Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第十二話 新たなる力 SHOT 10 〝成長と怯懦〟
只今真夜中。いや、丑の刻―――。
揺らぐ炎の照らし出す大樹には刻み付けられた傷が幾筋も―古いものから最近のものまで―入っている。その本数、360本。五つずつ区切られ、数を数えやすくしてある。
双剣を側に立てかけた女が一人、気に寄りかかり静かな寝息を立てている。倒木へ斜めに寄りかかった少女の顔には炎の光がちらついていた。少年は胡坐をかき、腕組して肩に寄りかけるように剣を抱えて眠っている。
森を撫でるが如く風が吹き、3人の髪を靡かせていった。
静寂を破ったのは遠方から響く刃物のような音だった。鋭敏な音はいつしかすぐ付近に来ているが誰も起きない。足早に迫る死の刻。それに眠ったまま迎えられるか。そう思った刹那―――。
閃光が走り、急に音が止む。瞬間的に吹いたやや強風が女の髪を吹いた。
矢のような物が安らかに眠る少女に迫る。少女は呑気にも、寝返りを打っている。しかし。
駿足に飛ぶ矢は次の瞬間、跡形も無く胡散霧消した。代わりに矢のあった所には相応の水が霧雨のように散り、辺りの若木に降りかかる。水は涼やかな空気をもたらし、森には再び静寂が訪れた。
暫く経ち、草葉の陰に人影が音無く現れる。人影3人は一斉に武器を振るった。揺らぐ炎は一瞬の間にかき消えた。
時を同じくして人影3人は出現と同じく、音無く崩れ空気に溶けた。それぞれの胸には赤く光る刃。
それきり森は再びの静寂に包まれた。
「皆様、360日の〝鍛錬の儀〟お疲れ様でした~」
「・・・・・・」
6時間しか経ってないと白魔導士は微笑んで言った。指導役は何食わぬ顔で次元の狭間から出てきているが(ヴィル、ミュレア、リトゥスを除き)、生徒役(?)の仲間達は無言で彼女を見ている。ある者は疲労で倒れそうな目、ある者は死んだ魚のような目、ある者は怨嗟渦巻く色を宿した目・・・。
「あの、ちょっといいデスカ」
「はいなんでしょう?」
「疲労混培と睡眠不足で死にます!!!」
「その位で死んでたら16夜の最終日はあなたが真っ先に死んでいます」
死んだ魚のような目だったジェッズが声を上げたが、変わらぬ声の調子である白魔導士の真っ直ぐな反撃に撃沈した。
目は愚か、身体全体がよろけ爺様化したシュヴェロが瞳を煌かせながら息も絶え絶えにミュレアの元へ向かう。
「うう・・・約一年ぶりのミュレアちゃんや・・・。もう死ぬかと思うてん、わいがんばったんやでぇ?」
間を置かずヴィングの手刀による制裁。倒れたシュヴェロを見、「お前、老けたか?」と顎に手をやり、昏睡状態へ追いやった張本人は首をかしげた。
「こっちだって大変だったんだぞ」
「聖護ったら、あの程度のことでみっともない・・・」
嫌な目つきで聖護を見る白魔導士は今、その視線で精神的に人を瞬殺することが簡単にできると思う。顔全体は苦笑いなのに目が笑ってない。冷線すぎる。
「ん?なんかあったのか?」
「祐希の魔力を開放した」
大袈裟に息をついて聖護は言い捨てる。そういえば、とヴィルは思い至る。
「こいつだけ修行参加してなかったよな?」
「まぁ・・・な。こいつ結構ヘタレだったんだよ。戦闘とかぶっつけで無理だったし、俺がしごいた」
「正確に言えば、彼の元の魔力は結構水準が高かったので。後はその開放と、精神の成長が必要だったんです」
二人の横には確かに祐希がいる。仕事が終わった後の30代後半の疲れ切ったオッサンみたいな顔した奴が。
お前も老けたな~、と隣で爆笑しながら自分の丸く曲がった(尚正確に言えば畑仕事をする80代のお爺さんみたいな)背中を激しく叩くヴィルを横目でねめつけ、祐希は低く獣のように唸った。
「おう。ところでフェルド。・・・ヘタレって何だ?」
「俺も知らない言葉だが。聖護達の世界の人種か何かか?」
「なーるー!」
「そこ!お喋りしている暇はありませんよ。ちゃっちゃと聖星に飛びましょう」
白魔導士に注意された二人がだんまりになると、彼女は勢いづいて言った。しかし、飛ぶと突然言われたって全員がクロウ族、ヴィエル族(あるいはナイトメア)なわけではあるまいし、飛べるわけがない。
ましてや翼があったとて、そこまで自力に飛んでいくなど不可能である。
「あの・・・白魔導士さん」
「何か用ですか?アルスさん」
「子供達も居ることだし、久しぶりの再開ですし(あなた達には6時間きりでしょうが)少し休んでから考えることにしませんか。疲れていては良い案も浮かばないと言うものでしょう?」
「確かに・・・」
「おう。そうしてやろーぜ」
白魔導士の返事より先にヴィルが賛同の声をあげる。その瞬間、双子の天使族二人の顔が喜びに輝いた。
安堵の溜息をつくジェッズ。女の鴉族同士、色々語り合うリトゥスとフィニクス。早速ミュレアの元へ走る聖護とシュヴェロの首根っこを掴み、彼女の取り合いにならぬよう静止するヴィング・・・。
思い思いに行動する仲間達を遠目に見遣り、やっぱり大勢が楽しい。ヴィルは知らずと笑顔になっていた。
「ん・・・?」
最中、ヴィルはミュレアの姿がいつの間にかないことに気付いた。やがて遠方に銀髪の後姿がちらつく。
一体一人で何処へ行くつもりなのか。不思議に思い、ヴィルは声もかけず、徒歩で遠ざかる一人の仲間の後姿を追い駆けた。
「ミュレア!」
「あ・・・ヴィル」
「何処行くんだ?」
「別に何処ってわけでも無いけど・・・。前に氷竜と契約を交わしたのを思い出して」
手の中にあるもの。初めて出会った時は確かにしていなかった、再会した時から肌身離さずつけていた――あのイヤリングが、輝いていた。澄んだ透明は清い水のように向こう側を美しく透かす。
「けーやく?」
「うん。わたしが呼び出すとすぐ来てくれるんだよ。試してみる?今、彼の力が必要だと思うの」
悪戯っ子のように笑う。空を見上げ、ミュレアは目を瞑った。
「・・・んなことはどーでもいい」
「えっ?」
「俺が本当に聞きたかったのは―――」
華奢な肩を引き、ミュレアを自分の正面に向かせる。咄嗟のことに彼女は呆然としている。
それでもこれだけは納得いかない。
「お前、何でさっきから俺の『目』を見ねぇんだ?」
「っ!!」
突風が吹き、目の前の少女の顔から血の気が引くのが見えた。何かに怯えるように、それでも逃げることを許さない視線でミュレアの視線を捕らえる。
・・・その時。
「ヴィルッ、危ないッ!!」
凄まじい殺気と悪寒が冷たい汗となって背中を伝った。

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