最強次元師!!

作者/瑚雲 ◆6leuycUnLw



第186次元 心の歌姫Ⅱ



 小さなランプのみで照らされた薄く明るい廊下を、少女は歩く。
 その先にある扉を目指して、ただ只管歩いた。

 「……お爺様」

 少女は綺麗で、それでいて大人びた声で扉に言った。
 いや……扉の先にいる、“お爺様”という存在に言ったのだろうか。
 返事や応答が聞こえてこない、それにも関わらず、少女は扉を開けて足を踏み入れた。

 「……良く来たな、レイナ」
 
 “お爺様”という老人は、椅子に腰を下ろし、前傾体勢で少女を迎える。
 少女……いや、レイナと呼ばれたその少女は、1度老人をじっと見つめると、再び口を開く。

 「私にはまだ、分からないのです」
 「……」
 「お爺様は、私の歌に何の不満があるというのですか」

 強気な口調で、お爺様に向かって言い放つレイナ。
 老人はゆっくりとした口調で笑うと、椅子から立ち上がった。

 「……それはお前が見つけなさい」
 「ですが……、私には分かりませんッ!!」
 「……お前の歌には足りない何かがあるという事を、お前自身で見つけねば意味がない」
 「……で、ですか……」
 「案外近くに答えはある……3日後が楽しみじゃ」
 「……ッ!!」
  
 甲高く笑いながら、老人は部屋を後にする。
 杖をつくその音がレイナの耳に伝わらなくなるまで……レイナは1人、部屋に取り残されていた。

 「……一体何が足りないというの」

 たった一言、そう呟いた。


 

 「ふっふふっふふーんっ♪」

 陽気に鼻歌を歌いながら、ロクアンズは廊下を往く。
 練習をしている訳ではなさそうだ。何と暢気な少女だろう。 
 推測だが、食堂に向かっていると思われる。

 「……?」

 だが、食堂に向かう途中で、1人の少女が休憩所にいる場面を目にする。
 昨日レトが見た、5年連続優勝を誇る少女こと、レイナだ。
 ロクはレイナの視線に違和感を感じて、ひょこっと顔を出す。

 「何見てるの?」
 
 少女は一瞬驚いた表情を見せ、ロクの視線にびくついた。
 だが再び溜息をついて、ふいっとそっぽを向く。
 
 「……別に、何でもいいでしょ」
 「へー……可笑しな人」
 「可笑しくて結構。貴方に関係ないでしょ」
 「……ねぇ」
 「何」
 「もしかして貴方が5年連続優勝の少女!?」
 「……そうだけど?」
 「うっはぁーっ、すっごいなぁ、やっぱりそうかーっ!!」

 感激に浸りながら飛び跳ねて喜ぶロクの姿を見て、少女は瞳を動かした。
 何でこんなに喜んでるの……と、瞳がそう語っている。
 ロクは目を輝かせて、レイナの事をじ……っと見つめる。

 「……な、何?」
 「やっぱ歌う人の目って違うなぁーっと」
 「どうして私だと?」
 「一目見て、ああ、この人かなって」
 
 (あれ……?)

 この台詞は何処かで聞いた事がある、と少女は頭を抱えた。
 自分の記憶を辿っていくうちに、1人の少年の顔を思い出す。
 あの時自分に声をかけてきた、金髪の少年を。

 「貴方がまさか、ロクアンズ・エポール?」
 「え?あぁ……そうだけど」 
 「ふーん……やっぱり」
 「やっぱりって……」
 「……歌に自信のある義妹、ね」

 ぼそっと呟いたレイナの声を聴き取る事ができず、ロクの脳裏には疑問が浮かび上がる。
 レイナはじろじろと、まるで見定めるようにロクの事を見ていた。
 何の変哲もない、普通の顔。雷の傷によって閉ざされた右目。
 目はそこまで凛としていない、寧ろ天真爛漫な性格の目。
 身長は自分より低い。何歳なんだと疑う程、低い。
 見つめられているロクは1人おどおどしながらも、その視線にやっと開放される。

 「言っておくけど、私は負けないわよ」

 驚く程しっかりとした、逞しい目つき。
 強気なその少女の台詞に、ロクは口元を緩ませて笑った。

 「うん、あたしだって負けないっ!!」

 無邪気なその笑顔に、レイナの表情は少し変わった。
 再び鼻歌を歌い始めて、ロクは食堂へと軽い足取りで足を運ぶ。
 不思議な奴だ、とレイナはちょっとばかりの息を漏らす。
 ただ……負けないという感情だけをロクに抱いていた。

 


 「~~♪~♪」

 小さくて若干狭い、部屋の中。
 ロクは先程までの空腹感を満たし、部屋へと戻ってきた。
 笑顔で、それでいて楽しそうに歌い続けるロクを……扉の外で誰かがじっと見つめていた。
 その人物は一通りロクの声を聴くと、音も無く颯爽と消える。
 ロクは何も気付かないまま、ただ笑顔で歌い続けた。
 
 


 「……!?」
 「ふむふむ……此処にいたのか、レイナ」
 「何故此処へ?部屋で休まれた方が……」
 「いいや、見つけたんだよ、お前の足りない部分を持っている奴を、な」

 薄暗いステージの上、レイナは1人、ぽつりとその上を歩いていた。
 だが……ゆっくりと近づいてくる老人により、虚ろな瞳を持ち上げる。
 朝、レイナが部屋を訪れた時にいた、あの老人だ。

 「私の足りない部分を持つ……人!?」
 「そうだよ、レイナ」 
 「だ、誰ですか!?私、今からその人に会って……ッ!!」
 「そう焦るな、名前は教えてやろう」
 「……」
 「さっき部屋を覗いて、一通り聴いただけだが……未知の可能性を、彼女は秘めている」
 「彼女……?」
 「お前にないものを、持っていたんだ」

 老人は1度咳をし、レイナの真っ黒な瞳を見つめる。
 レイナは教えて欲しい焦りと緊張に、額に汗を掻く。
 そして……、レイナの喉元がごくりと音を鳴らしたとき、
 老人は口を開けて名前を言った。

 「……――――、ロクアンズ・エポールだ」

 そう、老人が言った直後、レイナの全身が凍るように固まった。
 先程あったばかりの、あの黄緑の少女だ。
 まるで子供のような、歌い手の欠片も感じられない少女が、何故。

 「ろ、ロクアンズ・エポール……って……」
 「左様。現在人から冷たき視線を喰らっている……あの神族」
 「それはいいのですが……何故あの少女が?」
 「何故と言われても……持っているのはその少女だ」
 「でも、私が見た限りだと臨機応変で、ただの元気っ子で……まるで子供のような……」
 「そう、そこだよレイナ」
 「……!?」
 「……君の足りない部分を、あの子が持っているんだよ」

 老人はそれだけ言うと、また笑いながらステージを後にした。
 ライトのないこのステージの上に取り残されたレイナ。  
 その顔は……納得いかない、と言わんばかりの表情を作っていた。
 だが、レイナは自分を冷静な心で沈ませた。

 (負ける筈がない……だって私は5年連続の優勝者だもの――――、誰にも負けないわ)

 キッっと何かを睨み、振り返ると同時にふわりと黒髪を靡かせる。
 少しでも歌わなければ。
 少しでも勝機を勝ち取らなければ。
 レイナの心には……そんな感情しか生まれなかった。
 ロクに対して、怒りと嫉妬の感情しか、生まれなかった。