コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76



Re: マーメイドウィッチ ( No.194 )
日時: 2016/12/26 19:44
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

ステファンは上り始めた朝日に目を細めながら浴場の中へと入っていった。

ここの浴場は内風呂と露天風呂式の外風呂になっている。

まずは朝日を浴びながら露天風呂につかるのがステファンの日課の一つとなっていた。

露天風呂のほうに出ると、水面にキラキラと朝日が反射し、

見上げれば雄大な山々が目に入った。

いつみてもここの景色は美しい。

すがすがしい気持ちで湯につかろうと視線を下に向けたとき、

水面に見慣れぬ黒い影があることに気付いた。

はっとして前を見ると、フードをかぶった小さな人影がひっそりとたたずんでいた。

大きな声を上げて兵を呼ぼうとしたとき、さっとフードの人物が人差し指を唇に当てた。


「私です、ステファン様」


ステファンは口を閉じた。

女性にしてはやや低い声。

ステファンは聞き覚えのあるその声に目を細めた。


「フレヤ……様?」


ばさりとフードをとったその人は紅い目をしていた。

ゆたかな波打つ青い髪がふわりと広がる。

朝日を背景に立つのは、隣国の第一王女、フレヤだった。

長旅のせいか、かなりやつれて見えた。

ステファンは混乱した。

混乱しながらも冷静に状況を読み取った。

正式に謁見をしないということは、なにか秘密裏に行わなければならない用事で

彼女は今ここにいるということだ。


「……あなたの国に勝手に立ち入り、こうしてここにいることをお許しください」


フレヤは瞳を伏せながらそう言った。

人形のような美しさは変わらない。

だが、昔と比べて、人形のような無機質さは減ったように思える。


「あなたに、どうしてもしたい、お願いがあってここに参りました」


フレヤの紅い目は痛々しいまでの切実さをたたえていた。

一歩、二歩とわずかに距離を詰めてくる娘は、

もはや王女などではない。

どれほどやつれていても、その目に宿る痛烈な輝きは

女王のそれだった。

一方のフレヤはなつかしさに胸が張り裂けそうだった。

いつもの豪奢な服をまとっていないステファンは、

ひどく若く見えた。

舞踏会のあの夜、出会った時のようなその姿に心が揺れるのが分かった。

あの時恋に落ちた。

どうしようもないほどにこの人に恋い焦がれた。

恋に恋をするようなありさまだったけど、溺れるように恋をした。

毎日思いは降り積もって、少しずつ息ができなくなるような心地がした。

目が合うだけで微笑んでくれるだけで、体がしびれたように動かなくなった。

あんな甘美な感情をフレヤはほかに知らない。

Re: マーメイドウィッチ ( No.195 )
日時: 2016/12/27 14:00
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

アイスブルーの瞳を見つめた。

この瞳に私が、私だけが映っているのを見るのが好きだった。

微笑んだ時に、柔らかく細められるのを見るのが好きだった。

ちゃんとした恋ではなかったのはわかっている。

ひな鳥が親鳥を慕うかのような情であったことにもどこかで気づいていた。

でも、恋していた。

今ならわかる。

ちゃんと、彼のことが好きだった。


「お願い、とは……?

 貴女が私になにかをこいねがうなど珍しい」


そうだった。

ステファンといたときは、いつもいつも、そばにいるだけで精一杯で

それ以上のことはなにもできなかったのだ。

息が詰まるような空間だった。

話すだけで空気が薄くなっていくような心地がするほど

ステファンの傍にいることは緊張を伴った。


「単刀直入に言います。

 我が国をあなたに明け渡したい」

「なっ……!!」


ステファンが大きく目を見開いた。

その瞳には驚きが色濃く表れている。

フレヤは目をそらさなかった。


「あなたが何度か示唆してくださったように、我が国には革命軍がいます。

 父上の統治を快く思わぬ民がたくさんいるのです。

 彼らは、父上を退位させねば国を襲うと言いました」


脅されて、父王を殺せ、と言われたことは伏せておく。

ステファンが余計なことを知る必要はない。


「私は、すべての民を守るために、父王を退位させます。

 ですが、革命軍はもとは普通の民です。

 まつりごとなどには向いていない。

 また統治者がなにか道を誤れば、再び戦争が起こる。

 ですから、統治者として有能なあなたに、我が国を託したい」


これがフレヤが考えに考え抜いた答えだった。

メノウに脅されているとはいえ、すべてに従うつもりはない。

彼女の手に落ちるくらいならば、国と民はステファンの国の属国となった

ほうが幸せになるはずだ。

この方法しか、誰もが幸せにならなかった。


「ですが」


まだ動揺が色濃く残るステファンが言った。

フレヤはフードを強く握りしめて彼の言葉を待つ。


「貴女と貴女の父上はどうなるのですか?

