Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十話 海底の大神殿   SHOT 3 〝帰郷〟



 紫紺のマントが遠ざかるのを見ながら、呆気にとられてジェッズは口を半開きのままそこで漂っていた。
 俺が? あんたよりガキだって? 俺は30代半ばでてめぇは思いっきりバリバリ20代じゃねぇか。どこを取ったらそういう結論になんだ。こっちは子持ちでもあるんだが? 思いっきり父ちゃんなんだがね?
 そう思いながらもジェッズはある話を思い出す。神霊族が動物の姿になり、憑依能力と引き換えに動物の姿から戻れなくなると言う話。戻る者もいるがそれはごく少数な為、その行動を取るものは少ない。だが人間の姿に戻った時その者は永遠の命を手に入れる―――。伝説上の話だと思っていたがライシェルも戻ったのだ。ありえない話ではない。
 しかし・・・。

『あんた、一体どのくれぇ前の人間なんだ?』
『んー? まっ、どーでもいいじゃねーかよ、んなことは!』
 何処か不敵な色を浮かべながら笑顔を見せたヴィングは肩をばんばんと叩いてきた。何か丸め込まれている気がする・・・。そう実感しながらも結構早い段階で海底が見えてきたことで話は一時保留になってしまった。

  ―*―

 ミュレアが海底近くまで降り立つと海底の砂が煙のようにぼわっと舞った。横ではカテーナが自分の身体の節々から少しずつ出てくる細かい泡を捕まえようと小さな手を一生懸命伸ばしていた。微笑ましい光景に思わず頬が緩む。
 僅かに差す海面上からの光が微かに遮られた気がして見上げれば仲間達が此処に辺りを見回しながら慎重に降りてくるところだった。子供に紛れヴィルはむしろ子供達よりもはしゃいでいた。上を見上げ、下の土煙を見て「すげぇ!」と、見ているこっちが面白くなってしまうほどはしゃいでいる。

『水不死鳥さん。何か感じませんか?』
「え? 感じるって・・・何を?」
『かつて、遠い昔。水の神霊は水属性の妖精たちの長として海底の大神殿に住んでいたと言われています。外からでは古い強力な魔法により誰も見えなくなっている。それでもその力を見たり感じられたのは唯一長であった水の神霊』
「そうなの?」
 白魔導士は何でも知っているのねと感心しつつもミュレアは目を閉じる。辺りに魔力の気を飛ばした。
 しばらくあって白魔導士が「どうですか?」と尋ねたが、眉根を寄せて少し哀しそうにミュレアは首を横に振った。

「だめ。何も感じられないみたい。ごめんね、役に立てなくて」
『そんなことないですよ。何千年か、もっと前の話なんですから。でも、どうしましょうか』
『おーい。二人で何話してんだ?』
 主人公のご登場。
『雷獅子さん。今ちょっと取り込み中ですから外してください』
 考え込むポーズのままそう言った白魔導士だったが唐突にミュレアが「待って!」と制した為顔を上げた。
 集中力を高めてい感じでヴィルのほうに手を伸ばす。顔は下を向いたまま、思いつめた表情だった。なんか悩み事か? と首を傾げ、ヴィルは更に一歩、ミュレアに近づいた。

「感じる・・・。何か、感じるよ。――ヴィル。ちょっと、いい?」
『なん―――!? え・・・えぇ!?』
 いきなり、こちらに伸ばされていた手がそのままヴィルの手を握った。唐突なことに混乱し、素っ頓狂な声を出してしまう。半ばパニックに陥ったままミュレアの顔と手を交互に見ていたが彼女は全く反応せず目を瞑ったままだった。何故か動悸が高まる。
 動揺して離そうとするともっと強く握られてしまう。困惑した表情を浮かべた顔を白魔導士に向け、助けてくれと言う目で懇願しても彼女も意味がわからない様子で呆気に取られていた。
 
「わかったよ! こっち!」
『ええーー!? 何がだよおぉぉぉ・・・・』
 一連の行動の説明も無いまま引きずられるようにしてヴィルはミュレアに強制連行。遠目に、白魔導士が皆に声を掛けているのが見えた。少し視線を左にずらせば・・・虹色に光る鱗と、絹のように薄い尾ひれが見えた。

『待てやコラ小僧ぉおお!!』
『えぇ!? 俺ぇ!?』
『一人だけミュレアちゃんに連れ去られてんやないでぇ!!? 自分海面より高くブッ飛ばしてやろか、えぇ!!?』
『うわぁぁああああ!!?』
 背後でヴィルとシュヴェロの可笑しなやり取りがかなり大音量で交わされているにもかかわらず当の本人は総無視でぶっちぎりに高速で泳いでいく。もう遊泳どころの速度ではない。超剛速球である。

『むわぁてやワレぇえ!!』
『どあああああああ!!』
『黙れてめぇらぁああああ!! 俺は仏教徒だが人魚姿のミュレアにも萌えんだよぉおお!!』
 聖護乱入。

「ぇええええ!? 何この状況ぉおお!?」
『今頃かよぉおおお!?』
 もう何もかも叫びだしている状況でやっと話の渦中である本人が気付く。お願いだ、もっと速く泳いでくれ! 俺の、俺の命の危険を感じるよ!! 今追いつかれたらきっとあの二人に殺されるから!!
 声に出そうとしたがすでに不可能なほど高速でミュレアは半ば必死に泳いでいく。一人、人をぶら下げていても本気になった人魚の遊泳速度ほど恐ろしいものは無かった。

『待てぇええええ!!』
「きゃああああああ!!?」
 何この光景。
 そう思っていたら唐突に逃避行中の二人が〝消えた〟。

『消えた!?』
『どこ行ったんやワレぇ!!』
『まだ言ってんの、そんなの後にしなさい!』
『あいっつ、ブッ殺してや――』
 周りが見えなくなった馬鹿2匹に回し蹴りという名の制裁を下したのは不自然なほど真顔になったライシェルだった。

  ―*―

 顔を何かに連打される感触で目覚めたヴィルは思い切り海水を飲んでしまった。盛大に咳き込みながら上体を起こすとそれをミュレアが支えてくれた。二人は半身だけ水に浸かっている。
 尾ひれをひらひらと振り、ミュレアが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫?」
 声が意外と響く。ヴィルは驚いて辺りを見回した。そこは既に海中ではなかった。見回しながらヴィルは立ち上がり、四方を言葉を無くしたまま見ていた。
 荘厳な装飾。巨大な空間。異臭ではない、清々しい潮の香。光が射し込んでいるわけでもないのに光る、足許の海面。それが白い大理石のような壁に神秘的な光を投げかけている。まさに絶句だった。

「ああ・・・平気だ。けど、ここって・・・?」                    、、、、、、
「ここが海底の大神殿。アエデムアリアマリス・・・だよ。ヴィルのおかげで、帰ってこれた。」
「『帰ってこれた』?」
「うん。本能と心が、感じるの。ここは私の故郷なんだ、って。」
 どこか遠い目で懐かしげに、自分の声を反響させる壁を見遣る。何故だかは解らない。それでも何故だかヴィルにはその瞬間だけ彼女が遠い存在に思えてならなかった。