Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第四話 交錯する運命    SHOT 3 〝スカイ・ジルコン〟



不思議な思いでミュレアは川に映る自分の顔を見つめた。
もう日はすっかり昇り、失われていた体力もだいぶ戻ってきている。
しかし瞳の色は戻らない。

「どしたんや?」
「瞳の色がね・・・。戻らないの」
「それはそれで綺麗やよ?いいやん」
無邪気に見える笑顔で笑うシュヴェロ。
まったく、この口説き魔。
彼は目覚め、ミュレアも結局死ななかった。それを不思議に思うが、氷竜や生死の境でシュヴェロが遭遇した妹のセラが彼の蘇生に手を貸してくれたのだと思う。
それがなかったらどうなっていたのだろう。
ともかく代償のように、ミュレアの瞳は蜂蜜色の琥珀のような瞳と化していた。

「よくない。力あんまり出ないし」
「じゃあわいが守ったる! それで納得やろ?」
「・・・わたしに負けたくせに」
「グハッ!! ボソッとエグイこと言うなぁ自分。せ、せやかて銀紅の目持ってたやなんて知らんかったし・・・」
ナイト気取りからの言い訳。
賑やかな人。ミュレアは笑いをこらえる。

「ふーんだ。わたしより弱い人に守ってもらいたくなんてありませんねー、だ!」
「なっ!? じゃあ今のわいと自分、どっちが強いか勝負や!」
「はいはい、時間の無駄無駄!早く行こ!」
寝耳に水、と言った様子でシュヴェロはミュレアを穴の開くほど見つめた。行くって・・・どこに?
しかしその言葉を口にするまでもなく、その疑問に自らミュレアは答えてくれた。
「ここから離れるの。追っ手、来るんでしょ?」
「へっ? あ、あぁ・・・。そやった! ちょっここ危険やん!」
「待って。・・・そこから出ないで」
意表を突かれたようにシュヴェロが足元を見る。キラキラとした何かの線が引かれていた。
とりあえず踏み出しそうだった脚を引っ込めるシュヴェロ。しかし彼にはこれがなんなのかもわからなかった。

「今、これがわたし達の姿見えなくしてる」
「天使族の血ィか・・・。自分が引いたん? 結界張るために?」
「そ! 銀翠より上に見つかれば厄介だし。・・・ところでシュヴェロ。ポケットに入ってるもの何?」
ポケット?
慌ててズボンのポケットやら上着のポケットやら探る。そこよ、とミュレアが指差したのは胸ポケットだった。
そこから出てきたのは銀水色っぽい複屈折をしている宝石のようなものだった。

「スカイ・ジルコン・・・!どうしてそんなもの」
「ふぇ? これそんなにすごいもんなん?」
「ええ。神霊は死ぬとジルコンを残すの。それは空の神霊のものね」
「空の神霊?」
面識もない。空・・・ねえ。

「そう。でもなぜかしら、空の神霊は確か大昔に滅んで――!!シュヴェロそれマフラーの中入れて!」
「?なんでや?」
「いいから!」
勢いに押され、シュヴェロは赤いマフラーの中にジルコンを入れる。
するとその瞬間目の前の木がなぎ倒された。
呆然とする二人の前で、引き締まった筋肉の若い青年がその向こうから現れる。
「おっかしいな。この辺からすんごい魔力感じたんだけど・・・気のせいかな? いやそんなわけないか」
青年の瞳は銀紅だった。ミュレアにも緊張が走る。
隣のシュヴェロは――口をぽかんと開けたまま突っ立っている。自分の抹殺に銀紅が来るとは思わなかったのか。
にやにやと殺戮を求めた瞳で周囲を嘗め回すように男は視線を走らせた。

「いないなぁ~っと。おかしいな? もう逃げたのかなぁ? 裏切りは死刑だよシュヴェロく~ん」
ミュレアは無意識にシュヴェロの服の袖を握り締めていた。
安心させるようにそれを手で包み込むシュヴェロ。心配そうに見上げるミュレア。上目遣い・・・。
・・・かわええなあ。
おっと、今は鼻の下伸ばしとる状況やない。
そうは思うけど男はそのまま「いない」を繰り返しつつその辺の木をブッ倒しながら去っていった。

「ひどいことするなぁ」
「シュヴェロ?」
「だって木は成長するまでに何年かけとると思うてんのや? 植物だって生きてんねんで」
大地の神霊。
神霊として当然か。ミュレアが枯れた泉に胸を痛めるようにシュヴェロだって木々を思うのだ。

「じゃあ助けよ!」
「え? 木ィ達をか?」
「うん! 植物を育てる力と治癒の水。ふたつあれば木は育つ。でしょ?」
「そらそうやけど・・・」
決まりね!と笑ったミュレアは早速木々の折れてむき出しになった部分に自らの魔力の水をかける。
木はキラキラと輝き、水のかかったところから若葉が芽吹いた。
ふぅっ、とミュレアは振り返る。気づけばその後ろの倒れた上部分のほうからも若葉が芽吹く。

「こんな感じ?」
「ミュレアちゃん・・・」
指をぱちんと鳴らすシュヴェロ。すると若葉は1Mくらいまで一気に育った。
ミュレアは楽しそうにその様子を眺めていた。

「いいね! ・・・聖星もこんな風に自然があったらな・・・」
「なんか言うたか? ミュレアちゃん」
「ん?ううん。なんでもない。ところでシュヴェロ、そのマフラー守りの力あるんだね」
「これか? これはなぁ、妹のセラからもろうた大事なもんなんや。・・・いくらミュレアちゃんでもやらへんぞ。まぁ、守りの力あるなんて今日初めて知ったんやけどな」
クスッと笑ってミュレアは切なげに目を細めた。
どうしてそんな表情をするのかシュヴェロにはわからなかったが。

「いいね。大切なもの、あるんだ。スカイ・ジルコンの力、見えなくなったのそれのおかげ」
「セラがわいを守うてくれとるんや。」
これで間違えとらんのやろ? セラ。
ミュレアの笑顔にシュヴェロもつられて自然に微笑んだ。