Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第九話 白き衣纏いし者   SHOT 3 〝女将と魔法円〟



 店員の言葉に全員が、息を呑んだ。
 彼女は知っている。自分達が普通の者ではないことを。自分達の、正体を―――。

「へっ、あれれ? あ、やぁだ! だからって突き出したりとかそんな邪道な事はしませんよ!?」
 硬直した彼らに驚いたように店員は笑った。冗談キツいだろう・・・とシュヴェロとジェッズは力を抜いたが、他はまだ警戒を解く気配が無かった。その様子を気に止める様子もなく「お茶入れてきますね~」と笑みながら襖の向こうへ引っ込んでいった。

「・・・どう思う」
「どうって・・・どうとも」
「あっ!」
 正直な話、ロクに話した事もないフェルドとミュレアが会話していると襖の向こうでそんな声が聞こえた。そろ~り、という効果音が付きそうな動きで彼女は顔を出した。少々気まずいのか、こちらからは顔は半分しか確認できない。

「私店員兼女将(おかみ)ですからお客様以外はいないので・・・。変に気は使わないでくださいね。あと遠慮せずこき使ってください。では、お邪魔しました~・・・」
「変な子・・・」
 店員兼女将が去った直後リトゥスが言った。

 多少の時間が経ち、床をトントンと叩く音がした。はぁい、と言ってカテーナが襖を開けた。
 しかしそこにいたのは店員兼女将ではなかった。

「・・・ん、部屋間違った・・・」
「誰!?」
 そこには黒髪の、タオルを肩から掛けた青年がいた。服装は青と紺の、先刻の女将に似ているがそれよりも男性風なのかラフだった。頭を掻きながら眠そうに無言で立ち去りかけた青年に「待って!」とミュレアが声を掛けた。

「せいご・・・!?」
「ん!? その声・・・!!」
「なんや? ミュレアちゃん、知り合いなんか?」
 振り向いた青年は視線だけを動かしてミュレアを発見すると目を凝らして彼女の顔を見た。そして唐突に勢い良く部屋に入ってきたかと思うと、ガッと彼女の肩を掴んだ。

「やっぱそうだ! そうだよな、お前ミュレアだ!」
「聖護、やっぱり貴方だったの!?」
「あれあれ? 随分と賑やかになってますねぇ。聖護さん、お知り合いですか?」
 いつの間に現れたか、女将が卓上にお茶を置きながら微笑ましげに言った。そのお茶は赤でなく緑だった。
 また異国のものか――ライシェルがそう思った矢先、聖護という青年がそれを見て「お、緑茶だ!」とはしゃぐ様に笑った。異国のものを知っているのならば本人も異国の者なのかと訝る。

「あー、まぁな。俺もう少し小さい頃のコイツの逃亡手助けしたからさ」
「うん。あの時はありがと」
 平然と笑うミュレアに、仲間達は目を丸くする。その横でまた女将と共に聖護が平然と「袴のサイズ、どうですかー?」「おう、ぴったりだ!」などと会話を交わしていた。

「あー、そこの人もう危ないですよね。治療って、しました?」
「え、ええ・・・」                        ヒーラー
「しかももう一人のほうは天使族ですか。同じ種族の回復術しか通用しないはずですね」
 女将は重傷二人の顔を交互に見比べると唸った。聖護も横で何だ何だと覗き込んでいたが二人の顔を見ると神妙な表情になって「酷ぇな・・・」と出血の量を改めて確認し眉をひそめた。

「でも回復の兆しが見えない、と・・・。では私にお任せあれ」
「へっ!?」
 女将は人を払い除けつつチョークのようなもので円を描き、その中に呪文を描いていった。複雑な模様をすらすらと書く様はさっきの陽気な女将のようには見えない。ド素人ではこんな複雑な魔方陣は描けないであろうそれを女将は歌うように複雑な呪文を唱えながら描いてゆく。複雑な上小さな声の呟きは聞き取れなかった。

「・・・何者だ?」
「―――――Deus ab Adoramus te.
De caelo quis utatur miles puer inter lucrum amplissimum Rareshi fulmine leo traducti sunt barathro.
Protegat te duo.
Duo agmina tandem servabit・・・」

 女将は詠唱しながらも自らの首から下がるマントの紐に手を掛けた。その行動に皆は硬直した。この世界でそれを外すことは最も恥ずべきことであり、そして同時に魔力を永久に失う行為でもあるからだ。

しかし―――――。

 桃色のマントが外れ、そこから露になったのは見違えるほどの純白のマントだったからだ。
 アルス――光の神霊の持つマントと同じ、純白に輝くマント。

       フェイク      
「さっきのは偽物だ。こっちが本物のこいつのマントだよ。


       ・・・・・なぁ? 女将。 いや、白魔導士」

 聖護の言葉に、全員が沈黙した。あの、白魔導士なのか・・・?
 その場に残った音は重傷人が時折無意識に呻く声と店員兼女将もとい白魔導士の呪文を唱える声のみだった。

「Cum redirent.
Water ferre rubentes ad agmen !!!!!」

 突風が吹き、白い光が二人を包み込んだ。目映い光に皆は目を瞑った。再び開いた目に映ったのは・・・
 二人が透明な薄青緑の球体の中に入り、宙に浮いている光景だった。周りには二つの輪が浮遊し球体を守るように回転している。球体にはよくよく見れば下で淡い光を発光する魔方陣に描かれていた呪文と同じものが細かに記載されていた。彼らは知らなかったが、それは今さっきまで白魔導士が唱えていた呪文だった。その他に、何かの図形や生物の絵も入っている。何とも不可思議な光景だった。
 ふぅ、と溜息をつき額の汗を拭うと白魔導士は立ち上がった。

「これで大丈夫っと。あ、魔法円には触らないでくださいね」
「まほうえん??」
「はい。魔法円というのは、魔方陣と違って自分で描かなければいけない上、複雑な創りでして。で、消されてしまうと術が無効になってしまうというめんど・・ちょっと小難しいものなんです。」
「あ、だから触っちゃいけないんだ」
 今絶対『面倒』って言おうとしたろ、と横で聖護が半ば呆れながら溜息をついた。

「本来、天使族の男の子はともかく雷獅子の子・・・ヴィルと言いましたか。彼は普通に治癒できたはずです」
「それがここまで傷が深くなってるって事は多分仲間の攻撃か何かを食らったんだろうな」
 白魔導士と聖護が球体を見上げつつ解説する。皆も習うように球体を見上げる。

リトゥスは一人、沈んだ顔でヴィルの顔を観ていた。