Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十話 海底の大神殿   SHOT 5 〝獄怪骸と鏡像の少年〟



 暗がりより姿を現すおぞましい存在。
 近づいてくるにつれ腐臭を強く感じる。瞳があったと思われたところは暗い奈落の底のような穴が開いていて、そこにぼうっと赤い光が不気味に灯っていた。左胸の心臓の位置にも二周りほど大きな同じ物がある。
 不気味な声を全開に開きっぱなしの口から発し、肉や筋が腐敗し赤焦げ茶に変色した不自然に長い腕を揺らながら獄怪骸がよろよろと前進する。その場にいた全員が否応無く悪寒を感じたことは間違いなかった。
 先刻、白魔導士は言った。これは『闇の魔導士の成れの果て』だと。元は敵でも自分達と同じ生物だったということを。
「どうしてこんな・・・!?」
 怯え、テフィルにしがみ付きながらレフィーナが涙目で言う。獄怪骸はぶるぶると不気味に肢体を震わせながら歩いてくる。全員が後退する。ミュレアが力なくその場にくずおれた。
                ツ
「いや・・・。あんな―――痛っ!」
「ミュレア・・・?」
「あれは自分よりも強い闇の魔導士に魂を売ったか奪われた者が敗北と言う名の死によって得る姿」
「生前で強かったほどその姿は屈強な人獣姿になる。魔術師ならば大体がああいう屍(グール)系の姿になるんだ」
「っ!?」
 白魔導士の説明を継いだフェルドは武器を出しながら冷や汗を一筋垂らして一歩前に出た。風の気が彼の周りを巡り、刃の様に鋭くなっているのを感じる。ヴィルもミュレアの肩に置いていた手をそっと離し立ち上がると剣を構えた。首を押さえ、痛みと格闘しているような顔でミュレアも立ち上がると杖を構える。
「大丈夫なのか?」
「うん・・・。ありがとう。それにね、ずっと此処にいたんだからきっとあの子も此処の住人だったんだよ」
「えっ」
 確かに、ここには誰も入れなかったのだからそれで100%間違いないだろう。見ず知らずでも身内を手に掛けるようなもので、ヴィルミュレアの心境を思い唇をかみ締めた。

「大丈夫。迷わないから」

 少し哀しそうにミュレアは微笑んだ。
「わかった。行くぞ!」
「うん!」
 心の片隅が訴える恐怖と共に獄怪骸を蹴散らす。フェルドが舞い、ヴィルが薙ぎ、ミュレアが浄化し跡形も無く消す。
 活路を開かれた後の数人は道を突き進む。シュヴェロが青ざめた顔のまま3人の姿を見、槍を構えた。
「シュヴェロさん!?」
「カワイ子ちゃんに戦わせといて進むんはなんや、気ィ引けるからなぁ。体調優れへんけど、わいもやるで」
「良い根性だな。付き合うぜ」
 横で立ち上がった獄怪骸を紅い槍で薙ぎ払い、ニッと笑ってヴィングがシュヴェロに背中を任せた。
 それに何処か勇気付けられ、シュヴェロは魔力を高める。深緑の魔方陣が現れ、辺りに木々が一瞬で生い茂った。幸いなことに此処には空気も水もある。木々の育つ条件は揃っているのだ。
「てめーら! 後始末はうちらに任せてさっさと行きな!」
 コォオ・・・
 風穴のような口から吐き出される腐ったような息。木々を獄怪骸に突き刺し、身動き取れなくして紅い光を突く。獄怪骸は断末魔を上げる間も与えられないまま事切れた。
「ちっ! これキリ無ぇぞ」
「ヴィング、シュヴェロ! 早く来い!!」
「わあってら!」
「行けたら行ってんねんって!!」
 半ば躍起になりながら横から跳びかかってきた一匹を一蹴りし、シュヴェロは怒声を上げた(八つ当たりに近いけど)。
「ヴィングちゃん先行ってくれ!」
「な、ななな・・・なんだそのヴィングちゃんてのは!!?私を『ちゃん』付けで呼ぶな!」
「へ?・・・別にそんくらい良いんやない――」
「ぜってぇやめろ!!!」
 詰め寄り言われては返す言葉も見つからない。シュヴェロは曖昧にでも「はぁ・・・」と返事するしかなかった。その言葉を聞き遂げるや否や、ヴィングは先に猛ダッシュしていった。
「なんなんや・・・」
 そういいつつも後を追い、シュヴェロはくるりと背後を振り返る。まだ屍系の獄怪骸が徘徊していた。
 首を二周りほどしている緩い赤のマフラーを解くと、その両端を引っ掴みパンッと引っ張り目を閉じた。

「Nos irritum sacra nigrae murum
Videtur quod usus Terra parens!」

 言い終えるか終えないか僅差のところで木々が魔方陣から飛び出し、壁のように平たく広がった。そこに激突し、一体の獄怪骸が倒れる。もう一体が躓く。
 そうこうしている間に、木々は視界を埋め尽くし壁のようになって獄怪骸の行く手を阻んだ。小さくくぐもった音で向こう側から攻撃する音が聞こえるが当分は破れないだろう。
 不敵に唇の端を吊り上げ、シュヴェロはヴィングの走っていった方向に引返した。



 シュヴェロが走っていくと息を切らした様子の仲間達が待っていた。ヴィルもミュレアも無事な様子でほっと胸を撫で下ろす。一人も欠けていないし、たいした怪我はなさそうだ。
「おう、タラシ。奴らは?」
「た、タラシて! 酷い言われようやな! 取り敢えず足止め位は・・・」
「ははっ。そりゃ優秀、優秀」
 目を瞬かせ、ミュレアは二人の様子をきょとんと見つめていた。
「あんなに仲良かったっけ? 二人」
「さぁ? でもいいじゃねぇか! 仲間内で仲悪いよりは。な?」
「そだね!」
 何の違和感も感じていないような笑顔で言うものだから遠目に見ていたジェッズはシュヴェロが不憫になり苦笑した。
 そこへ白魔導士が奥の二手に分かれたうちの左側の通路から登場する。
「皆さん、無事ですか?」
「見てのとおりっ・・・・・・」
「白魔導士。こっちにあったぞ」
 右側の通路から現れたライシェルが親指でくいっと自分の出てきた方を示唆した。
 二人はコスモスに関する遺跡を探しに行っていたのだ。そしてライシェルの出てきたほうにはそれがあった、という訳だ。重い腰を上げ、皆が大移動する中、リトゥスとカテーナだけがその場に棒立ちになっていた。
「ん? どうした?」
「ヴィ、ヴィル・・・っ! あれっ!」
「な、何だあれ!?」
 皆が居た広間には一つの、物凄い装飾やデイティールの入った大鏡。
――そして。


「人、間・・・!?」

中には一人の少年。