コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.300 )
日時: 2017/06/03 13:46
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

オスロ国王都についたのは、その日の夕方だった。

フレヤたち一行は、怪しまれないようにするために、

二手に分かれることにした。

幻惑の力が使えるシウとフレヤは違うグループにいる。

フレヤから頑として離れようとしない、カインとチノは

フレヤと同じグループに、逆にシウの傍を

頑として離れようとしないリン達は、シウたちと同じグループにいる。

大人数だと親締まれる可能性があるので、互いに違う宿をとって、

次の日の早朝に合流することとなっている。

宿の主を歌で惑わせ、部屋をとったところまではいいが、

今度は部屋割りでチノとカインがもめだした。

同じ部屋で寝泊まりしなければフレヤを守れない、と

表情乏しく言い募るチノと、

淑女、ましてや王女殿下と同室だなんて言語道断だと

決して折れないカインの言い争いが始まった。


「カイン。

 私はもう野宿とかで、何度も殿方とともに寝ているわ。

 別に今まで何もなかったのだし」


カインの顔色が憤怒の赤から、絶望の白に変わった。

ひめ、と力なく言葉がカインの唇から洩れた後、

彼は呻きを漏らしてその場に膝をついた。

なにやら、御身をお守りできなかった私に罰を

などとぶつぶつ言っているが、いつものことなので気にしてはいられない。


「カイン。

 私はチノと同室で寝るから、あなたは隣の部屋で寝て頂戴」

「っ、姫を男と二人きりにさせるなど私にはできません!!

 私も、同じ部屋に!!」

「そう?

 別に構わないけ……」

「ふざけるな。

 フレヤを守るのはおれ一人で十分だ」


また二人のにらみ合いが始まった。

フレヤは、疲れた目でそれを見ていたが、

他の兵をそれぞれの部屋に行かせると、彼らに向き直った。

別に一人でも大丈夫だと言おうと口を開いた。


「……」


しかし、勝手に口がとじてしまった。

これは、もしかしたら、チノと話し合いの機会を設ける

絶好の機会なのではないのかと考えてしまったのだ。


「カイン」

「はい、姫」


フレヤの呼びかけにカインはすぐ答えた。

チノの傍を離れ、フレヤの前にひざまずく。

彼は、忠義心にあつい騎士だ。

フレヤはすっと、仮面をまとうように顔から一切の感情を消した。


「私の剣だと言いましたね」

「はい、姫」

「兵たちは、私の矛となり盾となる者たち。

 私だけでなく、私を守りしもの全てを守る力があなたにはある。

 騎士としての務め、果たせますね?」


カインの表情が硬くなったが、その硬さは瞬時に霧散した。

彼は低く頭を垂れた。


「仰せのままに、姫」


カインはこちらをふと見上げた。

昏いものが宿るまなざしだった。

先ほどのチノの昏い微笑とはまた違う種類のものだった。


「姫。

 あなたは私という剣を錆びさせず、また握ってくださりますか」

「……ええ」


どう答えたらいいのかわからず、小さくうなずくと

カインはわずかに息を吐いて立ち上がった。

グレーの瞳から陰りは消えていなかった。


「……失礼いたします」


カインは一礼すると、その場を足早に去ってしまった。

彼の忠義心を利用するようなことになり、心が痛んだ。

たとえ、もう王女でなくなっても

カインにとってフレヤは主であり、姫君であるのだと、

彼は彼のすべてをもって言ってくれているというのに。

彼の忠義にこたえたい。

だがそのためには、何をすればいいのだろう。

Re: マーメイドウィッチ ( No.301 )
日時: 2017/06/04 00:36
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

