Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十話 海底の大神殿   SHOT 6 〝異世界の使者〟



 〝ニン、ゲン・・・!?〟
 ――この声、誰だ?――
 聞き覚えは無い。くぐもったような、外から聞こえるような声が何か言っていた。
 ゆっくりと顔を上げた。重い瞼を開き、飛び込んできた感覚と光と現実・・・。薄ぼんやりとした意識の中、また闇に落ちていく自己の中、何処か遠くで何かの割れる音が聞こえた。

 ―*―

 声を発した瞬間、鏡像の中の少年が身じろぎした。全員が後ず去る中、ライシェルただ一人が少年のほうに一歩近づいた。鏡が突如割れ、彼女に降り注ぐ。怯えてミュレアが悲鳴を上げるがライシェルは無傷だった。が、床に倒れこんだ少年と共にもつれ倒れる。慌てて上体を起こしながらも、ライシェルは少年を抱き上げた。
「大丈夫か――?」
「うっ・・・。んー・・・」
「おっ、起きた」
 大勢に囲まれたままライシェルの膝の上で少年が目覚める。黒髪、黒い瞳の少年は最初はぼんやりとしていたが目の前の女性の顔を数秒見つめると一気に顔を高潮させ跳ねるようにして飛び起きると壁際まで退いた。
「わーーーっ!!? ど、どどどななな!?」
「元気そうじゃねぇか」
 腕組し苦笑しながらヴィングが言う。赤面のままの少年は辺りを見回し顔を覆いしゃがみ込むと唸り始めた。
「なんだこれ!? なんのドッキリこれぇ!?」
「変な奴だな」
 首を傾げヴィルが言う。少年のマントは半透明の水色である。随分珍しい色だな、と思う。それを翻し、少年は振り返ると恐る恐る指の間から瞳だけを覗かせ周囲の人間の一人一人を見る。そして滑っていた視線はある人間達のところで止まった。
「ライシェル? ヴィング・・・?」
「なんだ? おめーら、知り合いか?」
「残念ながら初対面だな」
「私もこんな奴知らねぇな」
 何故自分達の名前を知っているのか。二人は少々警戒し、武器に手をかける。少年は気付いていない様子で二人の顔を交互に見比べると「あ~・・・」と言って頭に手をやった。
「いや、間違いだった。ごめん」
「――は?」
「んじゃ、取り敢えず俺仲間に入れてくれ」
「はァ!!?」
 訳の分からない一人会話。・・・に次ぐ、身勝手な発言にその場に居た殆どの者が素っ頓狂な声を上げた。弱ったなとでも言いたげに少年はなははと笑う。
 それにさっきのライシェルの行動も、あまり人間に関心を持たない彼女にしては不可解だった。そうアルスは無意識に思考を巡らせていた。――と、そのとき。

「いいぞ」

 何故か仁王立ちしたままヴィルが言い放ち、アルス含め皆が三度目の「はあァア !!?」と叫んだ。全くこの人は考えてることが何一つ、全くわかりませんよ !!
「ん? だって断る理由無ぇじゃねぇか」
「そ、それはそうだけど・・・」
 たじろぎ、ミュレアが口ごもる。本当は「何を考えてるの!?」と言いたいという事は痛いほど解ってしまった。
「んでお前。名前は?」
「俺はユウキ。当麻祐希だ」
「当麻祐希!? 日本人じゃないか・・・」
 聖護が声を上げる。驚いたように黒髪の少年――祐希は聖護の方を見、おもしろい位顎がぽかんと開いた。ヴィルは二人の間で放置され「ん? ん?」と言いつつ呆然と二人を交互に見やっていた。
「俺も日本人だ」
「あ・・・黒髪に袴・・・」
「そう。貴方がたは私の呼んだ異世界からの使者です」
「祐希さんも!?」
 白魔導士の言葉にレフィーナが声を上げる。白魔導士のほうを異世界からの使者、聖護と祐希が見つめる。白魔導士は少し目を伏せ、しかし目を伏せてはいけないと思い直したか再び顔を上げた。
 丁度白魔導士の背後にある窓からの逆光で、上げた彼女の顔の表情は上手く読み取れない。
「貴方がたは7年前から私に呼ばれていました。というのも、異世界の少年には不思議な力があるからです」
「不思議な力なんて俺たち、何も――」
「聖護さん。貴方は幼い頃から、自分の世界にリンクする〝冥界〟を見てきたはず」
「! それは・・・」
 死後の世界、冥界。確かにそんなものが見えてしまうのなら聖護は只者ではない。あながち間違ってはいないようで、聖護は言葉に詰まっていた。続いて白魔導士は祐希のほうに振り向いた。
「祐希さん。貴方は鏡像の世界から参った。鏡像と現像の間を行き来してきたはず」
「えっ・・・!な、んで」
 鏡像。鏡に映る像。つまり、その中に入り込んだり戻ったりしていた・・・? 訳の分からないことばかりでヴィルは三人のやり取りに混乱してしまう。隣のフェルドに「どういうことだ?」と呟きで聞いてもフェルドも眉をひそめるだけだった。
「私は――いえ、私達は是非その力をお借りしたい」
「あんたらが・・・俺らの?」
「魔法とか、よくわかんねぇ力持ってるあんた達のたいした戦力に離れねェと思うけどな」
「いいえ。それはそのうちわかります」
 意味深な言葉を投げかけ、白魔導士はにこやかに笑んだ。
 他人の心の中など見えない。心の声など聞こえない。だったら全て本人に言わせればいい。その位、自分の信ずる仲間との絆を深めればいい。楽天的にそう思ってきたヴィルにとっては直感的に、白魔導士が最も本音を引き出すのが難しい気がしてならなかった。
 仲間である限り何もかもわかってやりたい。白魔導士の怒りも哀しみも痛みも辛さも・・・そのあらゆる負の感情を最も声に出しそうに無いのは他でもない、彼女であった。