すいぶ!-南梨高等学校吹奏楽部-
作者/ 夕詠 ◆NowzvQPzTI

【harmony.10*しまね!】
「楽譜、ですか?」
トロンボーンパート練習場所、二年C組教室。
私、有泉凜は絢音先輩の顔を椅子に座ったまま見上げた。
「そうそう。凜ちゃんって楽譜読める?っていうか、そもそも吹部経験者?」
絢音先輩のマシンガンのように発射される質問に私は苦笑いする。
「吹部は初めてなので楽譜は読めないです……」
私が俯きがちに言うと、
「そうなんだー!でも大丈夫大丈夫!私、中学からやってるんだけど最初読めなかったし!!」
絢音先輩のハイテンションボイスが飛んできた。
そんな中、教室の廊下側の窓が開いて一人の男子生徒が顔をひょっこりと出した。
「先輩、今でもたまに怪しいですよね」
いきなり毒を吐いたその口調はどこか訛っているように聞こえる。
どこだろ……関西ではない気がするし……。
「そんなことないよー!!っていうか久しぶりじゃん!会いたかったよ、和真ーっ!」
「お久しぶりです。あと抱き着かないでください。アンタはおじ●る丸ですか!そして俺はカズマですか!あ、和真じゃわ」
先輩が今日最高のテンションで和真と呼ばれた男子生徒に抱き着くと、和真さんは物凄いスピードで引き離した。
絢音先輩はシュンとした表情になる。
「で、先輩。この人は?」
そんな茶番の後、和真さんは私を指差して言った。
絢音先輩は私の両肩を持って和真先輩の前に押し出すと、
「新しくパートに入った一年生の有泉凜ちゃん!可愛いでしょーっ!!」
「か、可愛くなんかないですよ!!」
私は力いっぱい否定する。
すると和真さんはふーん、と呟く。
そして少しだけ微笑んだ。
「同じパートの白築和真、二年生。よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
私は微笑み返す。
そしてさっきから気になっていた疑問をぶつけることにした。
「あの、和真先輩って西日本とかの出身なんですか?」
私の問いに和真先輩の表情が固まる。
やっぱり、いきなりこんな質問って変だったかなぁ。
すると和真先輩に両肩を掴まれた。
「え、あの、先輩?」
「ど、どどどど、どうしてそげ思ったが!」
掴んだ私の肩をぐわんぐわん揺らす和真先輩は焦っているような表情。
その口から出る言葉はさっきよりも遥かに訛っていた。
「方言みたいというか、訛ってるというか……」
私が訛りという単語を口にした瞬間、和真先輩の表情が凍り付いた。
それとは対照的に教室には絢音先輩の笑い声が響く。
何これ、全く状況が理解できないんだけど……。
私何かマズイこと言っちゃった!?
頭の中でさっきの会話をたどる。
「訛っとる……!?結構気を付けていたつもりだったんじゃけんのう。むしろナチュラルな標準語喋っとるとばかり思っちょーに……」
いや、使ってないですよ先輩。
絢音先輩も同じことを思ったのか、再び笑い出した。
「だから和真、島根訛り出てるっつーに!イントネーションが違うんだよーっ!!」
そう言って笑い続ける絢音先輩。
酸素不足にならないのが不思議だ。
っていうか、
「和真先輩、島根出身なんですか?」
私は疑問を投げかけた。
島根ならあの関西ではない訛りにも納得がいく。
すると和真先輩は目をそらして、
「な、何を隠そう、俺は島根出身だがー」
いや、隠れてないです先輩。
「じゃけー、こんな訛っとるがー。高校だと皆訛っちょらんし、隠そうと思っちょったんだが……上手くいかんがー」
和真先輩は落ち込んだ表情になる。
そうだったんだ……。
皆色々苦労してるんだなぁ。
私はどう返そうか考え、口を開く。
「―――先輩はそのままでいいと思います!!」
咄嗟に出た言葉はそれだった。
先輩は私の方に視線を向ける。
「……何でそげ思う?」
真っ直ぐに見つめてくる先輩の目に、私は一瞬言葉が出なかった。
が、すぐに口を開く。
「それが先輩の個性だと思うからです!!」
「個性……?」
和真先輩は呟く。
そして先輩は笑った。
「そげな風に考えるのもいいかもしれんな」
その言葉に私は頷いて笑った。
すると和真先輩はふと真顔に戻って、
「まぁ、今まで通り島根弁は絶対に喋らないけどな」
島根訛りのイントネーションで言い放った。
―――……ん?それって、
「今までの流れって一体何だったんですかぁ―――っ!!」
私は心の叫びを吐き出した。

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