Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第四話 交錯する運命    SHOT 1 〝大地の神霊〟



一人だ。

雲ひとつ無い夜空を見上げ、ミュレアは一人そこに寝っ転がった。サーカス団は賑やかで、楽しかったなぁと思いながら。
――ここは、〝大都市〟フィネルから少々南に位置するブロメンタン草原。草原とはいったものの、花ばかり咲き乱れて草なんかほとんど見えない。こうやって寝転がってやっと花に埋もれた草を発見する。
白、白、白。綺麗な白ばかり。自分はこんなにも穢れているのに。
操られていたとはいえ、今まで何人を手にかけた? 何人単位じゃない。何十、いや何百万単位かもしれない。血塗られた道にひとりぼっちだ。
自負の念にかられてミュレアは瞳を閉じる。

死んでしまいたい。

――命を絶つことは簡単だ。
だけど・・・。
――アイツだけは確実に消さなくては。
わたしに、できるの?
――できるできないの問題じゃない。やるんだ。
嫌。それで完全にあの人の手中に収まってしまったら?
そんなことならわたしは・・・
――命を絶って、万が一死体が見つかってあいつの完全な殺戮の操り人形になったら?
それだけは、できない。だから。
――命を絶つことはできない。
記憶が戻って、声は完全に聞こえるようになった。
もうひとりのわたし。わたしはそう呼んでいる。
前からずっと、生まれたときからずっと一緒だった。辛い時には代わりにいろんなことをしてくれる。

白。
どうしてわたしはこの色を身に纏っているんだろう。
――戒めのため。
もうひとりは答える。ミュレアはうつむく。
と、はじけたように立ち上がった。白い花びらが体のあちこちから散ってゆく。

「・・・誰?」

剣と銃の合体した武器、スパフィグレイルをある方向に構える。
武器の先、森の向こうから手を上げたまま出てくる人物があった。マントは赤、瞳の色は自分と同じ。
銀翠、か。
あまりその瞳を持った人物には遭遇しないから、ミュレアは軽い違和感を覚えた。

「ほなそんな殺気立つことないやろ? 降参降参。いや~寝顔がかわいらしかったし、ついなぁ」
「それはどーも」
内心ちょっと頭にきたミュレアは、スパフィグレイルを男の心臓の位置にピタリと標準をあわせた。
カチャリ。安全装置の外れる音。

「ちょっ!? 待ってーな! なんや恐いお姫さんやなぁっ。わい別に危害加える気ィないで!」
「・・・じゃあ、何の用?」
銃の標準はずらさないまま、ミュレアは引き金に指を引っかけて言った。
警戒はしているがまだ打つ気はない。

「ちょっと君を連れてきぃやって〝上〟に言われただけ・・・うわっ!」
「〝上〟? 誰のこと? 言いなさい!」
「ちょ・・・びっくりしてもうたやん。いきなり発砲て普通思わへんし。上っちゅうのは君のお父上の事や」
足元に発砲されても驚くフリ。フリ、だけだ。おちゃらけた態度だけど余裕が伺える。
ミュレアは優美な眉をひそめる。

「父様・・・? 残念ながら大人しく捕まる気はないから」
「そーかそーか。でもこういう時は瀕死にしてでも連れてきぃやって言われとんねん。残念やなぁ」
明るい茶髪の男性の瞳に半ば好戦的な色が宿る。

「わい、シュヴェロ・F・アルトノウェル言うんや。よろしゅうな。強いで~? 覚悟、しいや?」







ガスッ。
足元から木が突如生え、ミュレアは吹き飛ばされる。
しかし空中で体勢を変え、逆さのまま下方のシュヴェロに撃ち込む。
「おわっち」と言ってシュヴェロは横に跳ぶ。不敵な笑みにハッとしたミュレアの右手に蔓が巻きついた。しまったと思った瞬間にはもうすでにミュレアは地面に向かって一直線に振り落とされていた。
「かわいそやけど仕事やしなぁ」
頭を掻いたシュヴェロはそう言って土煙の中に目を凝らす。しかし起き上がってくる気配はなかった。

「なんや、もう終わり?」
「誰が終わり?」
「!? ・・・やっぱ銀翠の目の持ち主やねぇ! 頑丈やわ。心配したで? 死んでもうたかと思うた」
「心配した? 自分でやったのに? ふふっ! 可笑しなひと!」
心外な、という風に振り向く。
しかしそこにミュレアの姿はなかった。また背後に気配を感じる。

「勝てないよ」
「何がや?自分が?」
「いいえ。あなたが」
「わいが? あっははは! おもろいこと言うなぁ、自分! ・・・けど、そろそろやな」
「そうだね。そろそろ・・・」
決着を、つけようや。                 スピア
そう含み笑いとともに言ったシュヴェロの袖口から銀の槍が滑り出てくる。振り向きざまシュヴェロとミュレアの槍と剣が交わった。高く強い金属音が響き、爆風によって木々の、草原の、辺りの白い花々が舞い散る。
後方に飛んだ双方。二人の叫び声が交わる。
ギンスイザンパ  ペンスター
「銀水斬波・【四方星】!!」
 ジュマモクソウ  フィブサジティス
「樹魔木草・【五本の矢】!!」
ミュレアの剣からクロスした波が生み出され、物凄い速度でシュヴェロに向かう。シュヴェロもまた、槍から発光する五本の矢を生み出す。それは流星のごとくミュレアへと向かう。
双方は真っ向からぶつかり、土煙が舞い、水蒸気が発生する。
その中へ二人は同時に飛び込む。
土煙の中、金属がぶつかり合い火花が散った。一瞬それは土煙の中を明るく照らし出す。
二人は入るときと同じように、土煙を纏ったまま同時にそこから勢いで出てきた。

静寂。

前触れもなく、ミュレアの左腕が斬れた。バクッ、と血液が勢いよく流れ出る。
そして一方のシュヴェロは自分の服を真っ赤に血液でとめどなく濡らし、ばたりと倒れた。

「グッ・・・やっぱ強いんやなぁ」
「あきれた。まだ息、あるんだ」
実際ミュレアに殺す気はなかった。ただ大人しくして欲しかっただけ。しかしシュヴェロは歯向かってきてしまった。
弱々しげに震える息を吐き、銀翠の目をミュレアにシュヴェロは向けた。
「トドメ、さしてくれへんか?任務失敗するとなぁ、は即わいより上のやつが殺しに来るんや。・・・上司に殺されるくらいやったら美人さんに殺されたほうがナンボもマシやからなぁ・・・」
「黙って殺されるの? だったら一緒に逃げようよ」
そう言って、ミュレアはシュヴェロに右手を差し出した。
シュヴェロは口から血を流したまま目を丸くした。自分はさっきまで瀕死にまで追いやろうと目論んでいたのに、と思っているのだろう。シュヴェロは何を思ったか、一瞬目を細め――笑った。
                       タリスマン
微笑んだミュレアの耳元でしゃらん、と氷の護符が音を立てる。
「自分、優しなぁ・・・ミュレアちゃん」
シュヴェロは震える右手を上げた。だがミュレアの手に触れる寸前、それは力なく落ちた。
「絶対、助けるね」
ミュレアはシュヴェロの体を強くかき抱いた。