Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第五話    忘却の美香    SHOT 5 〝白狼〟



死の矢が向かってくる。それを間近に感じて、ミュレアは瞳を閉じた。
しかし死を、自分の体が感じとる事はなかった。焼けるように熱く、氷のごとく冷たい矢を体が知る事はなかった。ガンッ!! という鋭い金属音は自分を貫いた音ではなかった。
「・・・ぇ」
恐る恐るミュレアは瞳を開く。瞬間自分の頬にびちゃ、と生暖かい液体が付着する感触があった。
何?
血液は白かったはずの砂浜のあたり一面をすっかり赤く染めて、その上につい今さっき折られたばかりの―いや砕かれたと言うべきか― 矢が転がっていた。
背後でシュヴェロも言葉無くそこに座り込んだままだった。ミュレアは急にほっとして、矢を折った原因に飛びついた。
「わたしっ!」


安心感に満ちた声でそう言い、矢を折った生物に飛びついたミュレアをシュヴェロは呆然と穴の開くほど見つめていた。
ミュレアの抱きついている生き物は白く、艶やかであり強靭でもあり、そして何より優雅だった。体長は彼女よりも遥かに大きい。2、3Mくらいだろうか。綿毛のような首の周りの体毛、彼女の身体の各部の中で優雅さを最も象徴する白き尾。どうやら巨大な狼のようだ。
待てよ? 命を救ってくれた、この未知の生物にミュレアはなんと言って抱きついた?
そう、「わたし」と―――。

『そこのおまえ』
「は、はいっ!?」
不意を突かれてシュヴェロは背筋を伸ばす。しかし声の出所がわからない。辺りを見回すがヴィルたちもまだ状況をよく飲み込めていない顔をしているし・・・。視線を戻すと白い巨大な狼と目が合った。
ついて来い、とでも言いたげに鼻面を上げる。
狼は血溜まりに鼻面を向けている。その中心には禍々しい魔力が消え去った後の巨大なあの矢があった。

『これには強大な念が込もっていたようだな。魔力も強かったし、何より――見ろ。魔力の跳ね返り方を。術者への影響はこれを見るに、半端なものじゃない。しばらくは手出しをしてくることはないだろう』
「は、はぁ・・・。え・・・っとでも、それじゃあんたも反動、とか受けたんじゃあ・・・?」
『私位になれば、たかが念の込もった矢。魔力を多少は浪費するがたいした相手ではない。おまえは死ぬぞ』
訝しげに矢の方を伺っていたシュヴェロを見、白狼は冷たく言った。矢に触れようと手を伸ばしていたシュヴェロはあからさまにビクッとしてその手をすぐさま引っ込めた。

「ハクル・・・」
唐突に後ろから声がして、シュヴェロは振り返った。そこにいたのは白いマントの確か名前がアルスという少年だった。不可解な顔のまま首をかしげているシュヴェロに目を丸くし、アルスは彼と白い狼を交互に見比べた。
 ハクル
「白狼を知らないんですか!? 強力な魔力を持った魔導士が記憶などを残す代わりに自分の姿を変える魔術ですよ! とても古い魔術で、使い方を知っている人もこの世界に指折り出来るほど・・・。しかしこれは自分で解こうとして解けるものではないし、かけたものは歳をとることが出来なくなるとか・・・」
『・・・そうだな。当時は21歳で、私はおまえ達の生まれる40年前くらいから生きている』
「40!!? じゃあ今61!!? おまえすげーばーさんじゃん !!」
近づいてきたヴィルの第一声はそれだった。白狼の後ろ蹴りが見事顔面に H I T ☆したのは言うまでもない。
白狼は口から言葉を発するのではなく、頭の中に響くような声――テレパシーで喋っていた。

『失礼な奴だ。年はとらないのだというのに・・・。今にお前が高齢者だ』
「生まれつきよ、生まれつき・・・」
諦めたように黒髪の美人鴉族、リトゥスが溜息をついた。

『そして白狼になって会得する能力は〝憑依能力〟だった』
「ヒョーイ?」
「憑依能力。乗り移るようなことだ。そうだな、例えば幽霊がとり憑くような感じか」
「フェルド、そんな説明の仕方だとヴィルの二の舞になるわよ」
まるで今すぐ彼へ向けて後ろ蹴りが飛んでくるのではないかという風にリトゥスはさりげなく二人のそばから離れた。
完全に無視することを決め込んだようで白狼は沈黙を守っていた。ミュレアはヴィルに気づくと、早々に白狼の後ろへ姿を隠した。

『そして私は・・・この子の父親の性格を知っていたからいち早く彼女の中に入り込んだ』
「成程。だから時折性格が変わった。あれはあんただったって事か」
シュヴェロが言う。白狼は頷く。だがな、と首を振った。
『この子は私が銀紅の瞳を持っていたと思っていたらしい。しかし、見ろ』
白狼は首を上げ、周りの人間に自分の目を見やすいようにした。確かに彼女の言うとおり、本人の目は赤とは程遠い、金色っぽい翠だった。
確かに、とフェルドも頷く。
       ハクル
「俺も少しは白狼の知識をかじっているから知っている。確かに力は少し向上するにはするがそれは極少量であって瞳の色を変えるほどのものじゃない」
「じゃあおめー、元から銀紅の目なのか?」
若干怯えた表情でミュレアは周囲の人物を見渡し、うつむいた。顔を上げると銀翠の瞳が変色して銀紅になった。
5人にどよめきが起こる。




『お前達と共にあの者と戦うために私は正体を明かした。
     ――もう少し、お前達は知っておくべきだろう・・・私のことを』