 貴女の父上を退位させるとしても、貴女が女王として国に残ればいいのでは?」

「それはできません。

 私は第一王女であるにもかかわらず、この国のためにほとんど何もできなかった。

 民の苦しみを取り除いてはやれなかった。

 私はお父様とともに、表舞台からは姿を消すつもりです」


それは死を意味していた。

それを悟って、ステファンは顔色を変えた。


「フレヤ様!!」

「もう、これ以外、方法はないのです」


フレヤの瞳にわずかに激情がにじんだが、

すっととけるようにして消えた。


「最後に、私を抱きしめてはくれませんか……?」


フレヤは微笑んだ。

顔を青ざめさせている妹の夫に。


「あなたに捨てられた哀れな女を、最後に一度だけ」


こういえば優しいステファンは断らない。

ステファンの腕がふわりと体に回り軽く抱き寄せられた。

フレヤは目を閉じた。

なんて残酷なかた。

最後の最後まで友と同じような抱き方を。


「フレヤ様、あなたはばかだ」


フレヤは目が潤むのを感じた。

彼女は見なかった。

ステファンが微笑んでいることに。


「あなたは、本当に馬鹿だ、フレヤ様」


ステファンの唇が三日月の形に、にぃっとゆがんだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.196 )
日時: 2016/12/28 13:22
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

雨の中、フレヤは泣きながらチノのもとへと帰った。

頬を伝うのが雨なのか涙なのかがわからなくなるほどの雨だった。

たたきつけてくる上に、体のぬくもりを根こそぎなくしていく

すべてを奪っていくような雨だった。

チノが木の陰に見えた。

暁の中、くっきりと鮮烈に目に焼き付く黒衣の姿。

フレヤの気配をとらえて、彼が振り返る。

フレヤの表情を見て、チノは唇を引き結んだ。

その表情に険しいものが宿るのを見て、フレヤは足を止めた。

交渉は、うまくいったわ、と何もなかったかのように

言うつもりだったのに、言葉がのどに引っかかって何も言えない。

そのわずかな間にチノが距離を詰めて、目の前に立っていた。

驚いてチノの顔を見上げようとしたが、その前に、たくましい腕が

背を回り強い力で抱き寄せられた。

骨がきしむほどの強い力だった。

さっきのステファンからの抱擁とはまるで違う荒々しいものだった。

荒々しいのに、胸が苦しくなるような抱きしめ方だった。


「……待っていてくれて、ありがとう」


ステファンに会いに行く前、チノはおれもついていくと言ってきかなかった。

何度も何度も頼み込んで、ようやく折れてくれたのだ。


「……気が気でなかった」

「……心配かけてごめんなさい」

「おまえが、泣いているのではないかと思ったが、やはりそうだったな」


まばたきをすれば、またぽたりとしずくが落ちた。

ささやくような穏やかな声に涙が止まらなかった。

この冷たい世界でチノだけが温かかった。

きちんと失恋できた。

このくすぶり続ける想いにけじめをつけることができた。

もう、思い残すことは何もない。


「交渉は、うまくいったわ」


やっと予定通りの言葉を伝えられた。

みっともないほどい震えていたが。

チノが抱きしめる力を弱めた。


「……おまえが、なにを話していたのかいいてもいいのか」

「私の最後のお願いを聞いていてもらったのよ」


フレヤはするりとチノの腕から抜けると、

ふらふらと愛馬のほうへと歩き出した。

まだ、終わっていない。

王女としてのつとめは、これからだった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.197 )
日時: 2016/12/30 00:42
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

