Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第五話 忘却の美香 SHOT 3 〝呑まれる〟
煌く海。風を受ける風車。それはミュレアの飛行能力でどんどんと近づいてきて――やがて止まった。
かつては栄えていたはずのここは〝港町〟ウビリ。
しかし今では明らかに様子のおかしい町人が徘徊しているだけの、まるで絶望を象徴しているような――まさにそんな廃れた村と化していた。
唯一色味を見せるのは二人が背にしている海、そして町のいたるところに咲く花。記憶を奪うといわれる例の花だ。一応二人とも嗅がないようにと注意しているが一日ずっと嗅ぎ続けていなければ平気だというから大丈夫だろう。
「あの・・・」
ふいに声をかけてきたのは3人の子供達だった。
声をかけた少女の髪は水色っぽく引きずるように長い。妖精族の子だろうかとミュレアは見当をつける。
少女の左目は頭を一周して巻きつく包帯に覆われて見えない。怪我でもしているのだろうか。
更に少女の後ろの二人は、ミュレアのような銀髪だった。その子達を見てミュレアは自分と同じ血筋を感じた。
「貴女は?」
「あたしはカテーナ・ルピアリスです」
「ぼくは…テフィルです。」
「私はレフィーナって言うの!フィーナでも、レフィーでもいいよ!」
水色の髪の少女、カテーナが言うと続けて後ろの二人も口を開く。レフィーナの弟と思しき少年、テフィルが遠慮がちにそう名乗るのに対し姉は意気揚々と答えた。
見たところ年齢はカテーナが14、双子らしき2人は10といったところか。カテーナが再び口を開く。
「あの、お姉さんは・・・?」
「わたし? わたし、ミュレア」
「わいはシュヴェロや」
少々遠慮がちに見上げたカテーナはシュヴェロが意思を汲んで言葉をついでくれたことにほっとしたようだった。
見たところカテーナは不思議そうに二人を見、レフィーナは楽しそうで弟は怯えている様子だ。
しかし3人の親は?
「貴方達も忘却を求めて来たんですか?」
この子瞳は銀蒼だ。
ふとミュレアは気づく。この歳で凄いと思う。
「いいえ」
「ならすぐ立ち去ってください。大切なこと、全部忘れちゃいますから」
「そうね。――だから、助けに来たの」
訝しげにカテーナはミュレアを見上げる。この子からわたしと同じ力は感じ取れないことに疑問を抱いた。
シュヴェロは辺りを見回す。
「なぁ、カテーナちゃん。大人たちはどうしたん? 君らの親は」
「えと・・・あたしとレフィー達とは血は繋がってないですよ。親達はずっとここにたせいであたし達の事も忘れてるんです。・・・今はもう自分の名前も忘れてるかも。あたし達はなんとか町外れのところで生活してました」
「そうなの」
「だからここから立ち去ってください、早く」
少々あせりの混じった声でカテーナは静かに言う。この子頭はキレるようだ。ことの深刻さを把握した上で冷静である。
それに、親が違うこともミュレアは早々に気づいていた。
「いいえ。わたしは貴方達を救う」
〝――殺せ――〟
「花を全て無力にするの。大丈夫、わたしがやるから。できるわ、きっと」
「でも・・・」
〝――おまえの心も体もすべては私のもの――〟
「大丈夫よ。信じて」
一体どこからそんな言葉がつむぎだされるのか。
抵抗すれば操られてしまうかもしれないのに。そうしたら自分がいることで命まで危ぶめるというのに。
自分の痛い何がそんなことを言わせるのか、自分でもまったくわからなかった。
「お願い・・・します」
うつむきがちだったカテーナは銀蒼の瞳から大粒の涙をこぼしながら顔を上げた。
きっとずっと耐えてきたのだろう。まだ14歳だというのに親は自分よりも無能になり、誰にも守ってもらえず。
そして同じ境遇の二人を支え、守ってきたのだ。
明るいレフィーナに救われ、テフィルに第二の姉のように慕われて。
「ええ」
「任せときいや!」
3人が去ると、ミュレアはひとり地平線に隣接しつつある夕日に目を細めた。
なぜかシュヴェロの瞳に映る彼女の後姿はとても哀しげで、切なげで、儚かった。
ミュレアは待っていた。もうすぐここに来るで人々を。自分から突き放しておいて待つというのも滑稽な話だが。
波打ち際を見つめる。
オレンジ色に染まる波を見て、ミュレアはひたすら無心に指を一回パチン、と鳴らした。
さっきまでは穏やかだったはずの波が急に持ち上がり、津波ほど――ミュレアの悠に7、8倍はある高さになる。
「何を始めるんや!?」
「町を―― 一掃する」
思っていたとおり、シュヴェロは大きく目を見開いた。
「なんやて! ほないなアホなことしたら町が・・・」
「もう決めた。それしか方法は無い」
銀紅の色に、ミュレアの瞳が変色した。まるで血のように紅い目に。
すると背後に人のたつ気配を感じてシュヴェロは警戒し槍を取り出して振り返った。
ミュレアは振り向かない。
決心したようにやっと来たかと息を吐いただけだった。
「おいっ! 今の聞いたぞ!」
「町をその波で呑みこむ・・・!? どういうおつもりですか!!」
「そのままだ。――このまま生きているのも知らないなら知らないうち死んだほうがいいだろう」
〝――殺れ――〟
もう、歯止めが利かない。
ごめん、シュヴェロ。あの時の男の子。そして雷獅子のヴィル。
もうわたし、闇に―――。

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