Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第十三話 陰なる王女と婚約者 SHOT 1 〝陰と救済〟
一番最初に感じたのは、狂気も混じっているといっていい、『殺気』。純粋な狂気だった。それが目の前の――自分が一番、そういった類から離したいと思っていた人に向けられていた。
「ヴィルッ、危ないッ!!」
瞬発的に練った魔力を一気に開放する。水の勢いにヴィルもろとも自分まで後方に吹き飛ばされたが、庇うように抱きかかえ、崩れた体勢を支えてくれたヴィルのおかげで即座にそれを立て直す。
だが代償のようにヴィルは勢いづいて身体岩に頭を打ちあまりの衝撃に気を失ってしまった。咄嗟に彼の名を呼ぶも、起きない。不安になるが背後の気配にはっとし身体ごと振り返る。
そして、やっと違和感に気付く。
「どうして・・・ッ!?」
正面衝突して砕け散ったミュレアの魔力は、『水』。そしてもう一つ、砕け散った魔力も――。
「水・・・!?」
神霊の本来あるべきレベルまで引き上げた魔力と強く類似したものだった。水の神霊は只一人、世界に唯一の存在である筈だ。その自分と対等の力を持つ者・・・。
「一体誰なの!?」
「――私は――」
危機を悟り、誰何(すいか)を投げる。と、水蒸気に白濁する空気の壁の向こうで術者が声を発した。人影が立ち上がり、此方に振り向くと さくり足音をたて足元の潤った低い雑草を踏む。まるで散歩でもしているように無防備な歩みだが動きにブレが無く、何より空気が冷たいものに満ちていた。肌が痛いほどの殺気が伝わってくる。
「私は貴女。貴女は私――。ずっと『あの方』からそう教わってきた」
声の主のいる方向から鋭利な音が聞こえる。経験から、鞘より刀を抜いた音だとすぐに判断し、武器を構える。
「不在の・・・私は貴女の影だと教わっていた」
「・・・わたしの・・・?」
女の歩幅が広がる。速度が増す。大気中の魔力の濃度が増す。殺気の濃度が増す――。
「いつも私は貴女の影だッ!!」
「ヴィルッ、下がって!!」
聞こえないと判っている叫びと同時に響いた衝撃音がこだまし、叫びと音は交錯した。衝撃に水蒸気は晴れ、相手の姿が露になった。
切り揃えられた艶のある銀の短髪、銀紅の瞳。黒味の強い青の鱗鎧は軍人のものであり、同じように肩当、手袋と軍人に支給されるものが目に付く。たなびくマントは薄桃色の銀の艶を持っていた。
「!あなたはあの時の――!」
「自らの家に居ても邪魔者扱い。そこから救ってくださった王以外は王宮に居ても私を『私として』把握してくれない!」
武器が手元から離れそうなほど強く弾かれる。水の刃が地を迸り向かってくる。同じ技で対抗すれば再び水が大気中へ盛大に舞った。
彼女を始めてみたのは、デラスに連れられフィナルの王宮に行った時の事だ。自分と同じドレスを着せられていた、あの女性と同一人物に間違いない。
それはそうと、全く歯が立たない。相手は互角の力を使ってくる―― 一体、どういうこと?
「本物が居る限り私は所詮まがい物ッ!」
「待っ――」
「王の慈悲の心もまがい物・・・。偽者が本物になる為に必要なのは、」
まさか彼女の狙いは――!
「貴女の存在自体の消滅だッ!!」
キィン、という高音に我に帰るも時既に遅し。すでにミュレアの手からは月杖が天へと舞っていた。
しまった・・・!
「安心すると良い。貴女をすぐに消しはしない」
「え・・・?」
「貴女の大事なものの命を先にいただくのでね――!」
「だ、駄目ェーーー!!」
世界の時が急激にその速度を低下させたように見えた。
間に合うか。間に合わないかもしれない。いや、間に合う間に合わないの問題ではない。
まるで酷く自分の足が遅くなったように感じた。まるで世界が自分の小さい存在を、嘲笑っているように見えた。
ヴィル――!!
隠し事してごめんね。巻き込んでごめんね。力が及ばなくてごめんね・・・、様々な謝罪が頭に浮かぶ。それを振り払う余裕も無く、不吉な予感を拭う暇も無く、自分に従うはずの水の槍の矛先は守りたいものを狙っている。
わたしの周りの様々な人が傷ついてゆく。任務で狩り出されていたとき、攫われた時・・・。サーカス団の皆のあの夢。あくまで想像の中でも現実でも、染まるは深紅。
失う恐怖が怖くて馴れ合うことが怖くなった。失うものが無ければ傷つかないと思っていたのに、その恐怖を常々感じさせられながらも仲間と笑いあう優しい時間もその光の眩しさも教えてくれたからもうその輝きを突き放せなくなった。
光の眩しさと闇の暗さの対比を知って、自分の堕ちていた闇を知って、その冷たさを知って――光の暖かさを知った。
全ての道しるべは失いたくない一番のものになって。
「いやぁあああーーーーっ!!!」
あの強い魔力に対抗できる魔法の発動なんて間に合わない。今になっては届かないから。
必死に手を伸ばす。自らの身体を投げ出して、両手をいっぱい広げて。
いつかもそうしたように。
「死なないで」
―――自分の声が酷く遠く聞こえた―――
「大丈夫かい?」
「あっ・・・。え・・・?」
懐かしい響き。もしかしてまた、助けられた・・・?子供の時の、ように・・・。
「探したよ」
「殿下―――――」

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