Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第五話    忘却の美香    SHOT 4 〝虚空、闇、死の矢〟



上空で静止した波に跳び乗ったミュレア。しかし心の中では闇と言う名の虚空の中ひとりで佇んでいた。
冷たい。寒い。誰もいない。そりゃそうか。わたしの心の中なんだから。
ミュレアは暗黒の中で空、というには暗すぎる上を見上げる。きっとこれがわたしの心の中の正体なんだ。そして、こんなに暗いと見えないけれどきっとわたしの手は紅いんだ。
薔薇みたいに。
・・・そんなに綺麗なわけ、ないよね。

死ぬのかな。ううん、違うか。闇にとらわれた魂はその体が持っている暗い心の中に閉じ込められるんだ。
単に命を落とすよりも酷いこと。
でも、しょうがないよね。殺戮を自分でとめることもできなかったわたしには当然の報い。

でもせめて、最後に――



「もう、うんざりだ」


現実味を帯びて。心の中のミュレアと現実のミュレアがリンクして。
波が、町を襲った。
町を。
花を。
人を。

ヴィルも。
フェルドも。
リトゥスも。
アルスも。
シュヴェロさえ。





      〝――いい子だ、ミュレア・・・――〟

いいえ。わたしは悪い子です。
だってあなたの命令に背きましたから。

激流の中に、ミュレアは飲まれる。とうとう自ら身を投げた。けれどミュレアの目には客観的に見えていた。
不思議と熱くもならない瞳を瞑った。何もかもから目をそらして。
〝ミュレアぁ !!!〟
激流の渦の中、ふいに叫びが聞こえた気がした。
誰? あのときの子?
わたしを覚えててくれたんだ。でもわたしそっちには行けないよ。闇の中で過ごすだろうから。

「死ぬな !!!!!」

さっきよりも近く、いや側で聞こえた悲痛な叫び。
はっ、とミュレアは目を見開いた。
とたん激流はやみ、水に飲まれて宙に浮いていた家の残骸も人もその場に落ちた。
何が、起きたの?
途方に暮れたまま力の入らない状態を起こす。感覚が、ある。これは現実。戻ってきていた。
ミュレアのいる少し遠方にはヴィルたちが倒れていた。まだ息はあるようでほっとする。
自分の隣には拳を握り締めてうずくまるシュヴェロがいた。
「・・・ごめん」
いきなり謝るシュヴェロ。肩は震え・・・。泣いて、いるのだろうか。
意味がわからない。

「俺だ・・・。俺、なんだよ・・・っ!あんた、だったんだな・・・!?」
「シュヴェロ・・・?」
「5年前、俺が守り損ねたのはあんただったんだ !!」
波の音が聞こえなくなった。
風も走ることを止めた。
視界は夜の闇を知らないかのように。頭の中はただ、真っ白になった。

5年前・・・?
守り損ねた・・・?
死んだ・・・あの子はあの時。そう信じてた。生きているわけがなかった。
雨の中で真っ赤に染まって倒れてた。
あの後わたしの頭は真っ白になって何が起こったかわからなかったけれど目覚めたとき君の姿だけはなかった。
だから死んだと思っていた。
わたしが殺してしまったと思った。

気づけばミュレアはシュヴェロに抱きついていた。
彼の胸の中でひとしきり泣いていた。
恐かった。ひとりが、自分の中の闇が、君の死が、自分の背負った罪が。

「今まで過去の自分を忘れてた。なんで今思い出せたんだ?」
「それはもしかしたら・・・」
ふいに背後で砂の音がしてミュレアは振り返った。

「カテーナ・・・」
「違う・・・違う、の・・・。あたし達はこんな、・・・こんなの望んだんじゃあ・・・っ!
 苦しいから楽しいを感じられるの
 つらいから喜びを感じるの
 寂しいから暖かさに感謝するの
 恐いから一緒にいると満ち足りることができるの
 全部、宝物なの・・・。どちらかを忘れたらどちらかは消えてしまう。だから思い出して欲しかっただけなの」

パチン。
苦痛に顔をゆがめ、ミュレアは右の指を鳴らした。
すると泣いていたカテーナの瞳に映ったのは元通りの村だった。

「蜃気楼。波を作り出したときからあれにそっちを襲わせた。じゃないと間違いなくわたしがここを壊すから」
「守って、くれたの・・・?」
ミュレアは頷いた。
泣きそうに顔を歪めてしゃがみ込んだカテーナを、後から来たレフィーナとテフィルが心配そうに見ていた。
ヴィルたちも立ち上がり、不思議そうにその光景を眺めていたが立ち上がって其処を離れるミュレアに警戒する。
海に向かってたち、目を瞑って両手を広げた。

       〝――裏切ったな、ミュレア !!――〟

ええ。
だから生かすも殺すも好きにして。

       〝――いい心構えだ。だったら――〟

「!!!!!」
「ミュレア、どうし・・・「避けてッ !!」」
一瞬で様々なことが一斉に起こった。
ミュレアが叫んだ刹那、異常な恐怖と共に彼女は顔から嫌な冷や汗が流れ出るのを感じた。
星空に突然黒き・・・否、暗い穴がぽっかりと開いたかと思うとそこから半径10Mもあろうかという真っ暗な円柱が迸り、シュヴェロの座っている位置を貫いた。
間一髪、体が自由に利かないシュヴェロを勢い良く突き飛ばすように抱えたミュレアに救われた。
「っ! 父様、約束が違います! わたしに罰を与えること、それが約束でしたよ!!」


   〝――おまえに、裏切られた私の気持ちがわかるか? 強い憎悪を感じればおまえは私の手に堕ちる――〟


嫌。
シュヴェロはまだ荒い息を吐いている。
堕ちる、わけにはいかない。あの時君がわたしを救おうとしてくれたように今度はわたしが守る。
聖星から黒い矢が放たれた。矢、といっても太さはミュレアたちの頭ほどもあるし長さは町の大風車ほどもある。
それは寸分狂わずシュヴェロを狙っていた。しかし守ると誓った。ミュレアは彼の前に立ち、目を瞑った。
「ミュレア!!」
シュヴェロには時間が止まったように感じられた。
風がさらった髪に後ろからの角度では隠れていた口が見えた。声もなく、それはサヨナラと動いた。

ガンッ!!

次の瞬間彼の耳にこだましたのは鉄の矢の音だった。
見たくなくて目を瞑る。自分が壊れそうで目を瞑る。これは夢だと思いたかった。動かない体を恨み、死にたくなった。
血の飛び散る音と何かの、折れる音がした。


リアル
現実を見るのが怖くて、恐怖に見開いた瞳に映ったものを理解できなかった。