ族の男たちが一気に殺気立った。
それをカルトが無言で手で制する。
「私を殺しても、兵はお前たちを全員殺す」
「やってみなければわからないだろう。
おれたちはケダモノの一族。
お望み通り、最後まであさましく生きてやる」
刃がステファンの首に食い込み、血が一筋垂れるのが見えた。
同じく騎士の剣も、チノの首にさらに近づいた。
とっさに動こうとしたら、カルトに素早く手首を掴まれた。
動けない。
どんなに力を込めても振りほどけない。
抗議の意味を込めてカルトのほうを振り返ったら、
ひどく凪いでいるカルトの目と視線が交わった。
笑えてしまう。
もうこれ以上何も失いたくないのに、
こんな時にまでお荷物になってしまうだなんて。
守られているだけなのは、もう嫌だった。
この手で大切な人を守りたいと思った。
口を開いて、声を出そうとする。
無理矢理歌おうとしたのだが、歌声の代わりに出たのは咳だった。
目じりに浮かぶ涙は、何の涙なのかすらもうわからない。
「無理をしないで、フレヤ様。
たったこれだけの人数で、しかも武器もろくに持たない者たちだけでは
騎士団には勝てない」
ステファンがチノの時とは打って変わって、
穏やかで優しい声でフレヤに言う。
その口調は、婚約者だった時のものと何一つ変わってなくて
この状況でこの声音で話されることに、恐れすら抱いた。
悪い夢を見ているようだった。
「誰が」
突然、それまでずっと黙っていたシウが口を開いた。
ふと、ステファンの顔にいぶかしげな色が広がった。
音が聞こえる。
どんどんこちらに近づいてくる。
地下牢の狭い廊下に響き渡るかすかな音は、徐々に大きくなっていく。
この音は。
「誰がわが軍がこれだけだと言った」
シウの声がふてぶてしく響くと同時に、悲鳴を上げて騎士たちが倒れだした。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.286 )
- 日時: 2017/05/18 16:16
- 名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
「なっ……!!」
初めてステファンが微笑みを顔から消した。
チノも珍しく驚きの表情でステファンの背後を見ていた。
ステファンはわずかに驚きの色をにじませながら、急いで振り返ると
そこには数えきれないほどの異民族の軍が、
騎士たちに襲い掛かっていた。
あの民族衣装は、シウたちの服装と似ていた。
シウの援軍だった。
怒号が響き渡り、地下牢が揺れているかのような錯覚に襲われる。
「我が、何の策もなしに敵地に乗り込むわけがなかろう」
ステファンと対照的に、シウがゆったりとした余裕のある笑みを浮かべた。
三日月の形に薄い唇が弧を描く。
「愚かなる人間の王よ。
汝は、敵に回す相手を間違えたな。
……おい、行くぞ」
シウが一瞬こちらを見た後、悠然と歩きだす。
騎士たちも、シウが歩き出したことに気付いたが、
兵たちの猛攻に苦戦しており、そこまで手が回らない。
一瞬、フレヤのほうを振り返った後。
チノがゆっくりとナイフをステファンの首から降ろす。
フレヤは、カルトに支えられて立ち上がった。
足がふらつきよろめく。
だが、進まなければならない。
アルハフ族たちのほうを見ると、みんな小さくうなずき返してくれた。
足を一歩踏み出す。
すると、シウの足が止まった。
「ああ、そうだ。
ついでに汝も捕らえてやるか?
捕らえるにはまたとない好奇ゆえ」
シウの瞳がステファンをとらえる。
彼はギリリと奥歯を噛みしめているようだった。
視線を伏せたままステファンが一歩後ろに下がる。
「囚われの身となるのは遠慮する。
フレヤ様をお迎えするのは別に今でなくともいい。
……ここは私が退こう」
青ざめた顔で、吐き捨てるようにしてステファンは言った。
端正な顔をゆがめてフレヤを見つめた後、
ステファンは身をひるがえして地下牢の廊下の角を曲がってしまった。
カルトが忌々しそうに舌打ちをした。
「追うか?」
「……いいえ。
みんなを逃がすのが先よ」
「口ほどにもない骨のない男よ。
……だが、退くべき時をわきまえている。
あれはまた汝を狙うぞ人魚姫」
「わかって、いるわ……」
かすれた声で返事をする。
声が出る。
小さいが声が聞こえさえすればいい。
歌う。
ところどころかすれてしまう。
だけどやめない。
歌っているのは眠りの歌。
声は徐々に大きくなり、怒号の声はやがて小さくなっていく。
一人また一人と強烈な眠気に襲われた騎士たちが床に崩れ落ちる。
「行くぞ」
チノが戻ってきて、フレヤの手を取った。
いつもとは違い、今日はチノが手を引いてくれる。
この大きな手にまた触れられたのが泣きそうなくらい嬉しくて、
ひどく苦しかった。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.287 )
- 日時: 2017/05/21 02:09
- 名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
けぶるように降ってきた雨の中、
