最強次元師!!

作者/瑚雲 ◆6leuycUnLw



疎外少年と次元少女(1)



 昨晩は、酷く雪が降っていた。
 雪ってレベルじゃなくて、吹雪かもしれないって程。

 そして今日、せっせと家へと帰る俺は、そんな冬の冷たさを直に感じていた。
 首には薄いマフラー。腕には1本の長いパンが入った袋。あまり焼けてそうにないけど。
 そして裾がボロボロになったコートを羽織って、俺は裏路地の横を通る所だった。

 なのに。

 「……?」

 俺は思わずパンの入った袋を落としそうになった。
 俺が横に顔を向けた時……瞳に映ったのは、同い年くらいの女の子。
 手入れされていないであろう所々に跳ねた髪の毛、裾の破けた薄い服。
 そして何より、虚ろなその瞳。

 「……あらあら、私に何か用がありまして?」

 少女は、俺に向かってにっこりと笑ってくれた。
 でもその顔は笑ってなくて、その言葉は何処か儚げで、
 俺は一瞬、驚いた。
 
 この近くにある学習院で、俺は苛められていた。
 授業も聞かずぼーっとしていて、中途半端な生活を送っている。
 そして且つ俺の家は若干貧しい家庭なので、更に文句を言われる毎日。
 仲間と呼べる人も、友達と呼べる存在も。
 俺には一切いなかった。筈。

 「あ……いや……」
 「そうですか」

 寂しそうに笑った彼女の顔を、俺は忘れられなかった。
 そして彼女の細い体を見て、俺は無意識の内にパンを千切って、その一欠片をぬっと彼女の目の前に突き出す。
 彼女は首を傾げ、俺と目線を合わせる。

 「……これを、私に?」
 「うん、お腹空いてそうだから」
 「優しいお方なのですね、貴方は」

 そう言われた瞬間、俺の頬が熱を帯びるの感じた。
 でも、同時に。
 とても寂しそうも、見えたんだ。

 心の底から笑っているように作ってるかもしれないけど、
 俺には……感情のない笑顔にしか、見えなかったんだ。
  
 それから幾日と日を重ね……俺は彼女と毎日会うようになっていた。
 彼女は俺が行く度ほんのりと笑って、可愛い笑顔を見せてくれた。
 俺は毎日のようにパンを千切っていたけど、不思議と母さんにはバレなかった。
 俺は、彼女に尋ねた。

 「ねぇ、君の名前って何ていうの?」
 「……あらあら、そうですね。……忘れてしまいましたわ」
 「え?」
 「つい最近まで覚えていた筈なのに……何年も前から、覚えてないのです」
 「そ、そうか……」
 
 彼女はごめんなさい、とだけ答えた。
 でも俺は一生懸命首を振って、こちらこそ、と笑ってみせた。
 そんな俺に、彼女は不思議そうな顔をして、

 「貴方こそ、名前を教えて下さらない?」
 「え?お、俺の名前?」
 「はい」
 「ヴェイン……ハーミット、だけど……」
 「ヴェイン……そう、ヴェイン、ですね?」
 「お、おう」
 「そう……、ヴェイン」

 一瞬だけ彼女の顔が曇ると、俺の名前をもう1度だけ呼んだ。
 別に気にしなかったけど……やっぱりこの子は何者なんだろう、と思ってしまう。
 無邪気に笑ってくれる、でも。
 でも……足りないんだよ。

 「……あ、あの」

 俺はそのか細い声を聞き漏らさず、彼女の方へと顔を向けた。
 彼女は少し口を結ぶと、また小さく開いた。

 「どうして……私に優しくして下さるのですか?」

 口から出た言葉は、意外だった。
 いつもと変わらぬ真顔で、でも少し心配そうに。
 彼女はぎゅっと自分の手を握り締めて、そう一生懸命に言ったのだと思った。でも。

 「どうしてって……放っとけないからだよ」
 「……!!」
 「路地でお腹空かせてボロボロになった女の子見捨てる程、俺最低な人間じゃないだろ?」
 「で、でも……っ」
 「俺だってお前に感謝してるし、お前も俺に感謝してる……これでいいじゃんっ!!」

