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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.295 )
日時: 2017/05/29 00:38
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

一瞬チノが目を伏せた後、またこちらを見た。

不自然なまでに凪いだ目だった。

嵐の前の静けさのような。


「次におまえが、おれをおまえから引き離そうとしたら」


すっとチノの手が伸びてきて頬に触れた。

こんな風に触れられることは初めてだったので、

驚いて動けなくなってしまう。

指先は顎のラインをなぞった後、するりと首におりた。


「おれは、この短剣で、自分の心の臓を貫く」


わずかにチノの指が首の皮膚に食い込んだ。

呼吸が一瞬止まった。

頭が真っ白になる。

言葉が咄嗟にうまく出なかった。


「言っておくがこれ以上ないくらいに、正気で本気だ。

 おれはやると言ったら、やる」

「ばっ、馬鹿なことを言わないで!!」

「おまえは優しいからな。

 見知った者の命を見捨てることなどできない」

「やめて」


いやいやをするように首を強く横に振ったが、

チノは仄暗い笑みを浮かべるだけだった。

その手はフレヤの首からゆっくりと離れると、

チノの腰へと向かった。

そこにあるのは、チノの短剣。


「なんなら、今、実演してもかまわないが」

「やめて!!」


思わず感情的に叫んだ。

手が震える。

チノを失う?

目の前で?

できない。

許せるわけがない。


「おまえのために、やめてほしいか?

 おまえのためなら、やめてやってもいい」

「チノ!!

 お願いだから!!」

「おまえのために?」


チノは怖いくらいに落ち着いていて、

同じ言葉を繰り返す。

チノの手が腰の短剣をするりと抜いたのが見えた。


「……私の、ために」


ふうっと、チノの緑の瞳に昏い色が溶けて混ざった。

短剣が腰の鞘に戻された。

すっとチノの体がフレヤから一歩離れる。

途端に、その場に崩れ落ちてしまいそうな脱力感が

フレヤを襲った。

どっと冷汗が体中に吹き出る。


「……今は、これでいい」


チノの目は伏せられていた。

その瞳には仄暗い喜びと、薄く広がる悲しみのようなものが見て取れて

フレヤは目を細めた。

感情的な会話がしたかったわけではない。

彼の心に少しだけ触れたかっただけなのに、

触れたかったものは指の隙間をすり抜けていったような感じだった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.296 )
日時: 2017/05/31 00:08
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

国境までの道は、なるべく人通りを避けて、

村はずれの道を歩いたり、道なき道を歩くこともあった。

しかし、道中は不気味なほど何事もなかった。

それが、幸運だからだと考えるには

あまりにも過酷な経験をしすぎていた。

これも罠の一つかもしれないと考えるほどには

用心深くならざるを得なくなっていた。


「今夜はここで野宿だ」


そうカルトが言ったのは、日が傾き始めたころだった。

山の中をくたくたになるまで歩いていたフレヤは、

心の中で安堵のため息をついた。

もう動きたくないくらいに疲れていた。

てきぱきと野宿の準備をすすめる異形の者たちに

手伝いをしようと声をかけようとした。

しかし、あんた邪魔、とカルトに隅に追いやられ

ぐったりと地面に座り込むという情けないありさまだった。


「姫、あまり無理はなさらぬよう」


カインが心配そうにフレヤの顔をのぞき込む。

昔と同じ呼び方に、わずかななつかしさが胸に灯った。

その思い出は、今ではあまりにも遠い日々だった。


「平気よ。

 それに私はもう姫じゃないからその呼び方はやめて」

「明日からは、私がお運びいたしましょうか、姫」


カインはその言葉が聞こえなかったかのように、呼び名を変えなかった。

フレヤはむっとしてわずかに眉をひそめた。


「カイン、私はもう」

「あなたさまがたとえ王都を追われる身となったとしても、

 私にとって姫であることには、変わりありません」

「いいえ。

 もう姫と呼ばれる身分でいていいほど、愚かではないつもりよ」

「あなたさまは……」


カインがわずかに瞳を陰らせた。

その手がぎゅっと握りしめられる。

幼いころからフレヤだけを守ってきた手だ。

その手がフレヤに触れたことは一度だってない。

騎士としての一線を越えることは決してない、まじめな人だ。


「あなたさまは、変わられてしまった」


ひそやかな声だった。

ゆっくりと瞬きをする。

変わった?


