Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第七話 衝突 SHOT 6 〝俺の仲間〟
はっとして、リトゥスは思わず攻撃していた腕を下げてしまった。
「ってぇな・・・・・・」
刃物のごとく鋭く尖った黒羽根を、手でヴィルが掴んでいる。その手から滴り落ちる鮮血はとても赤く、紅く。血に染まった掌で掴んでいた刃物のような羽を持ったまま、ヴィルはうつむいてリトゥスに向かって歩き出した。リトゥスは焦り、再び腕を上げ、羽根を舞わせる。
ボーダピナ
「【羽刃】!!!!! はぁ、はぁ・・・っ!こ、来ないで!!」
「なんだ、そりゃ? お前、今更・・・・・・ここにきて、同情なんかしてんのか?」
鉄錆色の髪から滴る血の色が怖い。その下から覗く、憎々しげな憎悪に満ちた瞳も。過去の忌まわしい記憶と彼の姿が重なる。後ずさりながら、リトゥスは首を振る。いやいやをする、子供のように。
「無いんだろ?」
「えっ・・・・・・」
「おまえに、俺を殺す気なんかないんだろ・・・?」
ふざけないでよ。何、言ってんのよ。そう思うのに、言葉は喉までも来ない。脳は叫んでいるのに。怒声も、罵声もヴィルに浴びせているのに。その片鱗すら、言葉には出来なかった。
「それは、俺らを〝仲間〟だって信用してるからだ。じゃなければ今の俺なんかお前は簡単に殺せる」
更に歩を進め、ヴィルは言葉を続ける。
「お前は俺の、本当の仲間だ」
「い、いや・・・。やだ、やだやだやめて! わ、わたしの心の中に入らないで!」
頭が、痛い。なぜだろう。胸が、心が痛い。
やだ。やだ。嫌だ嫌だ嫌だ。
「小さい頃に里が無くなって、心細かったんだろ? いい顔して近づく大人皆、信用できなかったんだろ?」
そうよ。だから。
信用なんてしたくないのに。一人でいれば裏切られなくてすむのに。裏切りの辛さなんか感じなくてすむのに。どうしてよ。どうしてわたしは信じちゃいけないの? 皆わたしのことを裏切るのよ。
「なんでよ? なんで、わたしのこと放っといてくれないの? そしたら辛いことなんて感じないのに。わたしだって信じたいのよ。だけど先に裏切ったのは周りの悪人共じゃない! わたしのこと利用して、わたしを売ろうとしたり殺そうとしたのはみんなあんた達魔導士でしょ!?あんただって同じよ!!!」
気づいたら、涙がこぼれていた。生まれてから一度も流したことの無い、涙が。それが、止まらない。止まらない。止め方も判らない。泣き崩れるリトゥスの耳に入ったのは、ヴィルの真摯な一言だった。
「違う」
「何よッ!」
ザクッ。黒い羽根がヴィルの右頬を切る。しかし全く怯んだ様子も無く、ヴィルは彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「今お前は俺に、辛いこと皆話してくれたじゃないか。それは聞いて貰いたかったからなんだろ? 俺に・・・いや、俺達に。哀しいこと全部、知ってもらいたかったんだろ? 俺は、受け止めてやったよ」
「・・・へっ・・・?」
「聞いてくれ。奴はきっと、神霊族しか手元に残さない。お前のことはハナから消すつもりだったんだ」
リトゥスが目を見開く。
「・・・嘘」
「マジだ。俺、カン鋭いんだよ。知ってんだろ?」
雪山の一連を思い出す。
既にリトゥスの中に、〝戦意〟というものは残っていなかった。
「ええ。でも―――」
「ミュレアばっか狙うのもわかるだろ? あいつも、自分も神霊だし。
でも俺は神霊じゃなくったっていいんだ。俺には、俺を助けてくれる信頼できる仲間がいるんだ」
「え、わたし?」
それに応えるように、ヴィルはにっと笑ってリトゥスの頭の上に手を置いた。
「おかえり、俺の仲間。」
* *
「俺はずっと・・・一緒に――いたい」
言った瞬間、ジアンタングイスが闇の中でふっと怪しく笑んだ気がしたそれを視界の隅に確認したときには時すでに遅く、シュヴェロの意識は忍び寄る闇に支配されつつあった。
―――しかし。
〝・・・・ん。・・・いちゃん・・・。おにいちゃん・・・!〟
現実に引き戻され、シュヴェロはマフラーを見た。それが僅かに、呼吸するように光をぼうっと発しているのだ。それは言葉に合わせて、セラの呼びかけに呼応するように光を発し・・・。
目の前に浮かんだのは、幻想の中のシュヴェロとミュレア。振り返った彼女の目には――
泣 い て い る ・ ・ ・ ?
〝ばかお兄ちゃん! あんな美人さんがお兄ちゃん選ぶわけ無いでしょ!? ばか!!!〟
叱咤の言葉に笑いたくなる。確かに、そうだ。なぜ自分は「自分といて幸せでないはずが無い」などとうつつを抜かしていたのか。なんという、愚か者か。ふわり、浮きそうだった意識を踏みとどまらせ、シュヴェロは目の前の妖艶たる魔女を睨みつけた。おや、と魔女は冷笑した。
「踏みとどまりおったか・・・。少しは骨があるのだな」
「えーらいこっちゃ。なんつーばかしてたんや、わいは。なぁ? 魔女さん」
足元に魔方陣が現れ、シュヴェロは跳びかかってくる大蛇に魔力を込めた手を向けた。瞬間、蛇は猛毒を撒き散らしながら砕け散り、後には毒牙となんだかわからない、木の枝の刺さりまくった死骸が転がった。
「けどほんま、殺生だけはしーひんよ。自分が降参してくれるんやったら、の話やけど」
「たわけた事を。本気でかかっても死に瀕すのだぞ?」
重々承知や。
心の中だけでもそう言ってシュヴェロは苦笑いを浮かべた。
「ミュレアは俺の仲間だ。あいつが俺をどう思おうと、俺があいつをどう想おうと。だから・・・」
立ち上がり、槍を振り回すと構える。
「せやから、取り返すんや。〝俺の仲間〟として」

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