Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十話 海底の大神殿   SHOT 2 〝ガキ〟



 鉛色の海に飛び込んだはずだった。だが結構中に落ちてみると意外と青い。・・・が、今はそんな悠長なことを考えている場合ではなかった。何しろ、ヴィルは泳げない。すでに視界には闇が侵食しつつある。

ゴボッ・・・

 脱力した口から数千個の泡が融合し、分裂し、再び融合するのを繰り返しながら若干明るい水面に向かい上昇していく。同じほうへ向かおうと闇雲に手を振り回しもがくが気持ちとは裏腹に身体は沈んでいった。

〝―――――ゥ〟

〝――ヴィル!!〟

 声。閉じかけた瞼をヴィルは今一度持ち上げた。既に頭の中では火花がパチパチと弾け、散っている。黒い人影が遠くに見える。それは物凄いスピードで向かってくると、ヴィルの周りを一周回った。
 途端ヴィルの意識が現実へと戻された。訳が判らないままヴィルは自分の体のあちこちを眺め、あることに気付く。

『俺息してる!?』
「うん、そうだよ」
 泡の出る音に続いて背後から声が聞こえた。そこにはミュレアがいた。ただ、自分の体は泡で包まれているのだがミュレアの体に泡は無かった。でも彼女はまるで息をしているかのように涼しげな顔だ。

「うん。わたし、してるもの」
『はへぇ??』
 驚きすぎて素っ頓狂な声を上げてしまう。心を読まれた上に海中――いや、水中で息をしているとはどういうことか。何気なく見たミュレアの身体にヴィルは文字通り顎を外しかけた。
 ミュレアの下半身は尾ひれになっていた。

「びっくりした? わたし、人魚なの」
『でぇえーーーーっ!?』
「うっそー」
 鈴のようにころころと笑ってミュレアはくるくると上下に回った。尾ひれが海流の動きにあわせ、まるで地上で風に煽られているかのようにはためいた。マントも全く同じ動きをする。銀の髪はキラキラと煌き、銀紅の瞳はくるくると良く回る。尾ひれの鱗が虹色に煌き、艶やかな光を発していた。

「水の神霊と水属性の妖精族、こういう姿になっちゃうんだよ。行こ! 皆いるよ!」
『皆無事か?』
「当然! わたしと、あとひとりいるからね♪」
 あと一人? と首を傾げると楽しそうにミュレアはうん、と本日3度目になる動きをした。

『おーいヴィル! おー、嬢ちゃん! ちゃんと合流できたんだな!』
「もう。その、〝嬢ちゃん〟っていうのやめてください~」
『フェルドお前もういいのか?』
 ああ、大分楽になった。と頷いてみせるフェルドを中心にヴィルは辺りの人々を見た。・・・と、ヴィルはそこですぐさまミュレアがさっき言っていた〝もうひとり〟を発見する。

『カテーナお前、水属性の妖精族だったのかー!』
         バシカリキ
「うん。あたしは解鍵の妖精族なんだけどこれが結構特殊で・・・。だからこの姿なの」
 くるりと左回りをしてみせ、カテーナは柔らかく楽しそうに笑んだ。見れば彼女の服は濡れていないようだった。ミュレアの服も。ヴィルの服も実際濡れていなかった。不思議そうに服に触れながら「で、どっち行くんだ?」と首を捻った。

『とりあえず、下へ。』
「海底だもんね~」
『待って。水圧でわたしたち潰れない?・・・わよね?』
 恐る恐るリトゥスが誰にとも無く言った。確かに、あるかないかも判らない物を探しに行ったら水圧で潰れて全員死んじゃいました☆・・・なんてオチはつけてほしくない。

『大丈夫です。こういうのには魔力が入ってますから、水圧なんてメじゃないです』
『万が一、泡が破けても俺の結界で2時間はもつ。・・・泡が破れるって状態的、それまで海面上まで戻れるかが愚問なんだけどな』
「・・・というわけ。安心、してね?」
 やんわりとミュレアが微笑む。理解し、皆が海底に向かい進み始める。
 ふと何かに気付いたようにアルスが声を上げた。どうした、とフェルドが振り返る。気まずそうにアルスは口を開いた。
『あの、偵察に行ってた時の事を報告し忘れてました・・・』

  ―*―

『成程、最終夜になる前に倒せばいいわけだ』
 先刻より全然ましな顔色になったフェルドは話を纏めた。そして、聞いた。
『今日で何日目だ?』
『〝聖月夜〟の3日間が終わって今日で2日目だ』
『ていうことはあと11日しかないんだ・・・』
 少し沈んだ調子でテフィルが言った。こんなに小さく幼き子だ、当然だろう。回りの大人達からしたらこういうふとした瞬間に「ああ、彼らを巻き込まなければ良かった」と後悔するのだ。
 戦争。当然ながら危険極まりない。常識ある人であれば罪悪感を感じるのは当然だった。

『いたたまれねぇなぁ、ガキを巻き込んじまうとはよ・・・』
『ガキ共も俺が守るよ』
『俺から見たら・・・お前も、ガキさ』
 強気で言い張ったヴィルに静かな口調でジェッズは言い返した。そこにヴィングも流れてくる。ヴィングは不敵な笑みを浮かべ、ジェッズの肩に自分の手を置いてこう言った。



『私からみりゃあ、あんたもガキだよ』