「そんなことない。

 何一つ変わっていないわ」

「いいえ。

 今のあなたさまは、もう昔の姫とは違う」

「もし私が変わってしまったと感じるなら、

 それはいいことかもしれない。

 私は無知で愚かだった。

 今は少しだけましになったと思うわ」


民のことを知ったふりをして、何一つ救えていなかった。

国の一部だけを見て、全てを見ようとはしなかった。

王族の無知は罪なのだ。


「そういえば、何故隣国に行くのか話していなかったわね」

「危険をおかしてまでなさりたいことがあるのですか?」

「ヘレナを、さらう」


その言葉は、今まで誰にも言っていなかったことだったので

驚いたシウがこちらを振り返った。

異形の者たちも作業の手を止めてこちらを見る。


「汝、己の妹とはいえ、一国の王妃をさらうのが

 どれだけのことかわかっているのか」

「わかっているわ」


フレヤは深く頷いてみせた。

シウが真紅の瞳を細めてこちらを見つめる。

何かを見定めているような目。


「約束を反故にする気か。

 汝は、己の妹の安否確認だけをしに行くのではなかったか」

「ここに来るまでの道でずっと考えていたの。

 ……でも、やっぱりステファン様のもとには置いておけない」


強くこぶしを握り締めた。

冷たいアイスブルーの瞳を思い出しても、

もう心が躍るようなことはなくなってしまった。

心に灯るのは、憎悪なのか、悲哀なのかわからない。


「だから協力してほしい」

「我が、否と言うとは露とも考えていなさそうな顔だな」

「あなたのこと、信用しているから」


そう言うと、シウはわずかに虚を突かれたような顔見せた。

そしてすぐにその表情を見せたのを恥じるかのように、

片手で口元を覆ってしまった。

シウは、その整いすぎた容姿のせいで冷酷な印象を受けるが

こうして一緒に過ごしていると、ずいぶんと人間臭い表情も

するのかと驚いてしまう。


「……我を愚弄するか」

「信用しているという言葉のどこが愚弄することになるの」


シウがこちらを睨みつけてくるが、まったく怖くなかった。

反論の言葉はない。

交渉成立だった。

王妃を、妹をさらいに行くのだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.297 )
日時: 2017/05/31 23:57
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