 そう俺がにっと笑った時、彼女は一瞬だけ暗い顔を見せて、後に笑った。
 笑っているのに、泣いてるような表情だったけれど。




 もう、彼女に出会って1ヶ月が経とうとする。
 俺は毎日彼女に会う度、とても嬉しくなった。
 同い年くらいの子供と喋った事ないし、帰っても母さんがいるだけだし。
 そう考えたら……彼女に会うのが楽しみで仕方がなかった。
 そうしたまま浮かれた気分でパンの入った紙袋を抱えて走った俺。
 会いたくて、会いたくて……今すぐにでも彼女の笑顔を見たかった俺は、路地に着いた。
 繁華街の店の裏にある路地……の向こう。


 ……でも。


 「あ、れ……――――?」

 
 いる、筈だった。
 いつもなら、この裏路地にいて、ひょっこりと顔を出すのに。
 擦り切れた服を纏った彼女は、此処にいなかった。
 
 「お、い……――――――、おいッ!!」

 心配になって駆け出した俺は貴重なパンまでもを落として足を進めた。
 でも、3歩くらい歩いた時に、妙な音が鳴ったのに気付く。 
 足元で、変な音がなった。
 恐る恐る下へと視線を落とした俺が見たのは……――――。

 「……――――――、ち……血?」

 真っ赤で、生暖かな、“血”。
 ぴちゃ、と嫌な音を立てたそれの本体は……誰かの血だった。
 渇いていない、ついさっきまでいた筈だ。
 俺は瞬間的に怖くなった。
 
 「ま、さか……ッ!!?」

 もしかしたら、彼女が襲われたのかもしれない……そう思って。
 俺は再度血を眺める、そして裏路地の向こうにまで続いている事を知る。
 心臓が高鳴った。これ以上進むな、と言っていた。
 進んだら何かの事件に巻き込まれるかもしれない。
 進んだらまた誰かの血を見てしまうかもしれない。


 それでも。


 「……――――――ッ、くそったれ!!!」


 俺は、確かめたかったんだ。
 あの子じゃない事を。
 あの子の血ではないって、事を。
 唯……それだけを確かめたかったのに。

 俺は足の神経が途切れてしまうのかと思うくらいの必死さで足を動かし、走った。
 血管がぶち切れてしまうと思うほど、全力で走った。
 そして俺は血の跡を追う。唯只管に、我武者羅に、追う。

 その先にあるものを――――――――、確かめたくて。



疎外少年と次元少女(2)



 暗い路地の中を、俺は懸命に走っていた。
 今は真っ暗でその先には何も見えないけれど、
 絶対に辿り着ける、絶対にまた会える、と。
 心の奥底から確信を抱いていた。

 「はぁ……っ、ぁ……はぁ……ッ」

 光溢れた道の向こうへと、やっとの思いで辿り着く。
 そこは少し広いくらいの空間で、奥は行き止まり。
 そして、その奥にいたものとは……――――――――。

 「誰だァ?俺の縄張りに来たオロカモノっつう奴ぁ?」

 その男は明らかな長身で、男の足元にはあの子がぐったりと倒れていた。
 後頭部から血を流し、動こうとしているのが此処からでもはっきりと分かった。 
 俺はそれが分かった瞬間……相手が男で大人である事を知っていながら、
 大きな声で叫んだ。

 「おいてめぇ!!その子をどうするつもりだァッ!!!」
 「……はぁ?お前こいつの知り合いなワケ?……へぇ、知り合いねぇ……こんな“化け物”の?」
 
 ……は?

 「ば、化け……物?」
 「こいつは俺の家の横にいてなァ……いつも俺の縄張りに行く道塞いでやがったんだよ」
 「道って……あ、あの路地の……」
 「あぁ。そこをどけっつってもどかねぇんだよなぁ。俺の物品盗みやがった犬がいたっつうのに」

 物品……盗み……、犬?
 何言ってるのか正直分からなくて……俺はその場の状況を理解するのに精一杯だった。

 「ちっこい犬が俺に向かって吠えたと思えば……俺の財布盗んでよォ……笑っちまうよなァッ!!!」
 「ち……ち、が……」
 「!?」
 「あれは……あの犬の、持ちぬ……しの財布……の筈……お前の、じゃ……、な……ッ!!」
 「うっせぇな、調子抜かすんじゃねぇよこのアマッ!!!!」