フレヤたち一行は、無事に王宮を抜け出した。
その後、王都のはずれにある森に身をひそめていた
アルハフ族の女性や子供たちと合流することに成功した。
夫や息子たちとの再会を泣いて喜ぶ人たちを遠くからそっと見守る。
少し離れたところでは、ルザがチノに縋りついて泣いていた。
綺麗な顔をぐしゃぐしゃにゆがめて、大粒の涙をこぼしていた。
その光景からそっと目をそらす。
代わりに向かったのはシウのほうだ。
「助けてくれて、ありがとう」
髪を拭いていたシウがこちらを見る。
濡れた黒髪が白い肌に張り付いて、色香のようなものが漂っている。
愁いを帯びた紅玉のような瞳と相まって
ぞっとするような魔性の美貌だった。
「別に礼などいらぬ。
こうでもせねば、汝はこの国から離れぬ」
真紅の瞳がすっとそらされた。
はらりと黒髪が一筋垂れるのを煩わしそうにかき上げる姿でさえ
絵になる美しさだった。
その姿が父と重なる。
この美しさだったら、美しい娘たちが次から次へと
際限なく寄ってくるだろう。
人望もある。
だけど、愛を知らぬ寂しい人なのだ。
「……なんだその目は」
「いいえ、別に」
少しぶしつけな視線すぎたようだ。
こちらに近づく気配をふと感じた。
はっとしてみると、チノがこちらに向かって歩いてくるところだった。
「我が一族を救ってくれたこと、礼を言う」
しかし、その緑の目は、シウを信用しきっていなかった。
自然体でいるように見えて、一切隙を見せない立ち振る舞い。
シウと対峙しても全く引けを足らないほどの気迫に満ちている長身は
緊張に満ちていた。
「そう牙をむくな。
犬の血がやたら濃いとは思ってはいたが、
まさかこの一族の族長だったとはな」
「御託はいい。
目的はなんだ」
警戒心もあらわに、緑の目をチノが細めて言った。
「異形の民のための小さな国を作る。
我はそこの王となる。
汝らに、ともに来ぬかと誘うためだ。
他の者は族長の判断を仰がねばならぬ故、返事を待てと焦らされてな」
「……何?」
聞きなれぬ単語を耳にしたかのようにチノが眉をひそめた。
今まで、シウは敵か味方はっきりしなかった存在。
当然と言えば当然の反応だ。
「王となって何を望む」
「愚かな人間どもから、我ら異形の民を守るための国だ。
それ以上は何も望まぬ」
チノは真偽を見定めるかのように、黙ってシウを見つめている。
フレヤは黙って見ているしかない。
これは、一族の問題で部外者の自分が口を出していい問題ではない。
数秒の沈黙の後、ゆっくりとチノが口を開いた。
「嘘、ではなさそうだな」
「我は嘘など、こんな下らぬことでは言わぬ」
「ならばこちらも嘘偽りなく答えよう。
丁重に断らせていただく」
「……ほう?」
その答えが予想通りだったのか、シウはあまり表情を変えなかった。
しかし、その傍に控えていたリンが一瞬で顔色を変えた。
「アンタ、族長だか何だか知らないけど、
シウ様のご好意を無駄にするなんて何様のつもり!?」
「別に、国に入れてくれと頼んだ覚えはない」
「この……ッ!!」
「よい、リン。
理由をきかせてもらおうか」
鼻息荒くチノに掴みかかろうとするリンを、
シウがさっと手で制した。
チノはちらりとリンを一瞥してから、口を開いた。
「我らはさすらいの民アルハフ族。
この国に来たのは一時の休息のためだったが、
それを激しく拒まれただけだ。
我らは一定の場所にとどまるのを好まない。
めぐる季節とともに寄り添い暮らす」
- Re: マーメイドウィッチ ( No.288 )
- 日時: 2017/05/23 21:11
- 名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
「さようか」
それだけ言うと、シウは口を閉じた。
面食らってしまう。
シウのことだから、くどくどと偉そうに不満を漏らすのかと思った。
「……なんだその目は」
「別に何でもないわ」
少し熱心に見つめすぎたようだ。
視線をそらすと、シウの背後から、龍族の長であるロンが
こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
濡れた長髪からはまだぽたりぽたりと雫が垂れている。
「シウ。
長居は無用だ。
出るならさっさと出ねぇと」
「ああ」
この青年だけは、他の者とは違い、
シウに砕けた態度をとっている。
それをシウが咎める様子も見せない。
信頼関係のような、二人の間に見えない絆を感じた。
旧知の間柄なのかもしれない。
「で、そのちっこいのが、おまえの嫁になるのか?」
ぐっと顔をのぞきこまれ、たじろぐ。
ロンの身長はすごく高い。
フレヤの身長は、彼の胸あたりにも届かない。
琥珀色の透き通った瞳が、じっと目をのぞき込んでくる。
「誰が誰の嫁だと?」
ものすごく低いチノの声が背後から聞こえたかと思うと
おなかのあたりに太い腕が回って、ぐいっと後ろに引き寄せられた。
背中にぬくもりが当たる。
意味もなく心臓が飛び跳ねた。
「その娘だよ。
シウが嫁にするためにケツ追っかけまわしていたんだろ?」
「ふざけたことをぬかすなロン。