夜のとばりがおちた。

あたりは闇に包まれ、フレヤの目では何も見ない。

だが、夜目のきくチノとカルトがてきぱきと食事の配膳をしていた。

驚いたのは、シウの食事だった。

吸血鬼の一族だと聞いていたから、

どこかから人間を攫ってきて生き血をすするのかと

はらはらしていたが、ごく普通に、炙ったウサギの肉を口にしていた。

どうやら、毎度の食事が血、と言うわけではないらしい。


「王妃を攫うと言ったな。

 良き策でもあるというのか」


視線に気づいたのか、シウがそう問いかけてきた。

フレヤは食事の手を止めて、シウを見つめた。


「ステファン様の城は、何度も訪れているから

 簡単な構造くらいはわかるわ」

「王妃の部屋もか?」

「……ヘレナの部屋はおそらく、城の最上階。

 ステファン王の自室の隣よ」


話を聞いていた異形の兵たちがわずかにざわつく。

これ以上ないほどにリスクの高いことに手を出そうとしていることを

悟ったのだろう。

もとより危険は承知している。


「どう攫うつもりだ。

 あの王のことだ。

 厳重な警備で城を囲っているのは間違いない」

「そうね。

 だから、窓から突入する」


さらりと放たれた言葉に、カインが驚いて目を見開いたのが見えた。

それもそうだろう。

空を飛んで攫うだなんて、普通なら正気を疑うような作戦だ。


「だから、またあなたの軍に頼ることになる」

「それは別に構わぬ。

 だが、王妃が拒んだ場合はどうする」

「……どういうこと?」


言われていることがわからなくて眉を顰める。

シウは淡々と言葉をつづけた。


「王妃が、ともには行かぬと救いの手を拒んだら

 どうするのかと聞いている」

「……」


それは、心の中で消しきれなかった可能性の一つだった。

ヘレナはステファンを慕っていた。

少なくとも、姉を裏切ってまで手に入れるほど

愛しているのだろう。

利用されているとも知らずに。

ステファンがヘレナを利用していると感じたのは

あの本当の性格を見てからだった。

ヘレナは、絶対に気付けない。


「……それでも、奪うの」


しばらくの間その場が沈黙に満ちた。

やがて、シウはため息をついた。


「まぁよい。

 今回のことは全て汝の言い出したことゆえ、

 汝にすべて任せる。

 我は手は貸すが、作戦などには口を出さぬ」


つややかな黒髪がシウの額にはらりとかかり、瞳を見えなくした。

煩わし気にそれをかき上げる姿は、まるで

作戦のことに興味がないようにも見えた。

フレヤは唇をかみしめた。

シウは言葉通り本当に異形の者にしか心を開かない。

たとえ、異形の者の親族がどうなろうと

異形の力がなければまるで興味を示さない。

自分の言い方が悪かったのだろうかと考え込むが、

シウは立ち上がってしまった。


「明日、また作戦とやらは聞こう。

 今宵は早めに寝る」


そう言うと、彼はさっさと歩きだしてしまった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.298 )
日時: 2017/06/01 12:48
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

「あなたは……何をやっていたのですか……!!」


暗がりの中、珍しいほどに感情をあらわにした

メノウの声が響き渡った。

いつもは人形のように表情を変えない彼女が、

憎々し気に瞳を細めていた。

その視線の先にいるのはステファン王だった。


「逃がすも何も、あれほどの大軍に一度の攻め込まれては

 あなたのために戦力を割いている城の警備では太刀打ちできなかった」

「白々しいことを。

 あなたほどの人がそう簡単に獲物を逃がすわけなどないのに」


そう言うと、形の良い唇をかみしめて

メノウは夜のとばりのおちた窓の外を見つめた。

次にどう動くかの策を脳裏で巡らせているようだった。


「そうね……関所を封鎖しましょう。

 私がまずあの娘の立場に立ったなら、

 まずはこの国を出ようとするわ。

 協力者がいるのですもの。

 そんなに難しいことではないわ」

「それは許可できない」


なんでもないことのようにさらりとステファンが言った。

メノウは信じられない言葉を聞いたかのように眉をひそめた。


「なぜです?

 関所さえ封鎖すれば……」

「それは不要だし許可できないと言っている。

 フレヤ様がどこに向かわれるのかくらい、見当がつく」

「それは?」

「我が国だ」


ステファンは当たり前のことの様に言った。

メノウはまだ怪訝そうな表情を崩さない。

この男の自信はどこからきているのか。


「どうしてそれがわかるのですか?」

「伊達に何年も婚約者だったわけではない。

 フレヤ様の行動パターンくらいは読める。

 彼女は優しいから、我が妻を救い出しにでも行くのだろう」

「ヘレナ王妃?

 彼女が、貴方の妻でなければ、あの娘と同じ目に遭わせたものを」

「別にしてくれてもかまわないよ」


あまりにも淡々とした口調だったので、

メノウは一瞬、何を言われたのかがわからなかった。

ステファンはひどく落ち着いていた。

その瞳は不気味なほど凪いでいる。


「あなたの妻でしょう?」

「愛などない。

 利用価値があったから利用しただけにすぎない」


不意に窓の外を見ていたステファンがメノウに向き直った。

その不気味なほど凪いだアイスブルーの目がメノウをとらえた。


「あなたもだ、メノウ」

「王、何を……?」

「あなたは、もう用済みだと言っているのだ」


ステファンはふわりと笑みを浮かべた。

ぞくり、とメノウの背筋に悪寒が走った。

喰われる。

獣としての本能がそう告げた。

アルハフ族特有の俊敏な動きで、メノウは素早く距離をとった。

ステファンは変わらず笑みを浮かべて立っている。

彼は指一本動かしていない。

だというのに、この威圧感はなんだ。


「メノウ。

 もう十分に踊ってくれた。

 あとは、穏やかに休むといい」


背後から殺気を感じ、はっとして飛びのくと、

見たことのない黒装束の男たちが

一斉にこちらにとびかかってきたところだった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.299 )
日時: 2017/06/03 01:22
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

