Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十二話 新たなる力   SHOT 5  〝生命の輪廻〟



 覚醒してすぐ、ヴィングはフェルドを呼び出した。訝るシュヴェロとフェルドだったが何故か一番幼いテフィルが一番空気を読み、何やら遠くのほうで傷ついた花を治癒させ、練習に取り組んでいた。恐らくあの花は先刻ヴィングが話した、『共同作業』とかいうもので育成されたものだろう。シュヴェロの手の中にミュレアの作った水の結晶――クリスタルが曇り空より染み出てきた光を柔らかく反射した。
「お前もほら、やってこい。テフィルに抜かされっぞー」
 それだけはあらへん、とぼやきつつシュヴェロは作業に取り掛かる。声が聞こえない程度にシュヴェロが遠ざかると、ヴィングは溜息をつき、フェルドを見遣った。
「お前には知っとく権利があらあな」
「何のことだ?」
 振り返り、フェルドの右肩甲骨のある位置を正面から指差す。その位置は丁度フェルドの魔方陣のある場所に当たる。
「召喚獣――だよ。16番目の飛竜、シサンタルバハムート・・・」
 驚きに目を丸くするフェルド。あの時誰も起きてはいなかったはずだ、だから知っているはずが無いと息を呑む。―実際彼が気付いていなかっただけでヴィングはこっそり起きていたのだが―陸地に着いたときは適当に助かったなとだけ言って誤魔化した。疑念の視線をライシェルがあからさまに向けていたが構いはしなかった。
 だがフェルドの懸念した点はそこではなかった。
 竜族の一部のみにしか知られていない16番目の飛竜―― その存在を何故竜族でもない、神霊族のヴィングが知っていたのかということ。それだけだった。
「ヴィングっ、おま、」
「少し不思議な話をしようか・・・。前回の・・・〝雷獅子〟たちの戦いのときの話だ」
 いきなり何を、と訝しげに目を眇める。雷獅子の話、つまりは七億年も前の話のことである。噂で聞いた話さ、とヴィングは小さく肩を竦めて微笑した。その笑みは少し自虐的な色を浮かべていたような気がした。
 どうしてそんな顔を・・・・・・。
「ある竜族の戦士がな、戦いの中に居たんだ。宿敵を倒して世界に平和を取り戻した後・・・。ある事件の中で、その戦士は死に掛けた。――いや、死んだらしい」
「死んだって・・・」
 本当にその戦士が死んだなら話はそこで終わり。語られる話だって無い筈だ・・・
 そう思考を巡らせていると、ヴィングが出来たての川に向かって石を投げた。飛沫を上げ、それは瞬時に川底へと沈む。視線を外さず、人の命なんてあんなもんだと呟く。
「オルペウスの琴・・・って、知ってるか?」
「死者を生の世界に繋ぎ留める慈悲の音色というやつか」
「あぁ。戦士は運が良くか悪くか〝冥府の大河〟ステュクスでオルペウスの琴を弾く女神を見てしまった。戦士は生の世界に未練なんてさらさら無かったからな。女神はちょっと笑ってこう言ったらしい。『星にはあなたが必要だ、この水を飲んでほしい』ってな・・・。冗談じゃないと思っただんだとよ。まぁそいつに唯一心残りがあったとすりゃあ、知り合いに黙って一人で死んだことくらいだった」
「星に必要・・・?」
 皮肉げに笑い、ヴィングはフェルドに背を向けて呟いた。言わなかったか? 戦士は、星を守る駒に過ぎないのさ――と。そして、死んだところで魂の浄化と治癒には七億年という永い時間が必要な上に終了も束の間、また戦いへと駆り出されるのだ・・・と。
 星に還った生命は星の肥やしとなる。魂は徐々に拡散してゆきながら魔力に手を貸す。しかし星の戦士の魂は拡散されること無く『個』として存在し続け、永遠とも思われる永い時を経て忘却とともに星から離脱する。
 本来『死』とは当然人が恐れるものでありながら世界で最も優しい安息でもある。残酷な優しさ・・・。それに最も永く囚われる戦士たちは最も『死』と『星』に愛される、優しい愛という名の呪われた奴隷なのだ・・・。
 今更ながら気づかされた事実に愕然とする。
「それは、いつから・・・っ」
「あ? あぁ・・・。人類が存在し始めた最初の戦いのときから、だな。人類の生まれた年くらい知ってんだろ?」
「700億、年――っ」
 まるでフェルドの思考回路を知っているかのようにヴィングは瞬時に返答する。
 人類は神より生誕した。だから神の生命の力の余韻として魔力を持ち、扱っている。それは神の贈った唯一の贈り物とされている。その時は種族などは無く皆純粋な魔術師、魔導士だったという。やがて魔導士と竜の間に子供が出来て竜族が誕生したように他の種族も増えていったという。
 精霊族や天使族は別で神々と同じくらいの時期に生まれたと言い伝えられているが、神霊は神の子孫とも魔力の高い魔導士が死に際に神より自分の持つ魔術をつかさどることを使命として与えられるときもあったらしい。
「――まさか」
「ああそのまさかだ。聖者には蘇生の水、邪者には永遠と組成も望めない毒の水を女神に飲まされた竜族はめでたく生き返った、ってわけさ。神に神霊になることを使命付けられ、女神レデの力で銀の瞳に変えられて、な・・・」
「それと、おまえに何の関係が――」
「案外鈍いやつだな、おまえ」
 振り返り、ヴィングはフェルドに自分の顔がよく見えるよう彼の顎に指を添えて顔を上向かせた。
「それが私だ、ってんだよ」
「!!」
 背筋が凍るような感覚があった。7億もの時を一人生きてきた神霊。前回のときにも戦いに出ていた、記憶を無くす事がなかった神霊だ。
 ふっと悲しげな微笑をたたえ、ヴィングは顎に添えていた手を引く。
「でもな、大事なことはすぐ忘れちまいやがるんだ。こんな話、覚えて無くったって良い。でも仲間の顔とか大事な記憶はしょっちゅう捕まえらんねー水みたく抜けていきやがる。ライシェルのこともそうだ。昔の仲間なんて声すら忘れかかってる・・・。銀の目になっても記憶を全部失わない代わりに大事な部分だけ抜けちまう。もうひとつ・・・」
「・・・っ」
「私は死ねない体になった。寿命では、な。戦って死ぬことは可能さ。でも仲間が年老いて死ぬ間際、みんな口をそろえて言うんだ。死ぬことだけは考えるな、ってな。まだチビだった頃暴走させた魔力も封じられてる。召喚獣もだ。」
 自虐気味な笑みを不意にすっと消すと、ヴィングはパンッと手をあわせた。

「さて、私の昔話はこんくらいとして。あー、長くて悪ィな。お前の両親と会ったときの話しをしようか」


え・・・。