Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十二話 新たなる力   SHOT 8  〝陰影なる妖魔達〟



 突如現れた川と森に混乱中。恐慌状態なのは他でもない、レフィーナだった。
 年上二人は特に気に止めることもなく、フィニクスの指定した場所へ移動している(アルスは時折生える直前の木の苗を慌てて避けていたが)。内心、流石だと独りごちる。
「何処まで行くんだろ・・・」
 移動すると言ったっきり、かれこれ30分は歩いているだろうか。苗を踏みつける恐れがあるのでレフィーナは浮遊しつつ移動していた。

 ふと、唐突にフィニクスが立ち止まった。目前に広がるのは巨大な滝。萌葱が視界に閃き、花をつけ、実をつける。此処でも走馬灯のように植物達は時を巡り、成長していた。
 時と生命溢れるこの地で一体、フィニクスは何をするつもりなのか。
 そう思ったとき、フィニクスが不意に仕舞っていた鴉の黒翼を出して宙へと舞い上がった。続こうとするレフィーナを手で牽制しつつ、彼女は手に持った妖刀でゆっくりと弧を描いた。

「Nullam vitae magni
Ut a terra tribulationis alliciendum eius cladis Sijixing――」

 ほぼ同時に、もう聞き慣れてきてしまったあの呪文が流れ出す。恐らく意味は違うのだろうが、流れ方といい言語といい声の調子といい全て同調している為、共通の呪文のように聞こえてしまう。
 空中で羽ばたきながらその光景を凝視しているとフィニクスの描いた弧が煌々と炎をあげ始めた。
 円形から中心へと、炎が16方向から直線で伸びる。最中、線から僅かに離脱した炎が二周りほど小さな円を描く。延びる直線は再び同様にもう一つ小さな円を描き、中心で纏まる。
 一際大きな閃光を放ち、炎はあらゆる方向から円と円の隙間へ所狭しと複雑に曲線を、直線を描いていく。よく見ればそれは細く精密に描かれた文字だった。
 最大の円が右に回る。二つ目は動かない。三つ目は左に回り、徐々に勢いを増してゆく。

「Spiritum umbra I
Figure indutus est nostra vis ac nostrum potest reflectere super te!」

 妖刀を円に投げ、フィニクスが詠唱を終える。槍の如く投げられた刀は円に突き刺さり、闇のように黒く暗く、深い紫紺の業火を上げ始めた。
 業火は十字に迸り赤黒く変色する。不気味でいて妖艶なその色は魔方円を拡張させ、増長する。大小様々な似通った円が次々と現れ出で、辺りは目を開けていられないほど眩しい輝きに包まれた。
 白き長き閃光の中、光に一筋の切れ目が入った。人体を超える大きさ。
 目を開けているのか実感が湧かない状態でその光景を鮮明に瞳へ映すことが適ったのはその亀裂の色の所為だろう。
 亀裂は轟音を立てて開きゆく。それは奈落の底のように暗かった。吸い込まれそうな言い知れない恐怖。禍々しい、とはこのことを言うのだろう。まるでこの世のような物ではない漆黒に否応無く背中へ走る悪寒を嫌というほど感じた。
「っ―――」
 亀裂が拡大するほど、先刻と同じ嫌な気を間近に感じるようになる。

<<何者だ。ワレの眠りを妨げるものは>>

 闇穴から声が響く。得体の知れぬ声の主は怒りを抑える様なあくまで静かな声音だった。その態度に貫禄が窺える。
 涼しい顔のままフィニクスは釈然と顔を上げ、闇穴を見つめた。
「我、秩序と調和を護る者。
      汝の力添え戴きたく・・・
 冥府まで侵害せし忌まわしき混沌を払いし力、我に与えよ」
 重い、永遠とも思われる静寂の時間が流れた。しかしそれは空気的に感じたもので、実際には1分と時は経ていなかったのだが。
 素性の知れない闇穴の主は低く笑声を零した。よかろう、と声が響く。

<<我が闇より来たりし力――存分に抗え>>

 突如、壊れ物の割れるようなパリンという衝撃音が闇穴から響き、抑えられていた力が滲むように這い出てくるのが肌で感じ取れた。高音が耳を劈き、黒雲が次々と湧き出、拡散し、地に舞い降りる。
 黒雲が模ったのはある人影だった。それも、嫌なほど見覚えのある。
 肌は黒いまま。だが瞳は血の様に紅く、ぎらつくその不気味な光に宿るはただただ、強く純粋な『狂気』。そして『殺気』。
「なっ――」
「どういう、ことですかこれっ――」
「まるで・・・」









「わたし―――!?」