関所では、シウの目の力と、フレヤの幻惑の歌の力で

何事もなく通過することができた。

本来なら喜ぶべきなのかもしれないが、フレヤの表情は晴れない。

どう考えても、あまりにもうまくことが運びすぎている。

ステファンのことだ。

こちらの考えていることなどお見通しに違いない。

関所を見たらわかった。

まるでいつもと変わらない警備の兵の数。

フレヤが、ステファンの国、オスロ国に向かうと

彼ならば気づけたはずだが、それでも兵の数は変わらなかった。

つまり、それは、ステファンがオスロ国で待っているということだろう。

ステファンは馬車を使って一日もかからずにオスロ国に着けるだろうが

こちらはそうはいかない。

数日かけて国境を越えるのだ。

ステファンのことだから、なにか策を練っているに違いない。

そこまで考えて、彼の婚約者だった時よりもよほど

彼が何を考えているのか思考を巡らせている自分に気付いて

苦笑を浮かべてしまう。

無事に関所を通り抜けた後は、平坦な道が続くので

山道とは違い、自分の足ではなく馬に乗って移動することとなった。

王宮に置いてきた愛馬のシルバノが恋しい。

背後は振り返らず、前だけを見据えて馬を進める。

列は、目の良い異形の一族が先頭となって進み、

その次に人間に対する幻惑の力を使え、地理に詳しいフレヤとシウが続く。

その後ろには、フレヤを守り従うように付き添うカインと

戦闘力の高いアルハフ族の二人が馬を並べている。

しかし、ここの雰囲気がとんでもなく悪いままだった。

カインはともかく、あの二人はいまだに和解していないらしい。

彼らの仲たがいの原因の大元は自分にあるのだと思うと

ずしりと胸が重たくなった。

何とかして和解させたいが、根本的な原因が口出しをしても

現状はなにもよい方向に向かわないだろう。


「それで?

 空を飛んで王妃の部屋へと一直線か」


突然シウに話しかけられ、フレヤは驚いてそちらを見た。

シウは立派な漆黒のたてがみを持つ馬を堂々と乗りこなしている。

そのまなざしは、まっすぐ前だけを見据えていた。


「しかし、あの城は門の警備が厳重なうえに、

 門から王宮まで距離がある。

 汝の城とは勝手が違うぞ」

「わかっているわ。

 でも、あなたもわかっていると思うけど、

 ステファン様は、明らかに私を城に誘い込もうとしている。

 関所のあたりではっきりわかったわ」


シウは答えない。

無言は肯定と言うことだ。

シウも、これが罠であることに気付いている。


「彼の狙いがわからない以上、

 下手に手を打つべきではないのではわかっているわ。

 あなたも時期尚早だと言いたいのでしょう。

 でも、ことは一刻を争う」

「……では、どのように王妃を攫うつもりだ」


あきらめたようにシウは言った。

どうしても意思を変えるつもりがないフレヤに折れてくれたのだろう。

シウにはほとんど利益のないことに突き合わせている。

それでも見捨てないところは面倒見がいいということか。

だから、彼は配下の者に慕われているのかもしれない。


「前と同じようにはいかぬぞ」

「そうね。

 陽動作戦は不意を突いたからできたもの。

 それもほとんどの兵力が城に残っていなかった状態だったからこそ

 成功できたわ。

 ステファン様はこのことを踏まえたうえで、

 警備をさらに強固なものにしてくるはず。

 今回は、別の方法を使わなくてはならない。

 ……私に考えがあるの」


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