最強次元師!!
作者/瑚雲 ◆6leuycUnLw

第168次元 哀しみの涙
恐怖に押し潰され、失神した博士を地獄へ連れていくかのように紫の気体は呑み込んでいった。
完全に、暗く、奥の見えないその未知なる世界へと連れて行かれた博士を、ミル・アシュランはただ見つめていた。
博士の罪は重すぎた。
367人の子供を殺した上、人体に無理やり元力を注ぎ込むという違反行為。
殺人犯と同様の罪を被せられる事になるのなら、
いっその事、自分で罪を償わせればいいと、彼女は思っていたのだ。
「……ミル……」
「……ごめんね……こんな事しか、できなくて……」
「……あ、い、いや……」
「人間を目の前で殺されて……怒ってるよね」
「そ、そうじゃ……なく、……」
「ありがとう……ごめんね、ロクちゃん」
ミル・アシュランはただ謝った。
人間を護る為に生きてきたロクアンズの目の前で人間を殺してしまったのだから。
だが、ロクはただびっくりしていたのだ。
驚いた、あのミルがこんなにも深い闇を持っていて、
こんなにも寂しい思いを、ずっと抱えて生きてきたのだから。
あの巨大な門は既に消えていて、跡形も残らない。
博士はどこに行ってしまったのかさえ、分からない。
ただ憎しみのあまり殺してしまった。
ただ……悔しかった。
ミルだってハルだって、
ただ……幸せになりたかっただけなのに。
いつしか2人の夢見た世界を、
ただ、――――護りたかっただけなのに。
「ミル……大丈夫なの?」
「……え……?」
「体……どうとも、なってない?」
「平気……あたし、元力の数値は誰にも負けないからさ」
「そ、っか……」
「それより……」
「……?」
ミルは少し言葉を詰まらせた。
そして、寂しそうに笑ってみせた。
心配しないで、とでも言うかのように。
「……ありがとう、仲間だって、言ってくれて」
「あ……あ、うん」
「嬉しかった……本当に、ありがとう」
人間から外れた存在として冷たい視線を背中に感じ続けたミルにとって、
唯一の理解者は、ハルと他の皆だけだった。
だけどその存在さえ打ち消されたミルには、孤独しか与えられず、
いつしかまた1人になっていた、なのに。
蛇梅隊に入隊して、ロクやレトと出会い、他にも隊員達とは仲良くなっていた。
次第に目的も忘れ、本当の仲間として信じてきてしまった以上、後戻りはできなかった。
だからロクに脅しをかけたのだ。
自分は敵なんだと、苦しくても、悲しくても、
ロクにだけは、傷ついてほしくなくて。
大事な存在だから……裏切ってしまった人だから、
どうしても自分で信じるという事を、押し殺してしまった。
「ロクちゃんがああ言ってくれたから……あたし、立ち直れる気がする」
「え……」
「あたしはずっと1人だったから……他人が信じられなくて」
「……」
「でも……ロクちゃんはあたしを仲間だって言ってくれた。……裏切ったのに、最低なあたしなのに」
「……だって、ミルはミルだもん。今まで接してきたミルだもん……恨むなんて、絶対あり得ないよ」
「……ありがとう、……ごめんね」
ロクの揺ぎ無き信頼に、ミルの心は溶けつつあった。
今まで心から本当に信じてこれたのは、ハルだけだった。
でも、今となっては周りに沢山の人がいる。
レトを始めとして、沢山、沢山…。
そんな心地の良い空間の中にいて、気付かない内にミルは仲間の輪の中に溶け込んでいたのだ。
「……じゃあ、帰ろう?……もう、此処に戻ってくる事もないだろうし」
「そっか……じゃああたし達、先帰るね」
「……え?」
「少しだけ、思い出を楽しんできなよ。……久しぶりの自分の場所でしょ?」
ロクは笑った。ミルの心を見透かしたように。
研究所に度々来ていたといっても、それは報告の為のみ。
研究所全体を見て回る機会など、きっとなかっただろう。
「……ありがとう、んじゃあ、先帰ってて」
「うん……、ねぇミル」
「……?」
「全部ふっきれたら……また笑おうね」
なんと心に響く言葉なのだろう。
ロクの優しげなその言葉が、ミルの心に届いた時、
ミルは小さく笑って、頷いた。
きっと泣かない。
もう2度と……仲間を失いたくないのだから。
ミルはポケットに入っていた赤い眼鏡を取り出した。
これは、ハル・アシュランのものだと思われる。
せめて形だけでも覚えておこうと思ったミルが、最後にできる精一杯の事。
忘れない、一生、永遠、絶対に。
「ハル……」
ミルは誰にも聞こえない程の小さな声で、亡き親友の名を呼んだ。
忘れもしないあの淡かった日々。
バカ笑いをして、喧嘩も何度か繰り返し、
それでも一緒にやってきた仲間達。
年の差なんて気にしない、男女なんて問わない。
ただ隣にいるだけで楽しめた最高な仲間達。
冷たい廊下を歩く足取りは、そこまで重くなかった。
皆と駆け回ったこの廊下も、酷く静かになっていた。
1人1つ与えられていた個性的な部屋もすっかり古びて、家具なんかは埃を被っていた。
少し狭い食堂も、何の食物も置いていない。
低めの椅子もギシギシと音を鳴らし、ずっと座っていたら壊れそうだ。
鼠なんかが息を潜めて住み込んでいるような雰囲気にもなっていて、とても料理はできない。
ミルはゆっくり、ゆっくりと歩きながら思い出に浸っていた。
あんな事もあった、こんな事もやった。
1つ1つ、鮮明に思い出していた。
もし今隣にハルがいたら…なんて叶いもしない願いを胸に抱いて。
「……ごめんね」
そして、なんと綺麗に、とても繊細に、
ミルは涙を零した。
小さな滴は頬を伝って床に流れ落ちる。
肩が震える、心が震える。
止まらない想いを滴に乗せて、ただ地に落とす。
自分の孤独と切なさを…まるで押し殺すかのように、ミルは泣き崩れた。

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