Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第六話 救出 SHOT 2 〝『星の危機に瀕する16夜』〟
長丈のローブに身を包む父――いや、父と呼ぶには最もふさわしくない男を、ミュレアはあからさまに睨んだ。
しかし男は恐ろしく優しい瞳でこちらを見つめる。純粋な人なら好印象を抱くような優しき瞳も、ミュレアには魔術師や魔導士同士の殺戮を楽しむ死神の冷たい穴のような瞳にしか見えなかった。
毅然として王座に腰掛ける男は薄い微笑をたたえている。不敵なその笑みはミュレアの心を少なからず不安へといざなった。ライシェルの飛ばした魔力は間違いなく来ているはずなのだが、全く堪えた様子が無い。
銀糸のような髪の女性が去った後、王座に座る男の前でミュレアは彼と二人、視線をぶつけていた。
不敵に、不気味に笑う口元。しかし冷たいままの視線と
復讐に燃え、滅びを与えることを誓う視線と。
「――いい目をしている」
薄く口だけを微笑みの形のままに、男――アンゴルは人を恐怖にすくませる瞳を更に細め、言った。
「復讐に燃える目。私の力の糧となる目だ」
「・・・?」
「わからないか? おまえたちが私に憎悪を向け、怒気を募らせ、悲嘆に暮れるほど私の力は増す。思いをたぎらす程
――滅びへの道からは逃れられん」
ミュレアは息を呑む。なれば仲間達が、標的に力を与えていると言うことだ。例外ではない勿論、自分も。
力をつけ、仲間同士で認め合い、復讐を誓う彼らもただ死滅への一途をたどるのみ、そんな現実を突きつけられ、ミュレアは言いようの無い悔恨に駆られた。
言い返す言葉の見つからないミュレアにアンゴルは満足げに笑った。
「貴様らが消えれば私の偉大なる計画が始まる。誰も私の計画を邪魔するものはいなくなるのだ」
「計画?」
「腐ったひ弱なこの世の再建の為の偉大なる闇の神の計画。弱卒な種族は消え、我々神霊のみが生きる世界に・・・。おまえを追った哀れな神霊もいたな。奴も含めてやろう」
消滅の意。
強者のみの世界。一体彼は何を言っている? 神霊の一人ごときが世界を?
神霊の中でも最も忌み嫌われ、邪悪で禍々しいとされてきた闇の力を持つ彼はしかしそれを成し遂げることを可能にする程増幅させてきた。力の大きさを知っているミュレアにとって、冗談めかして割り切れるようなことは出来なかった。
残るのは深い絶望のみだ。
それに、自分を追ってきた神霊。それはシュヴェロのことだ。彼を滅びから救えるかは自分の協力次第。
「よく考えることだな。ミュレアよ。
滅びを迎える愚民どもと愚かな世界を笑い、私と共に新たな世界の再建を高みから望むか
――奴らと共に滅亡の一途を辿るのか」
最初から決まっていたんだ。
彼を守りたい。守ってくれたから、今度は私が。
「わたしは―――――」
* *
「『星の危機に瀕する16夜
雷獅子 水不死鳥地守護狼を始めとせん18人の世界の覇者達よ、星を覆いし暗黒の神を滅ぼせ
我ら神の子は古えより他(た)の種子を暗より育まんと生を受けこの地へと降り立った
蒼く迸りし閃光よ 銀艶湛えし聖水よ
母なる大地の孤児よ 疾走を止めぬ俊風よ
影抱えし賢き美黒鳥よ 挫折を知りし白き光よ
炎纏いし黒翼慈愛の鳥よ 岩炎白煙吹き出んと父よ
渦巻く竜風 分けた生命よ 魔へと誘う 分けた生命よ
映界より来たりし氷風よ 今来たる白き時の番人よ
力に抗う高潔なる魂よ 陰なる己に嘆く戦士よ
誇大なる護結界師よ 導きの光となる鎖よ
白き戦いの女神よ 古の大空の覇者よ
闇に抗い使命を果たせ
堕ちゆく楽園は大地と混ぜり海を荒ぶらせ星を死の救いへといざなうであろう
止む事無き星の壊滅 運命は免れぬ』―――」
突如進みゆく10人の前に、黒き羽根がどこからともなく舞ってきた。
そして遠ざかりゆく潮騒と忘却の花の残り香の混じる風の音の合間に長々と呪文のように言葉が流れた。
敵かと身構える一行の前で、羽根はやがて一箇所で小さな竜巻のように渦巻いたかと思うとそれらは轟々と、赤々と燃え始めた。黒き羽根がちらちらと見える紅い炎は開かれた黒翼に虚空へと消えた。
「―――――『時空を知れ、導きの光の導くままに さすれば道は開かれん』」
紫に近い黒いマントを羽織った少女の黒翼はやけに大きく、余裕を持って自身を覆えるほどだった。
茶色いマントには先刻の炎のごとく紅い羽根、瞳は金に近い赤。オレンジ色、と言うのが一番近いだろうか。
「神の導きは私にも・・・。貴方たち・・・指名手配者・・・でも・・・味方・・・大丈夫」
「君、味方?」
こくん、と少女は頷いた為、10人はほっと安堵の溜息を漏らした。どうも気が張っている。
「嬢ちゃん、一人か?名前は?」
少々躊躇した感じはあったが、少女は再びこくんと頷いた。最初の話し方はこの少女らしくは無いが、声は間違いなく彼女と同じだ。呪文のようにも聞こえなかったが・・・。
そう思ったジェッズの思いを汲み取ったか、少女は言った。
「・・・フィリクスです・・・。さっきの・・・『星の危機に瀕する16夜』の伝説・・・」
「伝説?」
「〝雷獅子〟〝水不死鳥〟の名は知られていた・・・けれど銀蒼の夜、書き換えられた・・・そこに私も・・・」
〝炎纏いし黒翼慈愛の鳥〟
黒翼の少女、フィリクスは森の奥を指差した。その向こうがきらりと光った気がして、ヴィルは駆け出していた。
仲間達が追いついたとき、ヴィルが見上げる噴水の前に古き石碑が鎮座していた。噴水は優しく、哀しげに微笑む女性の像が入っていた。死の女神、エトロの像だ。
石碑にはフィリクスの言ったとおりの言葉が綴られていた。古代語だったが言葉は意識となり、戦士達の頭の中に流れ込んできたのだ。フィリクスを含めた11人は16夜を知った。
始まりは〝聖月夜〟の3日。
3日開き・・・
銀月が太陽に重なり。
金月が太陽に重なり。
夜の来ない光の日があり。
太陽が銀月に重なり。
太陽が金月に重なり。
昼の来ない闇の日があり。
陽聖月夜の、戦いの終焉を告げる4日が来たり。
星の運命は・・・16日目の夜に委ねられるのだ、と。
「貴方達はこれが見える・・・これが聞こえる。貴方達が・・・私の求めた戦士達」
フィリクスはほとんど判らないくらいの小さな微笑をした。

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