Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―
Aerith ◆E6jWURZ/tw 作

第十三話 陰なる王女と婚約者 SHOT 2 〝水不死鳥〟
鮮やかな蒼いメッシュの入った前髪。心なしか全体に青っぽい黒髪。白い肌。銀の艶を持つ短髪はさらりと揺れた。
白いファー付きのロングコートは赤く、少し露出度のあるそれは鎖骨と胸筋を覗かせていて何処か妖艶な雰囲気である。
「何故此処に・・・」
「君が居なくなって耐え切れなくなって探してたからねぇ」
「何にも変わらないんですね、あなたは」
「っと、そう呑気にしてられないみたいだ」
お姫様抱っこされている状態で憂いの溜息をつくが、その言葉に反応し腕から抜け出る。
女性が強い憎悪を込めた双眸で睥睨し、紅緋のダガーを双振り握っている。数秒の視線の衝突の後、不意に背後で彼が首を捻った。
「ん?あれはミュレアの影武者じゃないか」
「影武者?」
「ああ。数年前お父上が君専用に連れて来たっていう子だよ。名前は確かエルディア・N・セウィアレル」
「エルディア・・・」
影武者。それで全て繋がる。彼女はわたしとして接され、彼女自身と接してくれる心の支えになってくれたのがただ一人、王だけだったのだ。信頼する王にとって自分が本当の意味の一番になるには自分が本物になれば良い。
その標的が自分であり、そして手に入らない一番欲しくて大切なものを奪う。同じ苦しみを味あわせてから消そうと言う。
「そんなの、哀しすぎる・・・」
唇を噛み締めミュレアは駆け出す。背後から呻き声が聞こえ、ヴィルの目覚めが近いことを悟った。
「殿下っ、その人・・・ヴィルをお願い!」
「君は!?」
「彼女を止めるっ!」
大声のやり取りにも拘らず、彼の心情が見えるようだった。きっと今彼の顔には無茶だ、と出ていることだろう。
幼少期からの長い付き合いだ。その位は判る。
「彼女は『反映』の魔導士だぞ!!」
「だったら誰が何人歯向かったって同じことです!!!」
水の刃が飛んでくる。集う水の魔力の気を察知して一瞬速く避ける。まるで妖魔との戦闘の繰り返しのようだ。只一つ違うのは、不用意に相手を傷付けられないこと。彼女を傷付けるわけにはいかない――。
風を切って走り、目にも留まらぬ速度で水の刃を回避しつつ思考は素早く回転する。
反映の魔導士。聞いたことがある。相手の魔術に応じて魔力の高度も魔力の性質も変化すると。
だがミュレアの記憶があっていれば、反映の魔導士にも反映できないものがたった一つあった。危険な賭けだ。魔力に応じてくれるか判らないが・・・試してみる価値は、ある。
危険な賭けより何よりミュレアには一つだけどうしても許せないものがあった。裏で彼女を操作している存在――。
「エルディア、聞いて!あなたは騙されている!王に利用されてるの!」
「黙って。貴女、自分の命が惜しいのでしょう。だからそんなデタラメを・・・。私にデタラメは通用しない」
「違うっ!わたしはこんな命なんて惜しくない!」
必死の会話の途中にも水の刃は飛んでくる。これ以上近づけば射程が短くなり、限界を超えた魔力の練りは攻撃を受け、もう勝てる好機は無くなってしまう。ここで耐えるしかない。
位置的には5M弱。接近できるギリギリだ。初回はかなりの魔力が必要になるとわかっている。
「じゃあ何故穢れた貴女は生きている!」
「守りたいものが・・・。やるべきことがあるから!」
傷を抉られた様に胸が痛む。王に聞いたか、エルディアはわたしの過去を知っているんだ。王がわたしを愛しているなどと思わせ、エルディアに同情させる為に伝えた。きっと王はわたし個人であの惨劇を、悲劇を全て起こしたのだと思わせ、世間の風評を落としたくないからお前にしか頼めない、と話したんだ。
そう考えると辛くなった。しかし過去は変えられない。それでも生きると誓った。失われた命は数知れなくてもそれ以上の危機に晒された生命を守れるなら今此処で死んでなんていられない、と・・・。
「わたしは守る!この力で全ての生命を・・・!」
叫んだ瞬間、淡い光が弾けた。閃光に目が眩んだか、エルディアの攻撃の手が緩む。術者であるミュレアでさえ目を細めたが辛うじてその姿が現れるのを瞳に留めた。
つい先刻までミュレアの立っていた位置には巨大で複雑な魔方陣が現れ、目を覆いたくなるほどの淡い水色に輝いていた。そこから細い指、それにかかる薄布、光と同色の水色の長髪。女性独特の細い身体の線が描く背中には水銀に輝く翼が4枚生えていた。
「水不死鳥・・・〝ウンディーネ〟」
すっと美しい鼻の線。ウンディーネは手を広げ、その身体の全てを露にした。
『私に用か。光の戦士よ』
「少し残酷だけど・・・。わたしも覚悟は出来てる。エルディアにわたしの本当の過去を伝えて」
『承った』
瞳を揺らがせ動揺するエルディアに身体の向きを向ける。彼女は怯み後ずさりしたがその場に座り込んだ。不意にウンディーネが片手をすっと上げる。人差し指はエルディアを指し、指先には青系統の輪が回転する。回転は次第に速くなり、ついに弾けた。
弾光はエルディアを包む・・・。
『用件は果たした』
無慈悲なほど無表情な声音でそう言い放つと水不死鳥は魔方陣に飛び込むように還った。
何処か暗かった風景は光を取り戻し、エルディアは見たものの衝撃に何も言えなくなってしまっていた。
哀しい風が一陣吹くと、ミュレアは身体に戻った魔方陣のあるところに複雑な思いでそっと触れ、その場を後にした。
何かに祈るように―――。

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