チノがぱたんと木の扉を閉じると、途端にその場が静寂に満ちた。

フレヤは何気なくベッドのほうを見て固まった。

ベッドが一つしかない。

大きなベッドだった。

夫婦や恋人たちが一緒に寄り添って寝るようなものだった。

どうしよう。

部屋を替えてもらうべきか。

動揺を隠しきれずに、思わずチノのほうを伺ってしまう。


「どうした」


チノは憎らしいほどに落ち着いていた。

彼が一歩こちらに近づく。

ギシっと床が軋んだ。


「べ、べべべベッドが、一つしかないようなのだけど」


しまった。

あきらかに動揺しているのがバレバレだ。

目をうろうろと泳がせて、必死に取り繕う言葉を探していると

ふっとチノから息が漏れた。

フレヤは目を見開いた。

チノが笑っている。

見たことのない種類の笑みだった。

とろとろにとけたキャラメリゼのような甘さを含んだまなざし。

普段、あまり表情を変えない人だから、

その破壊力は半端なものではなかった。

しかも、何故だかわからないが嬉しそうに見える。

そんなに、こちらが慌てているのを見るのが楽しいのだろうか。


「あ、ああああの私、店の人に部屋を替えて……」

「その必要はないだろう?」


ばくばくと心臓が痛いくらいに早く脈打つ。

なんだこの空気は。

ひどく落ち着かなくて、何かを話そうと言葉を探すが、何も言えない。

頬と耳の先に熱が集まるのが自分でもわかった。


「で、でも」

「おれには、何も支障はないが」


フレヤははっとした。

横目で外を確認すると、窓から差し込む夕日の光は既になかった。

黄昏の空に浮かぶのは、満月。

そして、目の前のチノの瞳も、黄金にらんらんと輝いている。

チノが数歩距離を詰めてきた。

わずか数歩なのに、一瞬で距離が縮まる。

目の前にある硬い胸板をとっさに押したがびくともしない。

指先に、甘い体温が伝わってびりびりと痺れるような感覚が走った。


「かわいい」


ひそやかな吐息とともに、溶けてしまいそうなほど甘い声を

耳に直接落とされて、フレヤは腰が砕けてしまった。

その場にへたり込みそうになったが、すばやく腰に回った

たくましい腕がそれを許さない。

ふわりと抱き上げられて、口から小さく悲鳴が漏れた。


「おれを男だと意識して慌てふためくおまえを見ることになるとは」


チノがのどの奥でくつくつと笑う。

とさりとせなかに柔らかい感触が当たった。

ベッドの上におろされたのだと知る。

チノが両腕でフレヤを囲うように、手をベッドについた。

視界にはチノと宿の天井しか映らない。


「……おまえは、綺麗な目をしているな」


さらりとチノの前髪が額に触れた。

信じられないくらい近くにチノの瞳がある。

フレヤは瞬きも忘れて、ただ固まっていた。

ぞっとするほど、野性的で魅力的なまなざしだった。


「紅玉のようだ。

 くりぬいて、飾って、ずっと眺めていたい」


物騒な言葉とは裏腹に、まなざしは熱くて甘く

自分の体ですら溶けてしまいそうな錯覚に陥る。

息がうまくできない。


「そうすれば、この綺麗な瞳はおれのことしか映さないだろう?」


まるで、こいねがわれているようだった。

おれのことを見てほしいと。

おれのことだけを見てほしいと。

そんなはずないのに。

これは己の願望が生み出した幻なのだろうか。


「あの騎士は、お前の騎士だったらしいな?」


突然変わった話題に、フレヤはわずかに眉を寄せた。

話の意図がわからないままに、混乱しながら小さく頷くと

チノは凄みのある笑みを浮かべた。


「あの男がおまえに話しかけるたびに、

 何度斬り殺しそうになるのを我慢したことか」

「な、なに言っているの」

「人間のおれは、いつも『おれ』を必死に抑えている。

 おまえを傷つけないように。

 おまえに醜い部分を見せないように。

 無駄な努力だっていうのにな」


チノがさらに覆いかぶさるようにして、のしかかってきた。

逃げられない。

身体が動かない。

声が震えるのが情けなかった。

怖いわけではない。

なんだか、もっと別の感情が胸に生まれている。

これは、この感情は。

ああ、認めたくない。

これは認めたら、いけない感情だ。

認めたら最後、苦しみもがくのは自分だ。

溺れるように、求めて、でも足りなくて、もっと求めて。

息ができなくて、苦しくて、だからもっともっと求め続ける。

暗い海の底に堕ちるように、底がなく、止まることがない。

知っている。

二度目のこの感情。

でも、一度目の時とは比べ物にならない焼けつくようなこの感情。


「いっそ殺してしまえば楽になるのか?」


すっとチノの指先がのど元を撫でた。

チノが笑みを浮かべたまま、目を細めた。

獲物の喉笛に食らいつく前の、獣のような表情だった。

優美で強靭なケモノに体を組み敷かれているような錯覚すら起きる。


「……私を殺すの?」

「いいや、殺さない。

 ……もう、殺せない」


のどにチノの顔がおりてきた。

噛みつかれるのかと体をこわばらせたが、

代わりに降ってきたのは、花弁のような優しい口づけだった。

フレヤは、心の中でうめいた。

認めたくないのに。

こんなことをされたら、認めざるを得ない。

泣きたくなる。

できることなら、彼と離れる最後まで気づきたくなんてなかったのに。

もう、堕ちてしまった。

どうしようもないところまで。

絶望的なまでに思い知る。

嗚呼。

この人が。

このケダモノが。

チノが好きだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.302 )
日時: 2017/06/04 16:47
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

