Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第十四話 邪なる侵食 SHOT 1 〝あなたの手で〟
早朝から銀月輝く今夜ももう明けようとしている。まどろみの中でヴィルは微かな光を瞼に感じていた。それは今にも、満ちる色が銀から金に変わりゆく世界の兆しだった。
光の変化の中に焦燥は感じる。だが今背中に感じているぬくもりはそばにいるだけで自分の力を湧きたててくれる。
それを感じて安心している。背中に感じる体温――ミュレアだけではない、他の仲間の存在もヴィルにとっては唯一無二の自分の心の支えとなっていた。誰一人欠けることなく進みたいと願っている。
だがヴィルは最近薄々感づいてきていた。自分が抱く感情。それが仲間達とその中の一人とは何か違うのだ。
自分の中に居るミュレアという存在。自分にとっては仲間だ。それなのに何処か別のところで何かが疼いていた。その正体が見えない。この感情は一体何なのだろうか。
今まで異性という生物には仲間という感情どころか親しみを感じたことが無かった。それでも今は男女の区別なく同じ感情を持っている。だがミュレアは違う。明確には判らないがもっと深いところで変なものが蠢いていた。
「・・・んー」
唸りを漏らして目を閉じたまま少し体勢を変える。すると背後の体温と少しの重みが遠慮がちにすっと消えた。不審に思いぼんやりする意識の中でその方向を見遣る。ミュレアの銀髪が木陰に消えたところだった。
一瞬待って戻ってこないところを見るとヴィルは密かにミュレアを追った。何となく追わねばならない気がした。
2,3分ほど歩いただろうか。川縁に座り込んだ姿が見え、声を発しかけて彼女の不審な行動に気付く。ミュレアは恐る恐るといった風に自らの銀糸の髪を持ち上げ、首を左に捻った。方向的には丁度死角でヴィルからはよく見えない位置。
声をかけるタイミングを完全に失ったヴィルは気配に気付いて近くの木陰に身を潜めた。そして僅かに顔を覗かせる。
なんで、あいつが・・・?
「ミュレア」
「っ!」
慌てたようにと言うよりは怯えたようにミュレアが振り返った相手はエルディアだった。人の気配にでも気付いてつけて来たのだろうか?しかし此方を向かないことを見れば自分は見られていなかったのだろう。エルディアは比較的離れたところで眠っていた。
「随分と早起きで」
「ええ・・・目がさえてしまって」
衣服の裾を払い、立ち上がる。言葉を放ち、さり気無くエルディアから視線を逸らす。だが勘の良いエルディアなら、ましてや一連の行動を目撃していたならその不自然さに気付いただろう。
「率直に聞きましょう。何を隠している?」
「な、なんのこと・・・」
「・・・今更隠そうと無駄です」
川の方へ身体を向けたミュレアの右肩を強く掴み、強引に自分の方へ向けた。痛そうな顔が一瞬ちらりと見えたことからすると相当な力だっただろう。
「話しなさい」
「・・・いや!わたし何も隠してない!」
「貴女の隠し事は彼らに危害を及ぼすものでしょう!」
「!!ちがっ・・・!!」
途端振り向くとミュレアは頭を抱えた。不意に見えた顔は絶望の色を宿していた。そのまま彼女は場にしゃがみ込む。
遠目でも判るくらい震えている。金の斜陽が当たっているにも拘らずミュレアの顔色は病人のように青白かった。
「何時からですか。その〝刻印〟」
「・・・」
「進度によっては貴女が今最も危険だ。一年修行のことは聞きました。しかし術者からは離れていてその間進行していないでしょうが今は同じ次元にいる。相手の魔力の大きさによっては――」
「かけたのは現王よ」
目を見開いてエルディアが硬直する。エルディアはまだ僅か王を信じていると言っていた。確かに驚くのも無理は無い。
「あなたと初めて会った日」
「もう4日・・・?」
「それもあの人の力は日に日に増している。最終日、わたしが自我を保っていられるかわからない」
「な――」
切羽詰った様子の声がはっきりと聞こえてくる。ヴィルは木陰に全身を隠して声だけに神経を集中させていた。
つまり最後の日までにミュレアの中の侵食は増幅していく。蝕む闇に何時自分が呑まれるかわからないとあの日からミュレアは独り恐怖に震えていたのだ。
「これを消す方法なんて無い・・・!」
「探せばまだあるはずでは」
「あなたもわかってるでしょ!?もうそんな時間は無いの、それだったらむしろ今日から向かっていくくらいしか出来ない」
「しかし――」
流石の事態にエルディアの言動にも焦りが滲んでいる。放って置けば最悪の事態・・・ミュレアは独り自殺までもしかねなかった。しかし確かミュレアの身体は亡骸となっても利用される可能性がある。
「自殺でもあの人に属する人に殺されるのでも死後利用される・・・!」
「ミュレア、落ち着――」
「でも光の戦士なら!お願い!わたしが闇に呑まれるその時が来てしまったら・・・
あなたの手で、わたしを殺して―――!」
時の流れの何と残酷なことか。
人の貪欲な感情の何と哀れなことか。
朝焼けは全てを包んだ。恐ろしいほどに残酷なほど、美しく、切なく。
まるで真紅の血のように。
運命に抗えぬ無力な少女を嘲るように。勝ち誇りうたうように。
誰が狂う歯車を予期しただろう。
一人の少女の命運を掻き回した神の何と無慈悲なことか――。

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