城に戻ったころには、すでに昼になっていた。

一切睡眠をとっていないフレヤは、めまいを感じるのを気のせいだと思うことにした。

立ち止まってはいられない。

進み続けなくてはならない。

泥の中を歩いているかのような足取りでフレヤは父の部屋へ向かった。


「フレヤ」


不意に背後からずっとついてきたチノが声をかけた。

たったそれだけのことなのに、フレヤの足は簡単に止まってしまった。


「ごめんなさい、チノ。

 あなたは先に寝てて」


その間にすべてを終わらせて来るから。

最後の言葉は喉の奥で飲み込む。

フレヤは決して後ろを振り向かなかった。

唇をかみしめて、無性に叫びだしたくなるのをこらえる。


「おまえ、今度は何を隠している?」


フレヤは目を見開いた。

淡々とした声だった。

フレヤはその声にはじかれるようにして、後ろを見た。

チノの表情は厳しいものだった。

一歩後ろに下がろうとしたその瞬間に手首を素早くつかまれた。

一瞬周囲を見渡したが、廊下には人影はなかった。

父の部屋を守る衛兵たちは遠くにいる。


「チノは、気にしなくてい———」

「おれは、そんなことが聞きたいのではない」


言葉は荒っぽく途中で遮られた。

ぐっと手首を強く引かれる。


「言え、何を隠している。

 おまえ、今から何をするつもりだ」


とっさにうまい嘘がつけなかった。

もともと嘘は得意でなかった。

目が泳ぐ。

その様子をチノは瞳を細めながら見つめていた。


「おまえ、まさか……」

「っ……!!」


無理やりチノの手から腕を取り返すと、

フレヤはわき目も降らず走り出した。

衛兵たちの姿が見えてきたところで、すぐに肩をつかまれぐいっと引き戻された。


「チノ、離して!!」

「逃げるな。

 話せばいいだけだろう」


こんどこそ、強い力がチノの手にこもっていて

逃げることができなかった。

本当のことを、今から父にとどめを刺しに行くなど、

絶対に言えなかった。


「王女から離れろ!!」


騒ぎを聞きつけた衛兵たちが父の部屋から離れて、

チノを取り押さえにかかった。

チノは顔をゆがめて、衛兵たちの手を振り払おうとした瞬間、

手の力をわずかに緩めた。

渾身の力でチノの手を振り払うと、今度こそ父の部屋に向かって走り出した。


「フレヤ!!

 おい、おまえらどけ!!」

「みんな、私が部屋から出るまでチノを抑えておいて!」


父の部屋へとつづく廊下。

廊下に敷かれた赤いじゅうたんは、今のフレヤには血塗られた道にしか見えなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.198 )
日時: 2017/01/04 23:15
名前: いろはうた (ID: Rj4O5uNk)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

バンッと大きな音を立てて、父の部屋の扉を開ける。

肩で息をしながら、フレヤは部屋の中へと入っていった。

背後で扉がしまった。

よろめきながら、父の眠るベッドに近づいていく。

そこには変わらず眠る父の姿があった。

顔色は土気色を通り越して、やや黒ずんで見えた。

もはや、誰の目から見ても父が助からないのは明白だった。

シーツの上に投げ出された手を見つめた。

やせこけた骨と皮だけの手だった。

歌わなければ。

はやく、一刻も早く楽にしてあげたい。

息が苦しい。

走馬灯のように父との思い出が脳裏をめぐる。

瞼をきつく閉じた。

声が、出ない。

歌えない。

フレヤは震える手で、護身用の短剣をまさぐった。

弱々しく目を開けて、きつく短剣を握りしめた。

ぶるぶると鈍く銀色に光る切っ先が震えている。

突き刺せ。

まっすぐ下におろすだけ。

それだけ。

たったそれだけの動作がどうしてもできない。

ぼろりと涙が目じりから零れ落ちた。


「でき……ない……ッ……!!」


足に力が入らなくなってフレヤは崩れ落ちるようにして

その場に座り込んだ。

次の瞬間、強い力で短刀をもぎ取られた。


「そういうことか」


髪を乱したチノがそこにいた。

長い前髪の隙間から見えた瞳は刹那的なきらめきを宿していた。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76



この掲示板は過去ログ化されています。