 そう言った男は容赦なく少女を蹴り飛ばした。
 俺はそれを見る事にただ夢中で、我に返ったときには既に少女は呼吸困難に陥っていた。
 
 「ま、待てよ……っ」

 喉奥の方で、やっと出てきた小さな言葉。
 そんな声が男に届く筈もなく、男は俺に向かって顔を動かした。

 「おいてめぇ、早くここから消えろ」
 「……ぁ……え?」
 「消えろっつってんだよ、聞こえねぇのか?あぁ?」

 今までの俺なら、当然格好悪く背を相手に見せて全力で逃げただろう。
 今までの俺なら、目にいっぱいの涙を浮かべながら狂い逃げただろう。
 今までの俺なら、全て見た事を忘れて他人事のふりして逃げただろう。



 そう、“今までの俺”なら。



 「……あぁ?おい小僧、耳悪いんじゃ――――――――」
 「――――うっせぇな、誰が逃げるなんて言ったんだよ」

 
 あの少女に出会って、俺はどれだけ変われたのだろうか?

 荒んだ心が癒え、自然に笑みを浮かべられた。
 狂った心が消え、自分に素直になる事もできた。
 孤独な心が終え、安らかで心地の良い心を持てた。


 “たった1人で生きてきた俺を、どれだけあの少女は救ってくれたのだろう?”


 偶然だった。少なくとも必然じゃなかった。

 俺はあの時、偶然におつかいをしていた。
 俺はあの時、偶然に路地を見つめていた。
 俺はあの時、偶然に少女に見蕩れていた。
  
 家でごろごろしていれば良かった。
 じっと空を眺めていれば良かった。
 しらんぷりをしていれば良かった。

 なのに、どうして俺は無視しなかったのだろう?
 どうして偶然と偶然と偶然が重なって、俺は少女と出会ったのだろう?

 多分……きっと、それは。

 
 「悪いな。そいつ、俺の“友達”だから」


 偶然じゃあ、“なかったから”。

 偶然は、重なりすぎると“運命”になる事を、

 俺は気付いてしまったんだ。

 だから今、俺は怖くても言ったんだ。
 自信なんてないし、確信もないけれど。

 それでも、“友達”だって信じているから。

 
 「……はぁ?ははははは!!!?友達ィッ!!?この化け物がてめぇの友達かよ!?ははははは!!!世の中は面白ぇなぁ!!!」
 「……」
 「じゃあそのクソ生意気な面から――――――――――、壊してやるよッ!!!!」

 俺には一瞬の余地も与えられぬまま、ガッ!!っと鳩尾に拳を喰らった。
 思わず体内から血を大量に吐き出すところで、声は出ないのに唾だけが吐き出された。
 俺がよろめきながら後ずさりをすると、男は容赦もなく踵を俺の背中に落とし、俺ごと地面へと叩きつけた。
 土の味が妙に口内へ入ってきて、気持ちが悪い気がした。でもそんな事をいう事もできなくて。

 俺が息絶える寸前で、誰かに抱えられて見事男の踵落としを逃れた。
  
 「……が……ぁ……?」

 歪んだ視界にいたのは、いつも通り裾の擦り切れた服を来た少女だった。
 必死に俺の体を揺らしてる。傷ついた俺の体を、何度も何度も揺らしている。
 でもその顔はいつもと変わらなくて、人形のように固まった表情でしかなかった。

 「ヴェイン、起きて下さいヴェイン!!!」
  
 自分の名前が呼ばれたような、そんな気がした時だった。
 少女は俺に怒鳴りつけるように叫んでいた。
 ぐらぐらと俺の体を揺すって、俺の名前を呼んでいた。

 「もう……此処から逃げて下さい」
 「……」
 「これは私が蒔いた種でしてよ?貴方が私を庇い、救う理由なんて……何処にも……!!!」
 「……なぁ」
 「……!?」
 「お前……泣いた事、あるか?」

 俺は唐突に、そんな質問をしてみた。 
 あまり答えに期待してはいなかったけど、一度で良いから見てみたかったんだよな。 
 色んな表情の、この子の顔を。

 「何を……バカな……」 
 「俺、我慢とか……そういう、のはいらないと思うんだ、よ……お前の表情、見てみた……いん、だ」
 「……」
 「笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、困った顔も……全部、見てみたいなって……思うんだ……」

 ずっと、望んでた。
 こいつはいつになったら、俺に本当の素顔って奴を見せてくれるのかな……って。
 本当はずっと期待してたのに、見せちゃくれなかった。
 そう思って俺がふっと目を閉じようと思った、その時。

