Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十四話 邪なる侵食   SHOT 4 〝天界と過去〟



 街の裏通りと思われる地点に降ろされた彼らは氷竜に礼を言い、竜は冷気を纏ったまま下界へと急降下していった。彼が何処に行くのか、それは誰も知らないがあの氷の山にはもう行かないことだろう。もう翼の傷に縛られ続ける毎日からは開放されたのだから。
「さて!・・・」
「・・・」
 踏ん反り、腕を組んだまま町の中心部に身体ごと向き直ったヴィルに全員が注目する。しばしの沈黙――そして。
「・・・王って何処だ?」
「お前本っっ当にノーキン(脳みそ筋肉)だな」
 判りきっていたことだが、とフェルドが嘆息する。それを受け、(相棒以外からも冷たい視線を浴びていることを知っているのか居ないのか)ヴィルは息を吸い込み、両拳を空へ突き出した。
「よーし!暴れるぞぉ!!」
 瞬間的にノーキン少年は彼自身の相棒の手によって頭から出血死しかけ、死線を超えた。

「彼に仕切らせて大丈夫なのか?」
 未だ脳天に湯気を上げる特大サイズのコブを持つ羽目になった先導者を見下ろし、ロクティスが言った。
「これが『大丈夫だ、問題ない。』と言える状況か?」
「全く持って違う」
「どっかで聞いた台詞だ」
 王子と元軍人の会話を聞いて祐希が首を傾げた。元の世界の記憶でも手繰り寄せているのか、顔をしかめている。
 そんな中フィニクスがヴィルを引きずり通路を進み始める。それを見遣り天使族の双子が思わず本音を零した。
「・・・鴉族のお姉ちゃん、怖い」
「私も同族として恐ろしい」
 光景を目の当たりにした横でリトゥスさえ呟いた。

 路地を曲がり、目の前に広がる世界を見て一向は硬直した。そんな中ヴィルも起き出し、彼のみ「おおー!!」と声を上げる。
 眼下に広がる光景。それは下界の彼らには想像も出来ない世界だった。
 空に飛ぶのは翼を持った種族ではなく、歪(いびつ)な形のものに跨っている、人。鉄の魔獣とも違う、箱型のものが行き交い急に止まっては再び流れ出す。
 人々が手にする細い板のような機械からは別人の声が出ており、人々は板と会話を交わす。
 建物は下界よりも2,3倍高く天につきそうで、空は殆ど見えない空間。息が詰まりそうな感覚はその所為だった。
「な、んだここは」
「此処異界じゃないよね」
「どうなってんの・・・!?」
 一寸遅れて彼らは口々に呟く。唯一衝撃が無いのは此処出身の王家二人くらいのものだ。
 不意に双子が一歩踏み出そうとし――。瞬間、「待て!」と声を上げた者がいた。
「そこの二人、それからリトゥス、フィニクス。――こっちへ来い。お前達に話しておかなければいけない。他も聞いておけ」
 何時に無くライシェルが真剣な面持ちを向けて彼女らを呼んだ。

 人の目に付かない少し路地の奥へ戻り、壁に寄りかかったライシェルは腕組をして口を開いた。
「お前達は特に注意するんだ」
 念を押すように前置きをしてライシェルは隣に立つヴィングと視線を交わした。
「此処は技術が発展し、魔術が衰退する世界。そして殆ど〝人〟の支配する世界だ」
 彼女の言う意味がわからず一向は顔を見合わせた。王族の二人は少し気まずそうにしていたがライシェルは彼らに向かい労(ねぎら)いのように首を振った。あなた達を責めては居ないのだ、と。
「人に無いものを恐れ、侮蔑する世界」
「!!」
「此処では人外のものを激しく差別する。此処は魔術も衰退しているからあまり使ってはいけない。何より特に酷いのが種族への差別。――お前たちのように翼を持つ者もわけなく通報され・・・殺される」
 全員が息を呑む。
「私も――」
「ライシェル!?」
「いいんだ、ヴィング。皆に私の名を明かそう。私の真の名はルティア・O・ヴィレイトリム。元軍人であり、その昔弟のように大切にしていた少年を此処天界で種族差別にして亡くした」
「・・・っ、」
 唯一事情を知っていたヴィングが辛そうに彼女――ルティアから視線を外した。他の者は息を詰めて彼女を見守っていた。本人だけは感情を殺したような目で目の前の地面を見つめていた。
「だがそれは昔の話だ。長くあそこにいた私達の過ちだった」
 淡々とした語り口で過去の話にルティアは区切りをつけ、本題はと切りかえした。
「数日間とはいえお前達も守らねばならない」
「でも」
「羽根を仕舞うことできないだろう。だから私が術をかける。案ずるな、過去に毎日やっていたことだ。人数が増えてもたった数日間、苦痛なんかじゃない」
 壁にもたれかかっていた背を外して腕組も解くとルティアは完結に言い放った。
 その声を聞きつつヴィングは狭い空を見上げ、思った。



 ――ああ、

 自分には彼女の辛さを肩代わりすることさえもできないのか――と。