Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第四話 交錯する運命    〝蘇生の光〟



こうでもしないと、死ぬまでこの人はわたしに向かってくる。

たとえそれでも、やはり傷付けるのには抵抗を感じた。だから責任を守って治療する。
それがわたしの償い。
だけどそれにしてもやりすぎたと思う。シュヴェロの息はもう絶え絶えだし、出血もひどい。
下手に動かせば本当に死ぬ。ここで治療する他ないけどシュヴェロの言っていた、〝上〟が来ると厄介だ。当然ソイツは彼を殺そうとするだろうし、わたしが行くことを引き換えに見逃してもらっても処置できなくて死ぬだろう。

天使族の、アレを使うしかない。

決心したミュレアは瞳を瞑り、唇を噛み締める。      チャンス
助からないかもしれない。失敗してしまうかもしれない。好機は一回きり。シュヴェロの体をそこに横たえる。
白い花は赤く染まってゆく。元の純白さを皮肉るように、はっとするほど美しい赤へ。
ミュレアは左腕から滴る自らの血を右手で受けた。
天使族の血は特殊だ。羽と同じく、自らが死んでも魔力を持ったまま。
最悪わたしが失敗して死んでも、わたしの引いた結界の力で少しは治癒される。目覚めて、動くくらいまではできるかもしれない。


「天よ。我白き翼を持つ天命の使者の後継者なり。

   聖の力宿りし翼を与えし者よ

     我の魔力持ちし瞳と引き換えに

       死の招きよりこの者を救わんと力を貸したまえ。

         この者世に留まれぬ時あらば




                                我の命と引き換えに」


――正気か?
声が聞こえた気がした。
正気だよ。
わたしは答えた。
――・・・おまえがいいのなら私もついてゆこう。
ありがとう、もうひとりのわたし。                タリスマン
生きるときも死ぬときも同じ。そう約束してくれたもんね。氷の護符がわたしを護るように輝く。
ありがとう、氷竜。
わたしは、死なないよ。わたしを知っている人が生きている限り。
シュヴェロ。
氷竜。
雷獅子も。

生きてね。シュヴェロ。


純白の羽が開く。
生まれて初めて流した涙はシュヴェロへ向けたものだった。
ゆっくりと開いたミュレアの瞳は、その本性を隠す魔力を使うのも止めた。



彼女の瞳は銀紅だった。


                    *                      *


セラ。ごめんな。
自分との約束、守れんかったな。
自分守って平和になったらちゃんとふたりで住む言うたのはわいや。
二つ目の自分との約束。
せめてわいだけは生きてやっていう約束も守れんかったな。
いつもわいは否定しとったけどどっちにしろ守れんかった。ごめん。
さっきからあやまってばっかやな。ごめんな。
もうすぐそっち行ったら全部わいの口から伝える。せやから今こんなに自己練習しとる。
それともわいが会うことも自分は許してくれへんの?せやったら地獄に落ちたほうがマシやな。
政府んとこで働いてはいたけど人攫いとか人殺しとかばっかやったしなぁ。
人攫いゆうたらあの子――ミュレアちゃんにも迷惑かけてしもうた。
今までやったこと振り返ってみてもわい地獄に落ちてもあんまし不自然でもないかもしれへんのや。

シュヴェロは生死の狭間を漂ったままだった。
けど死ぬ気配もないし、だからといって体が動くわけでもない。

〝―――〟

誰や?
わいを呼んどるのは。
もう眠たいんや。それともセラの声か?
ごめんな。もうセラの声も思い出せないみたいや。
わざわざ迎えに来てくれたん?ありがとうな。こんな駄目な兄貴の為に・・・。

〝お兄ちゃん〟

なんや、やっぱセラなん?
ごめんな。もうこっち来てもうた。

〝駄目よ。帰って〟

せやかてセラ。わいもう帰る体もあらへんよ。
もうぼろぼろやし。行ったところで立ち往生や。

〝・・・わたしお兄ちゃんのこと嫌いよ〟

セラ・・・?
やっぱり約束破ったこと怒っとるんか。
自分に言われるなんてやっぱわい駄目な兄貴やったんやな。

〝そうよ。だからこっちへなんて来ないで。わたしがこっちで消えるまで来ないで〟

人は死ぬと時間をかけて人格を失う。そして散り散りになってまた再構成される。
そんなに嫌われてんねんな、わいは。たったひとりの妹を傷付けた。
せやからセラの魂、未だ癒えて消えることなく明確にこの世界で形を保ってる。全部わいのせいや。

〝光の方向へ向かえば帰れる。見えてる人は戻れるんだって。体もあるわ〟

光・・・?
ホンマや。見えるで、光。
あれがわいを元の世界に返してくれる光なんやな。
無意識にかシュヴェロはそちらへ歩き出す。次第に光に引き込まれようになる。
勢いが強くなってもう引き返せない。シュヴェロは思わず振り返った。
セラは後ろを向いたまま。同じ茶髪が肩より下へ流れているのがぼんやりと見えた。

もう、行くで。・・・ありがとうな

哀しげに呟いたシュヴェロ。
堪えきれなくなったかのようにセラが振り向く。
涙が大量に頬を伝って流れ、服を濡らしていた。予想外のセラの表情にシュヴェロは言葉に詰まる。

〝お兄ちゃん! ごめんなさいっ! お兄ちゃんのこと、大好きだよ! だから生きて! お願い!!〟

言ってセラは淡い銀水色の小さくて細い何かを投げた。
ぱし、と軽い音とともにシュヴェロの手中にそれは収まる。

〝お兄ちゃん、今度こそ約束、守ってね〟

ああ。約束や。
眩しい光はシュヴェロを包み、黒一色だった風景を包み、視界を覆った。
セラの姿は見えなくなり、気持ち悪くなるような衝撃とともに風が自分の体を撫でる感触を感じた。
戻ってきた。
傷はどこにもない。手も普通に動く。
不思議に思いつつ何気に目をやった視線の先にあったものにシュヴェロは驚愕する。

「ミュレアちゃん! ミュレアちゃん!!?」

返事はなかった。
空が白みつつある中、純白の翼を持った少女は静かに眠っているようだった。
白い花と赤い花が夜明けの風に舞い上がり、その風はミュレアとシュヴェロにも吹き付けた。
ミュレアの銀髪のさらさらとした前髪に同じ風が吹いた。

穏やかに眠っているように見えるミュレアの顔は微笑んでいるようにも見えた。




「・・・おかえり、シュヴェロ。」




ミュレアはそう言って笑った。
半泣きのままの顔だったシュヴェロを見て、寝起きのようにミュレアは力なく笑った。

「・・・ひどい顔」

「そんなの、どうでもいいんや・・・! どうでも、いいんやよぉ・・・っ!」
生きて。
セラの言葉の意味が今、やっとわかった気がした。