最強次元師!!
作者/瑚雲 ◆6leuycUnLw

第208次元 決意、そして誓い
ぽたり……、と。
上から流れ落ちた筈の水滴。
然し、洞窟に入った次元師達にそれを感じ取る事はできない。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚……全ての五感を奪われた今、次元師達には感覚というものが無くなっていた。
歩いているような気がした……たったそれだけ。
今が何日目なのかすら分からない。今何処にいるのか、本当に生きているのかさえ分からない。
一本道を、唯真っ直ぐに歩くだけの試験の筈。
然しその試験の奥には、確かなモノが隠されている。
次元を扱う際の基本。
己の精神力、命中力、集中力、洞察力、身体能力、直感性、耐久性、俊敏性、思考回路……等。
自身が元々持っている、又は作り上げてきた個人の能力が、元力に比例し、強さに関わってくる。
つまり自身の基本が備わっていないと、次元師として強くはなれない。
中でも1番大切なのが、精神力である。
どれだけ自分を窮地に追い込めるか、又はどれだけ堪えられるか。
それは、次元師の原点と呼ぶに相応しいものだ。
そして今回の第二次予選が……それに関わってきている。
自分の心を保つ事、それが何より大事な事である。
それを次元師自身に分からせ……そして育てる必要があった。
故に、第二次予選を突破できないと、次元師として不足があると見做されてしまう。
これだけ長い説明であっても、今回の試験突破方法は、唯“洞窟を抜ける事”、たったそれだけ。
自分に負けずに1ヶ月間の我慢に耐え切った者達だけが、本戦に進む事ができる。
現に、蛇梅隊Aチームの4人は、未だ感覚のないまま歩き続けていた。
本人達は分からないが、実際には28日目を迎えている。
あと3日で、この1ヶ月が終わってしまう。
……然し。
僅かだった。ほんの少しだけ……そう。
僅かな光が、瞼を熱く照りつけた。
「……――――――――――――――え?」
思わず、少女は素っ頓狂な声をあげた。
そこからまるで失ったものを取り戻していくかのように、徐々に感覚が戻ってくる。
光を眩しく感じた。僅かな水の音も聞こえる。
土の匂いがした。湿った地面を蹴る感触まで……しっかりとそこにあった。
「ぅ……嘘……出られ、たの……――――――――?」
やがて大きな光が見えたと同時、その奥には……久しぶりに見たスイタラという試験監督の姿。
然しその表情は、にこやかで微笑ましい笑顔ではなかった。
「あれ?貴方達は何故――――――――“3人”なのですか?」
少女……いや、キールア・シーホリーはふいっと後ろを振り向いた。
赤髪の少年、サボコロ・ミクシーがいて、
冷徹な少年、エン・ターケルドがいた。
然し重要な、“あの少年”がいない。
「嘘……っ」
「お……おい!!レトがいねぇーじゃねぇかよ!!!」
「あいつ……何故……!!?」
たった1人だけ、未だ洞窟の中だった。
「困りましたったらねー……全員が揃わないと、この試験は突破されたと見做されないったら」
レトがもし、2日以内に来なければ……4人はタイムオーバー。
それに、レトは急激な空腹で死に絶えてしまうかもしれない。
緊迫としたこの状況で、3人は唯祈りを込めて待つしかなかった。
一方の所、その張本人であるレト。
何処を歩いているのか……何故歩いているのか。
何も分からず、何も考えず。
唯無心に歩いていた。
(……なんか、……もう……)
レトは、ぴたりと足を止めた。
(――――――――永遠に辿り着かないような……そんな気が、した)
レトは、精神面が弱いという訳ではない。
然し、あの12月25日の事がきっかけとなり、不安になっているのかもしれない。
義妹に薙ぎ払われた腕。あの時の強い怒りと僅かな震え。
風に靡く綺麗な黄緑色の髪も、透き通るように澄んだ瞳も。
全て全て、感覚には残っている筈なのに。
何度も触れて、何度もその名を呼んだ。
なのに……何1つ、感覚として思い出せなかった。
何も感じられない今……レトに残されたのは記憶だけ。
心に刻み込まれた一瞬一瞬の出来事を……振り返ることしかできなかった。
レトは……頬に温かいものを感じたような……そんな気がした。
何を感じたのか分からない。何が自分の心を震わせたのか分からない。
でも、たった一瞬だけ過ぎった。
屈託のない笑みと、偽りのないあの声を。
(なぁ……――――――、ロク)
レトは、話しかけた。
いる筈のない、自分の義妹に……唯心だけを使って。
――――――俺にはもう、無理だよ。
レトの心はもう……限界だったのかもしれない。
――――――お前に会いたい。でも会えないじゃねーか。
何を言っても、そんな気がしない。何も、伝わる気がしない。
――――――俺には、絶対に自信のあるものなんて……ないんだ。
弱音を吐いたってしょうがないのは、本人だって分かってる。
――――――――――――――――――――だから。
――――――――――――――ねぇ、どうして諦めちゃうの?
そういう義妹の声が、幻覚を通じて聞こえた気がした。
――――――――――――――まだだよ……まだ諦めちゃだめなんだよ。
どうしてそんな事、お前に分かる?
――――――――――――――だってレトはまだ、まだ何もしていないから。
充分やったよ。俺だって精一杯戦ったんだ。
――――――――――――――ううん。そこで決めちゃだめなんだよ。……まだレトは、あたしに会ってないもん。
お前には会いたい……でも、もう会えない。
――――――――――――――決めつけちゃだめ。……ねぇ、もう1度願ってみてよ。
……何……を?
――――――――――――――あたしに会うって……誓ってごらん?
お前に……会える?
――――――――――――――そう、そしたら……ほら、絶対会えるから……!!
お前に……――――――会える。
レトの頬を流れた何かを、その声の主は確かに拭った。
そんな気が、した。
(そうだ……世界でたった1人の、俺の義妹に……――――――――――――――会うんだ)
レトは、1歩踏み出した。
それはもう、迷いの1歩なんかじゃない。
決意……そう。
――――――――――――――会うと約束した義妹への、揺るぐ事のない誓い。
日が、沈む。
洞窟の出口の周りには、もう殆ど人はいない。
然したった3人だけは……胸に大きな想いを抱いて、たった1人少年を待っていた。
「……そろそろ、時間ったらね」
スイタラは、ぱちんっ、と銀時計を閉めるとそう呟いた。
その言葉に蛇梅隊のAチームはびくりと反応した。
「ま、待って下さい……!!まだ1人……!!」
「そうだぜ!!レトがまだ来てねぇーんだよ!!」
「もう少しだけでいい、時間をくれないか」
スイタラは、首を振った。
「ダメったら。それがルールになってるったら」
「そんな……!!」
日没まで、あと残り僅か。
スイタラはもう1度銀の時計の蓋を開ける。
秒針は、丁度数字の9を過ぎた。
(……ま、時間切れって事ったらね……)
3人の心臓が高鳴る。
それに反応したかのように、秒針がかちかちと音を立てていた。
そして……秒針が11を過ぎった――――――――――――、正にその時。
「――――――――――――――――――――待たせたな!!」
靴が地面によってずれるような……そんな音が響いた。

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