Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第九話 白き衣纏いし者   SHOT 1 〝戸惑いと不安と〟



 情報収集をしていたアルスは戦士達の死闘を詳しく知っているわけではなかった。彼の収穫した情報――それは現:国王アンゴルとその側近、デラスのやり取りであった。アルスには気配を消す能力もあり仮にも相手は自らと対極にある存在。魔力の効果は抜群だった。

『みすみすまた王女を手放すおつもりですか』
『いいのだ。泳がせてやろうではないか、哀れな愚民共を。どうせ奴は自らの足で帰って来たいと懇願する』
『はあ・・・・・・。やはり私には、貴方の思惑を読み取ることが出来ない』
 不敵にアンゴルは口元を歪ませる。アルスはぞくり、と背筋に走る悪寒を嫌と言うほど感じた。冷や汗が頬を伝い、唇がカサカサに乾いた。窓の外を眺めつつ、アンゴルは酒をあおっていた。

『それに伝説に出てくるのが仮に奴らで、私が敵だとしよう。しかし考えてもみたまえ、陽月夜(ようづくよ)の最終日が決戦の日。私の力が最も高まる日だぞ。奴らに勝機があるはずもなかろうて』


 思い返せば意味深な二つの会話はアルスの不安を煽るばかりだった。だがこの状況で果たしてその話を口にしていいものか。否、暗く沈んだ仲間達の表情を見れば判る。完全に今は口に蓋を、という状況であった。
 だから懸命に治療を行うミュレアとフィニクス、患者の二人を含めた仲間達を置いて自ら辺りの周辺調査に乗り出した。あの場の空気に耐え切れず、押しつぶされそうだったからだ。
 鬱蒼と生い茂る森の中、アルスがその場を離れたときには二人の治療の成果は善い傾向にあるとはとても言い難かった。手遅れなのではないか。そんな空気が彼らの間に漂っていた。誰と言うでもなく、皆瞳に影が差していた。
 そして今、同じく周辺調査に乗り出した人物がいた。意外でもあったが、戸惑いのほうが大きかった。
 今一緒にいるのは話した事もないライシェルという女性だったからだ。
 正直、アルスは今までにこんなに美しい女性を見たことが無かった。鋭い気品と優雅さに満ちている、そんな印象を抱かせる人だった。しかしその口調や行動の厳しさも彼に気まずさを与える一種の原因だった。

「あ、あの、ライシェル・・・さん。ミュレアさん達、どうしてるでしょうね」
「・・・・・・」
 会話を試みるも表情一つ変えず、彼女はひたすら無言のまま前進していた。既に辺りには夕陽の光が差し始めている。アルスは不安になった。未開の森なのにあの人は怖くないのか。いつ、どんな魔物が出現してもおかしくはないのだ―――。

「・・・・・・成程な」
「――え」
「お前は先に帰っていろ」
「え、あ・・・はい。って、え!? ちょ、ちょっと!!」
 躊躇している間にライシェルは単独行動でどんどん遠方に歩き去ってゆく。呼び止めようとしたときには彼女の姿は森の奥に消え、どこへ消えたのかは全く判らなくなっていた。
「あ~あ・・・。何をやってるんだろう、僕は」


 しばらくそこに留まっても帰ってこないライシェルに、アルスは仲間達へ会わせる顔が無いながらも帰らざるを得なくなった。必然的に皆から何故一人なのか問われることだろう。そして自分が驚いている間に彼女が一人でいなくなった、と失態を自ら晒すことになるのだ―――。
 覚悟を決めると、今度は罪悪感よりも不安が先に立った。二人は回復しているのだろうか、悪化するような事は・・・。
 半ば祈るような気持ちでアルスは重い足取りで歩を進めた。 
「あ・・・」
 仲間達と思しき人影が見え、彼らの様子が知りたいような知りたくないような衝動に一瞬アルスは襲われた。しかし自分が与えられた仕事を思い出し、アルスはヴィルの代わりに指揮を取っているミュレアの元へと向かった。

「ミュレアさん・・・」
「お帰り、アルス」
 治療をしている本人が心配を掛けまいとしているのはその強張った微笑の所為で痛いほど伝わって来た。苦痛に歪めた様な顔でアルスはミュレアの跪(ひざまず)いた麻布の前に横たわる二人の少年を見据えた。二人とも回復しているような兆しは見えない。むしろもっと悪くなっているような・・・。
 祈るような気持ちでただ見ているだけしかできない自分が呪わしい――。
 ふと、拳を握り締めたままミュレアが立ち上がった。脇に置いてあった、ライシェルが彼女から分離したときに真の姿に戻った武器である杖を持って。上方には三日月の形をしたものに水晶玉のようなものがのり、羽根のモチーフが入っている。下方には槍のように尖った部分があり、ミュレアはそれを手首に近づけた―――。
「駄目だ !!!!!」
 彼女の手首を掴み、シュヴェロが強く言った。驚きの顔のままミュレアは顔を上げた。

「あの時は・・・! あの時やって、わいに意識があったら止めるべきやったんや! あん時は成功したけどな、今回もそうやとはいかんで! 自分が犬死して一番迷惑なん誰や!? 他でもない、こいつらや!!」
「だって、だってわたしのせいで二人が死ぬなんて納得、いかないよ! もしだめでもやってみなきゃ・・・!」
「ミュレア!!!」
 腕を組んだまま、黒髪の女性――ヴィングが怒鳴った。その瞳は銀。彼女も記憶を失っているのだろうか。しかし魔力は強かった。何故なのか予想はつかなかったがその瞳に悲しみが宿るのを見た。

「忘れたか?―――――誓いを」
「っ!!」
 先刻とは裏腹に静かな声で言ったヴィングの言葉に、瞳に涙を湛えたままミュレアは狼狽して押し黙った。
 肩を落とし、やれやれといった風に溜息をついたジェッズが静かに言った。「あんたの負けさ、姉ちゃん」
 沈黙したミュレアは項垂れたまま元の場所に大人しくうずくまった。彼女の様子を見送った後ジェッズはそういえば、とアルスに向き直り、彼の周辺を見回した。

「稲妻のねーちゃんは?」
「あー・・・。え、と。ライシェルさんは・・・「何!?」」
 会話の途中にそれを突然何気なく聞いていただけのヴィングの叫びに二人して驚き、彼女のほうを向く。
 彼女は叫んだことに自分でも驚いたような不可解な表情をしたまま硬直していた。やがて唐突に「ぅ゛あ゛っ!!」と苦痛の呻き声とも悲鳴とも取れる声を発したかと思うと、左手で頭を抱えた。

「はァ・・・はぁ・・・。ライ、シェル・・・!? 私は、知らない・・・!?」
「ヴィングさん!?」
「姉ちゃん!?」
 二人が叫んだとき、ヴィングは疾風のごとく既にその場を走り去っていた。