結局、チノはそれ以上何もせず、体を離すと

床に座り込むようにして仮眠を取り始めた。

一方のフレヤは、同時にあまりにもたくさんのことが起こりすぎて

その夜は一睡もできなかった。

一人で寝るには広すぎるベッドで、何度も寝返りを打った。

チノを好きだと自覚してしまった。

そのせいで、心臓がばくばくと脈打って、意味もなくそわそわして、

とてもではないが寝られるような状態ではなかったのだ。

とはいえ、明け方にわずかにうとうとしていたところを、

チノに控えめに揺り起こされた。

よろよろと立ち上がって、出発の準備をする。

鏡を見れば、目の下にはうっすらとクマができていた。

城にいれば、メイドのハンナたちがさっと化粧を施して

ごまかしてくれていただろうが、ここはそんな贅沢なものはない。

奔放にふわふわとはねる癖の強い青い髪を何度も撫でつけていたが

どうしてもいうことをきかないので諦めるしかなかった。

どうやら自分は少しでもチノに良く思われたいらしい。

このクマをどうにかできないものかと唇をきつくかみしめる。

急激なまでの心情の変化に戸惑ってしまう。

ぐしゃりと髪をかきむしった。

世界が色鮮やかに色づいたような錯覚。

鼓動は甘く跳ね、視線が追い求めるのはチノばかり。

よりによってこんな時に恋を自覚してしまうだなんて。


「フレヤ?」

「ひっ」


鏡の前で百面相をしていたら、

チノがおずおずと背後から声をかけてきた。

鼓動がひと際大きくなる。

さっとふりかえると、わずかに気まずそうな表情を浮かべた

チノがそこにいた。

ぶわっとうなじの毛が逆立つ思いだった。

強く瞬きをして、好きな人の姿を焼き付ける。

ああ、だめだ。

直視できないくらいに格好いい。

窓から見える暁を背に立っているチノの姿は、

ほれぼれするくらいに格好良かった。


「そろそろ合流の時間だが……フレヤ?」


怪訝そうな声にはっと我に返る。

ぶわわわわっと、顔が熱くなるのが分かった。

すっとチノの指が伸びてきて、フレヤは思わずぎゅっと目を閉じた。

かさついた感触が、そっと目の下のあたりを撫でてきて

びくりと震える。

甘い体温だった。


「……昨夜、やはり寝られなかったのか?」


わずかにかすれた声がささやくように言う言葉の一つ一つが

色気にまみれていて、あやうくその場にへたり込みそうになった。


(冷静に、いつも通りに……!!)


「あ、新しい枕に慣れなくて」

「おまえ、王女のくせに野宿も平気でこなせていただろう。

 枕ごときで寝られなくなるはずがない」


背中を冷汗が伝った。

だめだ。

冷静になんてなれない。

意識のすべてを、触れてくるチノの手に集中させてしまう。


「おれのせいか?」


そっと目を開けると、チノがわずかにほほ笑んでこちらを見ていた。

緑の目がとろけるような甘さとほのかな熱を含んでいて、

もうその顔だけで、危うく気を失いそうになった。

いっそのこと、気絶できたほうが楽なのかもしれない。


「そうだといい。

 おれのせいで、心かき乱されるおまえが見たい」


ふざけたことをぬかす好きな人の顔面を殴れたらどんなにいいだろう。

彼は突然視力を失ったのだろうか。

現在進行形で、フレヤはチノの一挙手一投足、全てに振り回されている。

こんなの自分じゃないとわめき散らしたいほどだ。


「もっとおれで乱れたらいい」


そうささやくと、チノは唐突に指を離した。

夢から覚めたような心地になって、まばたきを繰り返す。

何事もなかったかのように、てきぱきと荷造りを始めるチノを見て、

フレヤもあわてて自分の荷物に向かって歩き出した。

Re: マーメイドウィッチ ( No.303 )
日時: 2017/06/05 01:10
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

