Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第八話 戦いの終わり    SHOT 2 〝逃亡〟



 天使族特有の、銀糸のようなさらさらとした液体が翼を濡らす。きらきらとして、それでも澄んだ水のようで。決して滑つきもべた付きも何もなく、まるでせせらぎのようなそれはしかし確実に手負いの天使の大量な出血だった。
 傷口が燃えるよう。反射的に出した翼は体をかろうじて保護したものの、餌食になってしばらく使い物にはならないであろう位に深く重傷を負い、本体が傷ついていなくても出血の量でテフィルは意識が朦朧としていた。今すぐにも倒れそうだったが膝を着いたまま前後に頼りなく揺れていた。鋭い痛みに目を瞑り、はっとして再び開くと辛うじて竜の兄弟を足止めしている妹と義姉の姿が見えた。後1分も持たないだろう。

   僕のせいで・・・

 その時、地響きが起きてテフィルはうつ伏せに倒れ掛かった。レフィーナがそれを支えに来る。敵から攻撃が来てしまう、と恐慌状態に陥ったテフィルだったが敵側も地響きに体勢を崩し、それ所ではないようだった。

「チッ、あいつ自分で振り分けておきながら殺られたか・・・」
「何!? 何なの!?」
 カイズの舌打ち。レフィーナのパニック。冷静にもカテーナは自分の推測を口にした。

「この空間魔法、術者はあの道化師だったよね。たぶんあいつの身に何かあったんだよ」
「じゃあ、誰か勝ったの?」
 うん、とカテーナは体勢を崩さないようにしながら微かに頷いた。地響きが次第に強く、大きくなっていくうちに廃村だった辺りの情景が王城とタブって見えてきていた。確かに空間は崩壊しつつあるようで、辺りのその状態がカテーナの憶測を証明付けていた。
 レフィーナに抱き起こされながら、テフィルは痛みに呻き荒い息をつきながらそれに耐えていた。

「皆、無事、か、な・・・」
「テフィルそれこっちの台詞だから」
 鎖で敵との間に急ごしらえの壁を作りながらカテーナは近づき言った。戦闘中だったのだろう、呆気にとられながらも現れゆく他の仲間達の姿も次第に見え始めていた。リトゥスの横には血だらけ、傷だらけのヴィルの姿が見えた。一体、何があったのか。
 その時、突如爆音がしたかと思うと複数人が王城の爆発で吹っ飛んだ扉からそれと同じように吹っ飛んでいくのが見え、一同はぎょっとして身構えた。
 再びの爆音と共にそこから吹っ飛び出てきたのは―――。

「「「ミュレア!!?」」」
「けっほ、けほっ。よい・・・しょ、と! ・・・あ。みんな~~~!」
 こんな時に明るく手を振り走ってくる。彼女にしては不謹慎もいいところである。そんな彼女が突如横から突進してきた『モノ』によって地面に突き倒された。驚いて上半身を起こす。
 すると。

「良かった~! 無事だったかぁ! 俺本当お前がいなくなってどうしようかと思ってたんだよ~っ」
「あははは! ヴィルくすぐったいってば! てか重い!」
 突進してきたのは他でもないヴィルだった。明るくけらけらと笑うミュレア。何か吹っ切れたようだった。擦り寄るヴィルの頭を撫でる様はまるで子犬を相手にしているようだった。もしヴィルが犬族だったら尻尾を千切れんばかりに振っていたに違いない。
 しかしその子犬のヴィルはこれまた横から来た『何者か』に跳び蹴りを喰らい3、4M向こうまで吹っ飛んだ。

「てぇんめぇ!!! 何嫁入り前の純粋な女子に擦り寄ってくれてんだ変態最低野郎 !!!!!」
「何すんだてめェ!! てかてめェ誰だ!!!」
「そいつの義姉だよばーか!!!」
 男勝りな女性の言葉に、思わずヴィルは言葉を失う。混乱した事態にミュレアが仲裁に入る。

「待って待って。ヴィング、彼が〝雷獅子〟ね」
「何ィ!? 人前だってのも気にせず女に飛びつくようなこの変態下衆野郎がか!?」
「誤解招くからその言い方やめ!」
「ちょおっと待ぁったああ!!」
 慌ててヴィングを押さえたミュレアたちの話の腰を折ったのは読者の方々もすっかりお忘れになり・・・かけていた敵陣からの声だった。振り向くとそこには可笑しな道化師顔の男性が。訝しげに尋ねる。

「・・・・・・誰?」
「ん? 役立たずよ、まだ生きておったのか?」
 冷たい視線を浴びせかけ、ジアンタングイスが浮遊しながら言う。それは当たり前だろう、折角の獲物を逃す機会を与えてしまったのだから。ぎくりと身を強張らせ、ケフカは引きつった笑いを浮かべた。

「・・・ご、ごめんごめん。ちょっとふいを突かれちゃってさぁ。でもショックでしばらく空間魔法使えないわ」
「・・・は?」
「じゃあここで大乱闘か?」
 にやり、とカイズが怪しく笑う。その時、ミュレアは初めて気づく。その場に立ち込める、夥しい程の血の匂いを。そして鈍っている仲間達の体の怪我を。息を呑み、隣の少年や遠くの天使族の少年を見る。

「ヴィル、その怪我・・・。それに、テフィル!? その血の量、危険! 今すぐ治療しなきゃ!」
「じゃ、一旦・・・」
 悪戯っぽくヴィルがにっと笑った。

「逃げっか!!」
「・・・え」
「―――【フェネクスの唄】」
 呟きと共に抜いていたフィニクスの妖刀が影のようになり、唄のようなものがどこからともなく流れ出す。薄い黒い霧のようなものが味方を包む。すると敵から驚きの声が漏れた。

「っ!? 消えた!?」
「いや、まだいるぞ。魔力を感じる、探せ!!」
「凄い・・・。今の、フィニクスさんが?」
 妖刀を持ったままの術者である少女にレフィーナが訊く。無言のまま、少女は頷いた。近づいてきたミュレアは、隣の黒髪の女性と共にヴィルを背負っていた。急ぎフェルドが駆けつけ、それを肩持ちする。
 困惑したようなミュレアがヴィルの顔色の悪い顔を覗きこみながら言った。

「フィニクスさんがこの術使ったら倒れちゃって・・・。多分安心したんだと思うけど。傷は深くないけど多いから、結構血を出しちゃってるみたい・・・。でもどうしよ、ここから早く離れないと」
「私に任せな」
 不敵に笑い、ヴィングが言った。そういえば彼女の魔術は未だ不明だ。しかしさっき、本人は〝大空の孤児〟と言っていた――。ミュレアがそう考えているうちに、ヴィングは拾った木の棒で複雑な魔方陣をすらすらと地面に書いてゆく。まるで手馴れているようだ。よし、とヴィングはその円の中心に立つ。


「我、大空の孤児。
  古き竜よ、空を統べる古えの戦士の呼びかけに応えよ。
   大いなる空の使いよ。汝の導きにより、我ら光の戦士達は救われん!!!」


 突風が巻き起こり、空に戦士達が舞った。みるみるうち敵陣と王城は遠ざかり――。
彼らが飛ばされたのは遠い森。未知の、何があるかも判らない無人地帯の真っ只中だった。



                                     ――第三章 〝闇に魅入られし魔導士達〟 完