すいぶ!-南梨高等学校吹奏楽部-

作者/ 夕詠 ◆NowzvQPzTI



【harmony.59*最後の夏!】



凜ちゃんと綾瀬くんをやむを得ずおいて行って、バスに乗ってから早五分。
あたしたち南梨高吹部は順調にコンクール会場のある甲山府市へと向かっていた。
ちなみにバスは貸切で、席はパート別なのだが、副部長であるあたしと部長である加賀美は一番前の席。つまり隣である。

「米長さん」

しばらくバスに揺られていると、隣のヘタレに名前を呼ばれた。

「何よ」

「会場着いてからの動きの確認なんだけど、俺今から言っていい?」

珍しく部長らしい加賀美の横顔に、あたしは「任せる」と返事した。
それを聞いて加賀美はバスの後方に体を向けて座席に膝立ちする。

「聞いてください」

「はい!」

体育会系の部活のような返事がバスの中に響く。
加賀美は皆が集中して聞こうとしている様子を見て口を開いた。

「会場着いてからの動きの流れを説明します。まず最初に管楽器のメンバーは自分の楽器を控室に運んでください。打楽器はそれと同時進行でリハーサル室Bに運べるだけパーカッションの楽器を運んでください。管楽器は運び終わった人から打楽器の移動に回ってください。何か質問は?」

加賀美の流れるような言葉を理解したようで、部員たちは無言。
なんか今日の加賀美しっかりしてるな。何か凄い違和感。

「では、もうそろそろ会場が見えてきたので荷物の置き忘れが無いか確認して、すぐ降りられるようにしてください」

「はい!」

加賀美がそんな事を部員たちに言っているうちに会場内にバスが止まり、ドアが開いた。
運転手さんにお礼を言いながら、皆が続々とバスから降りていく。

「米長さん」

私も降りようと荷物をまとめていると、加賀美が言う。

「最後の大会、頑張ろうね」

今までの三年間で一番、頼もしい笑顔で言う加賀美はもうヘタレじゃない。
皆の頼れる南梨の部長。

「当たり前じゃない。絶対に全国大会に行くんだから!」

私も笑顔で返した。
荷物を持ってバスの昇降口に立つと、程よい緊張とプレッシャーがあたしを包む。
何かいよいよ、って感じ!

「行くよ、加賀美!」

「はい!」

―――ここから一歩出たら、あたしはもうあたしじゃない。
コンクールという戦場の中で戦う兵隊。

「よっし、行くか!」

気合を入れて、昇降口からコンクリートの地面に降り立つ。

今、最後の夏が始まった。