 「あ……あら、あら……ヴェイン……?」
 「……?」
 「私は、全ての顔を、出しているつもりでしてよ……?ヴェ、イン……っ」
 
 後にも先にも、少女の泣き顔を見たのはこれで1度きりだった。

 少女の顔は、笑ったようにも、怒ったようにも、ないたようにも、困ったようにも見えた。
 ただ……あの虚ろな瞳から一筋の涙を流して。
 それがどんなに綺麗だったか、もう覚えてはいないだろうな。
 ただずっと胸に焼き付いた。一瞬で心に刻まれた。

 あぁ、俺はこいつを……泣かせちゃいけないなって。

番外編 疎外少年と次元少女(3)



 「……こ、これは……?」
 
 その途端、いきなり少女の体が光を帯びたように輝き始めた。
 男もこの光景に驚き、少女を凝視している。
 俺には信じ難い事だったけど、少女はすっと立ち上がった。

 「ねぇヴェイン?」
 「な……なん、だ?」
 「私の名前を、叫んでくれますか?」
 「お前の……名前?」
 「心にふっと浮かんだその文字がきっと―――――――私の名前です」
 「……!!?」
 「今貴方の心も弾んでいる筈です、さぁ……叫んでください!!」

 俺がその言葉を聞いた時には、既に心臓は俺の体内で暴れ回っていた。
 激しく高鳴る鼓動。何だろう?……この、何とも言えないような。

 胸が疼くような――――――――――――この感じは!!

 「次元の扉――――――――、発動」

 「……!!?じ、げんの……扉……だと!!?」

 俺は、知っている。
 自然に心へと浮かんでくる……あの少女の名前を。
 あぁ……俺は――――――――――――っ!!。


 「――――――――――――――――――――在現(マリエッタ)!!!!!」


 そうだ、俺は……次元師なんだ。


 “マリエッタ”

 それが、あの子の名前だったんだな。

 「くそ……ッ!!」
 「すっげぇー……お前、“じげんぎ”ってやつだったんだなぁっ」
 「あらあらヴェイン……まさか貴方が次元師だったなんてね」

 くすっと笑ったマリエッタを見て、俺にもふっと笑みが零れた。
 この時、俺はやっとマリエッタと友達になれた気がする。
 やっと……心を通じ合わせられたような、そんな気がする。
 
 「次元師だと……なめやがって!!」

 俺がマリエッタに気をとられている内に、男は拳を振り上げて襲ってくる。
 勢いよく殴られかけた俺は咄嗟の判断で右に避け、そのまま十数メートル離れた壁へと向かい、走った。

 「お、おいマリエッタ!!!」
 「あらあら……何ですか?ヴェイン」
 「これからどうすりゃ良いんだよ!!次元技ってどうやって使うんだァ!?」
 「私の次元技はたった1つ、ヴェインになら分かる筈でしてよ?」

 と言ったマリエッタの方をちらりと見ると、マリエッタは自分の背中に腕をまわしていた。
 そしてゆっくりとそれを前に持ってきたと思うと、自分の身長より高く大きな太刀が握られている。

 「ちょ……え、え!?」
 「?、何を驚いているのです?」
 「何ってお前……そ、その太刀……」
 
 マリエッタは浅い溜息を吐くと、ヴェインの肩を勢い良く叩く。
 その飛び上がる程の威力と衝撃を肩に喰らったヴェインは思わず飛び上がる。
 
 「いったァッ!!?」
 「ぐずぐずしないで下さいまして?もう敵は近づいています」
 「……マジ?」

 そう言った直後の事、俺の目の前を激しい音と共に土埃が舞う。
 目の前にいたのは頭ぶち切れた男の顔。 
 あぁ、怒らせたみたいだ。

 「さ、さ三次元の扉発動―――――――――」
 「……ッ!!?」


 “ヴェインになら分かる筈でしてよ?”


 そう言ったお前の言葉、

 信じて良いんだよな?



