Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第六話  救出    SHOT 1 〝決意の朝〟



鈍い頭痛に導かれ、シュヴェロは次第に意識を取り戻しつつあった。火の光が瞼の向こう側から射し込み、ふっと暖かくなる瞼をゆっくりと開いた。
世界に音が戻ってくる。波の音、小鳥のさえずり。嗅覚が潮の香りを捕らえ、忘却の残り香を嗅ぐ。
花は魔力を反転させ、記憶を呼び覚ます花と化していた。昨夜の悪夢が蘇り、シュヴェロは舌打ちした。

「連れてかれてしもた・・・」
「あきらめるの?」
「そんなワケないだろ! ミュレアは俺が守る!」
起き上がったリトゥスの言葉に反応し、そう叫ぶが我に返って赤面する。どうやらこの男、必死になると「なまり」が全部飛んでしまうようだ。自分を隠すため使っていたそれは真意を伝えるとき、真の彼を隠してはくれなくなるのだ。
「うぁああああぁぁあ !!!!!」
ふと、叫び声と共に近くの岩が吹っ飛ぶ。何事かと目を向ければ、ヴィルが怒りに身を任せて岩をぶっ壊していた。
恐らく自負と怒りの念が彼を悩ませているのだろう。ミュレアを助けられなかったことを。力及ばずにして連れ去られたことを。シュヴェロも実が切れるより痛い心の痛みを感じていた。
しかし気づけばヴィルを殴り飛ばしていた。

「何やっとんねん! んなことしとる暇あるんやったら聖星にでも王の前にでも飛び出していけばいいやろ !!!」
「聖星に王はいないわ」
まだふらつく様子のリトゥスは起き上がり、言った。
驚きを隠せない二人。何故そんなことを知っているのか、疑問に思うのも不思議は無い。

「今はフィネルにいるわ。・・・姫のお披露目だってさ」
「つまりミュレアを捕らわえるのはすでに確信済みだったわけやな」
「フィネル再びですか、ってんだ」
「そーそ・・・って誰だ!!?」
唐突にした声に度肝を抜かれた思いの二人の振り返った先には、「お、落ち着けや・・・な? な!」と殺気立った彼らを宥めながら若干後ずさり気味の30代中間くらいのおじさんがいた。
腰に少々重そうな銃、背中には片肩から下げた長く大きなマシンガンらしきものを背負っている。

「俺もおめぇらの仲間! さっきから聞いてりゃおめぇら、王に歯向かおうって?? とんだ命知らずだぜ!」
歳相応の豪快な笑いを発する彼は気さくな様子だ。
しかしフェルドはそんな性格の人間とはもとより相容れない性質だという事も必須。
苛立ち隠せずますます殺気立つフェルド。しかし男は気づかない様子で、突然哀しげに目を伏せ、呟いた。
             アイツ
「・・・俺の息子もな、王に持ってかれた」

いつの間にか彼らの会話を聞いていたアルスはそれを聞き息を呑んだ。
持って行かれた、つまり連れて行かれた・・・?彼もまた、並みの魔術師ではなさそうだ。
いや、魔導士。

「あんたら、姫さん取り返してぇんだろ?・・・俺も息子を取り戻してぇ」
「自分、名前は?」
「ジェッズ・リーバルドレイだ」
ミュレアの過去にあったはずの幸せは奪われた。
ライシェルの守るべきものは二度と帰ってこなくなった。
ヴィルの両親は死んだ。
フェルド、そしてリトゥスのいた村は崩壊した。
アルスはつまはじきものにされた。
シュヴェロは幼き頃、捕らえられた。
カテーナは避けようも無き運命に縛られた。
テフィル、レフィーナは天から切り離された。
ジェッズの息子は『持って行かれた』・・・


元凶は全て。

集っているじゃないか。



一点に―――。





そして今、奴は星を危機に貶めようとしている。

誰かがやらねばならない。




「なぁ・・・変な境遇だけどよ」
薄い薄いアイスブルー。そんな空に向かってジェッズが言った。
          パルフィディアエマージ
「これは俺達――裏切りの魔導士の、運命なのかもな」
「そうですね。ジェッズさんの言うとおり、長い時の中で僕達は出会うことが決まっていたのかも」
アルスも少々皮肉気味に同意する。
それでもいい、ヴィルはそう独りごちる。俺達が出会うことはこうしてではないと叶えられなかったかもしれない。どんなに辛くても共に乗り越えていけるのが真の〝仲間〟だ。

「おっし! んじゃあ早速行くか! ミュレアと――」
「サッド」
力強く頷いて、ジェッズは親指を突き立て息子の名前を伝えた。
「サッドを助けに!そんで――」
ヴィルが目をやった先でライシェルが当たり前だ、という風に尻尾をわずかながら揺らした。
全員が決意と共に頷く。



「王を倒して、この星を守るために」


                    *                      *


「来たか」
此処は〝大都市〟フィネル。
その城内で王の重々しい声が響き渡ると、レッドカーペットの上で銀髪の女性が二人歩み出た。
一人は複雑な思いに駆られたままの顔で黙りこくり、もう一人も不自然な程無表情である。
良く似ている。類似していないのは髪型くらいか。一人はショートカット、もう一人はゆるく髪を肩の上に乗せたままだ。服も同じものを着せられて、二人とも不服そうではある。

「よく戻った、我が娘よ。無事で何より」
「――よくそんな事・・・今更――」
髪の長いほうが言った。勿論、ミュレアである。しかし彼女は自分の横の女性を知らなかった。というより、髪で角度的に顔が隠れていて見えない。父からするとどんな地位に当たるのだろうか。
いや、それよりも殺そうとしておいて「無事で何より」とは何事か。

「――わたしは貴方の下へ戻る気は・・・!」
「仲間達の様子はどうだ? 元気にしているのか」
背筋がぞくりとした。この人には世界を破滅させるほどの力がある。それが彼らに向けられてしまう。
冷たい目の奥に、その情景が見て取れた。
これでは仲間を人質に取られたも同じ状態である。ミュレアは血のごとく紅いドレスに目をやり歯噛みした。

「・・・・・・・・・はい」
決意と共に吐き出した声は自分でも驚くくらいしっかりとした声音で。
王は満足げにそれを見やり、「そうかそうか」と不適に笑った。
思惑通り、というわけだ。しかしそれで彼らを守れるならとミュレアは心に封をした。



――再び、自分の脆いところをさらけ出してしまわないように。