フレヤは、深く頭巾をかぶりなおして、シウを待っていた。

立っているのは、オスロ王国王都の朝市。

人通りが多いところならば怪しまれにくいだろうとのことで

あえて朝市を合流場所にしたのだという。

こういうことには疎いからどうにもわからないが、

たしかに数えきれないほどの人がここには集まっていた。

朝日に照らされながら、人々は忙しそうに行きかっている。

青臭い野菜の匂いや、生臭い魚の匂いが漂ってきて、

生々しく民の生活の一端を感じた。

思わず、視線だけであたりの様子を観察してしまう。

山に囲まれている国なだけだって、海産物よりも

野菜などを売っている店のほうが多い印象を受けた。

海に囲まれたコペンハヴン国とはまた違っていて興味深い。

いや、いけない。

いつもの視察癖が抜けない。

今は人を待っているのだから、もう少し周囲に気を配らなければ。


「……待たせたな」


背後から声をかけられて、振り返ると、

平民の格好をしたシウが立っていた。

フレヤは、まばたきを繰り返した。

一瞬誰だかわからなかった。

いつもの黒衣の民族衣装ではないので戸惑ってしまうが、

彼は造形がよいため、何を着てもひどく似合っていた。

この人ごみの中からこちらを見つけられるのはたいしたものだと思うが

おそらくフレヤが逆の立場でもきっと同じことができるだろうと思った。

シウはどこにいても華があり、目立つ人だ。

だけどそれだけではなくて、もっと同族同士のつながりのようなもので

なんとなくどこにいるのか気配で分かるのだ。


「番犬はどうした」

「ち、チノは犬ではないと言っているでしょう。

 ……少し離れたところで控えてもらっているわ」


名前を呼ぶだけで、動揺してしまった。

あきらかに挙動不審なのがシウに伝わっただろう。

しかし、シウは片眉を上げただけで何も言わない。

なんとかいつも通りに振舞おうと、フレヤは口を開いた。


「先に偵察に行っていた、あなたの軍の人たちとは連絡は取れた?」

「……おい、言葉を選べ。

 聞こえたらどうする」


シウがひと際声を低くした。

はっとした。

軍、などと他の人に聞かれたらどうなるか。

目を伏せて、謝罪の言葉を口にした。

しまった。

軽率な行動だった。

ここにはどこに耳があるかわからないのだ。


「……なにかあったのか」

「いいえ」


さすがに様子がおかしいと思ったのか、シウが低く問いただしてきたが

フレヤはそっけなく否定の言葉を口にした。

しかし、内心ではいつも通りに振舞うので精いっぱいだった。

無表情を保つのに、これほどまでに苦労したことはなかった。

頬がひきつるのをなんとかごまかす。

シウはそんなフレヤの顔をじっと見ていたが、やがて息を吐いた。


「まあ、いい。

 前に汝が言っていた通りにやるが……よいな?」

「ええ」


そう答えて、ちらりとシウの背後に視線を走らせる。

先ほどから、シウと似た気配を感じていた場所。

ひっそりと影の様に佇む、鴉天狗の一族、ヤワラがいた。

相も変わらず神聖な雰囲気を漂わせているが、

フレヤと目が合うと同時に、表情を変え、ギッと睨みつけてきた。

よほどこちらのことが嫌いらしい。

しかし、いくら嫌われようとも、彼の協力だけは仰がねばならない。

この誘拐計画で、彼は最も大事な役割を果たす予定の一人だからだ。


「何か変わったことはある?」

「ああ。

 細かいことについては、場所を変えて話す。

 ついてこい。

 そのあとに……決行する」


シウはさっと踵を返すと、ツカツカと歩き出した。

フレヤは、チノたちがいるほうに視線を一瞬よこすと

シウの背を追った。

Re: マーメイドウィッチ ( No.304 )
日時: 2017/06/05 18:28
名前: 珠紀 (ID: X8Fl15uw)



こんばんは。
珠紀です。


いつの間にやらこんなに進んでいた……!
しっかり見ましたよ!


あっまあまなシーンありがとうございます!!!!!
こ、腰に来ました。

いいな、フレヤ。
いつもいろはうたさんの書く主人公に嫉妬してしまう……


これからも、ヒソヒソと見にきますね。


_珠紀


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