 「――――――――――――、強加!!!!」


 そう叫んだと同時、マリエッタの虚ろな瞳が一瞬の光を帯びた。


 「あらあら……次元師がいれば私は無敵でしてよ――――――――、ねぇ、ヴェイン?」

 
 
 ……あ。

 初めて、マリエッタの楽しそうな顔を見たような。

 そんな気がした。


 「ま、待て!!分かった、俺が悪かっ――――――――!!!」

 
 在現はそんな小さな言葉を聞く事もなく、
 唯太刀を上から振り下ろした。

 勢いのある音が響き渡り、咄嗟に避けた男の腕からも多少の血が噴出した。
 ひィ!?、と声を上げ、男は凄いスピードで在現からの距離をとる。
 その顔はさっきまでの威勢を感じさせる事なく、在現への“恐怖”ばかりが浮き出ている。

 「あらあら……避けられてしまったわ」
 「マリ、エッタ……」
 「ご安心下さいまして?ヴェイン。私も次元技。唯の人間になど負けはしません」
 
 そう言ったマリエッタは目にも止まらぬ速さで男の傍に寄り、鋭い眼光でキッっと男を睨む。
 思わず後ろで手をついた男は、迫るマリエッタの恐怖に怯えている。

 「……っ、ぃ……ひ……ひィィッ!!!」

 恐怖で喉から掠れた声しか出ない男の声は狂いそうで、でも在現は臆する事なくじっと睨みつけた。
 そして自分の身長より高く、大きな太刀を横に構え、横一閃に薙ぎ払う。

 「……ぅ……ぐぅぅぅうッ!!!?」

 ブンッ!!!という勢いで振られた太刀は血もつける事なく薙ぎ払われる。
 男は太刀の下でびくびくと震え、またしてもマリエッタと距離をとった。

 「あらあら、さっきまでの威勢は何処へ?」
 「お、おお俺がわ、悪かった……!!、み、見逃してくれ……!!!!」
 「……条件があります、宜しくて?」
 「……へ、?」

 俺も良く状況を読めないまま、時が過ぎればあの繁華街にいた。
 いつもマリエッタがじっと座っていた場所だ。
 
 「犬に謝って、そして持ち主にも謝って下さる?」
 「あ……あぁ」

 マリエッタは、くぅーん、と小さく吠えた犬の前に屈んだ。
 だがその瞬間――――――――――、背後にいた男はいきなり腕を振り上げて……!!

 「マリエッ――――――――!!?」
 
 ほんの一瞬の出来事だった。
 
 マリエッタは、振り返りもせず激しい金属音を鳴らし、男の首に太刀を突きつけた。
 男は腕を上げたまま首をかたかたと震わせ、同時にばたりと地面に膝をついた。

 「あらあら、融通の利かない哀れな大人でしてね?」
 「……っ、く……ぅ……!!」
 「次に変なマネをしようとするのなら、容赦なく私は貴方の首を切り落とす」
 
 マリエッタの鋭い眼光と声に何も言えなくなった男は、頭をがくんと落とし、渋々降参した。
 その姿と言ったら奇怪で、小さい女の子が男を支配していると思うと……俺まで震える程だった。




 「なぁ、マリエッタ」
 「あらあら、何か用がありまして?」
 「……いいや、何でもないっ」

 夕暮れの帰り道。
 俺は何とか母さんを説得して、マリエッタと共に過ごす事の了承を貰った。
 不貞腐れてたし、あまり良い顔はしてなかったけど……俺達は離れる訳にはいかないし。
 そしてパン屋の袋を抱えて、俺はマリエッタと隣でとぼとぼ歩いているのが現在。

 「もしかして、俺等ってずっと一緒な訳?」
 「そうだと思います、貴方が死ぬまでは」
 「……そっかぁー」

 死ぬまで、ずっと一緒。
 でも死んだら、もう一緒にはこの道を歩けない。

 もし俺と彼女が出会ったのが、運命だったなら。
 俺はどんな仕打ちを喰らおうとも構わなかった。
 あの時、俺が偶然にも彼女と出会ったから、
 今の俺が在るんだと、ココロから思ってる。

 「俺、情けないかもしれないけど……それでも、“死ぬまで一緒”か?」 
 「ええ、情けなくても……“死ぬまで一緒”でしてよ?」

 あーあ、また俺負けちゃった。

 どうも弱いんだよね、マリエッタの笑顔っての。
 限られた時の中で、俺がそんな笑顔を見れるのも指で数える程だろう。
 だからそれまで、ずっと“死ぬまで一緒”がいいな、なんて。

 
 また、運命って奴に強請る俺が……この頃の俺だった。