この娘の力がわが国にとって有益であり、
妃の器としてふさわしい者だと判断しただけだ。
尻など追いかけておらぬ」
「……どういうことだフレヤ」
耳元に、地を這うような低いチノの声が吹き込まれ
背がぞわぞわする。
ひどく落ち着かなくて視線を左右にさまよわせた。
「どうもこうもない。
我が妻にその娘を望み、かの者は汝ら一族の救出と
妹の安否確認と引き換えに条件を呑んだ」
「本当なのか、フレヤ」
チノの声が怒りのような強い感情のためにかすれた。
なぜ彼が怒っているのかわからない。
動こうとしたが、おなかの上にある腕はびくともしなかった。
混乱のまま、小さくうなずくと、
背後のチノの気配が、氷河の様に冷たく重くなった。
「認めない。
おまえの国には行かせない。
どうしても行くというのなら、おれも行こう」
「汝は族長であろう?」
「族長ならやめると何度も一族の者に伝えてある」
ぐっと、おなかに回る腕の力が強くなった。
シウはそれを見て不機嫌そうに眉をひそめた。
フレヤは、必死に今の状況が何なのかを考え、
そして答えを見出した。
そうだ。
チノは、フレヤがアルハフ族のために身を売るような真似をしたことを
怒っているのだ。
それしか、思いつかない。
そう悟った瞬間、理由もなく泣きそうになった。
何故一瞬でも、フレヤをシウに渡したくないと
チノが考えてくれているのではないかと、
ありえないことを望んでしまったんだろう。
うなだれるフレヤを見てシウはふんと鼻を鳴らした。
「もうよい。
ともかく、この国にもう用はない。
滅びるなら勝手にすればいい。
さっさとこの国を出るぞ」
その真紅の瞳にはひとかけらの憐憫も残っていなくて、
彼が異形のものなのだと、強く認識させられた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.289 )
- 日時: 2017/05/24 11:47
- 名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
不意に、アルハフ族の者たちが、体をこわばらせた。
あたりに緊張が走る。
「……誰か来る」
チノが油断なく、一つの方角を見つめていた。
聞こえるのは、馬のひづめの音だ。
この感じだと、かなりの速さで駆けている。
王宮の兵の可能性が高い。
戦えるものは、さっと腰の剣を抜き放ち、構える。
アルハフ族の女性たちは、自分の子供を引き連れて、
木の陰に隠れて息をひそめた。
フレヤもいつでも歌えるように大きく息を吸い込んだ。
「フレヤ様!!
どこにおられますかー!?」
しかし、その声をきいて、フレヤははっと目を見開いた。
この声は。
「カイン!?
カインなの!?」
思わずチノの腕から抜け出して、駆けだしてしまう。
馬に乗る人物が見えた。
やはり間違いない。
さらに大きく一歩踏み出す。
しかし、気持ちがはやるあまり、足がもつれて転びそうになる。
「きゃっ」
「フレヤ……!!」
「フレヤ様……!!」
身体が傾く。
チノが焦った顔でこちらに駆け寄ってくるのが視界の端で見えた。
衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じた。
だが、思っていたよりも衝撃が強くない。
なにか硬いものに抱き留められたような。
「お怪我はございませんか?」
柔らかい声が気づかいの響きを帯びて耳に届く。
硬い感触の騎士服。
なつかしさが胸にこみあげる。
「ありがとう、カイン。
大丈夫よ」
「はい、フレヤ様」
柔らかく細められたグレーの瞳をこんなに近くで見るのは
いつぶりだろうか。
はっとして周りを見渡すと、
みんなは一様に硬い表情を保っていた。
「フレヤ、その男から離れろ」
チノでさえ、ひどく硬い声で慎重に呼びかけてくる。
フレヤから動く前に、チノが抱き上げてこようとしたが
むっとした表情でカインがフレヤを硬く抱き寄せた。
「おれは、フレヤ様の敵ではない」
「そういう問題ではない。
おまえは、メノウに操られているかのせいがある」
チノがひどく低い声でそう言った。
はっとする。
たしかにそうだ。
カインが操られていないという保証がどこにある。
カインを突飛ばすようにして、その身から離れると
彼の顔を両手で包み込んで引き寄せた。
「ふ、フレヤ様っ」
「静かに、私の目を見て」
グレーの瞳は落ち着きなくあたりをさまよっているが
妙な淀みなどはなく、澄んでいた。
意識もはっきりしている。
操られているわけではなさそうだ。
しかし、カインの整った唇が意味もなく震え
包み込んでいる頬が熱を帯び赤くなっていくのが気になる。
薄い唇を親指でさすると、カインが息をのむ気配がした。
「大丈夫。
彼は、私付きの騎士だった人よ。
信頼できるわ。
操られている痕跡もない」
フレヤの言葉にその場の空気がわずかに緩んだ。
しかし、なぜかチノの荒々しい気配は消えない。
今度は、無言でひったくるようにフレヤの体を抱き上げた。
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