Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第十三話 陰なる王女と婚約者   SHOT 4 〝明くる日を〟



 二人の男子が後ろでいがみ合っている最中、ミュレアは深呼吸しつつ頭を冷やしていた。そして不意に思う。あれだけ恋愛感情に疎いヴィルがいきなりこんなにも発展するだろうか・・・と。
 「好きな相手」というのも「異性として」ではないという可能性。いや、こういうときは冷静になろう。そう、自惚れちゃだめだよ、わたし。ああいう人はきっと理解してない。ううん、絶対。
 わたしが誤解しているだけ。
 背後では未だにぎゃあぎゃあやっているが放っておく。冷静になった分、客観的にもなってしまったようだ(自分が話題の中心だったというのに)。
「あれ?そういえば」
 先刻自分の、いや自分だけではないあの残酷な事実を受け取ったあの人は何処に行ったのだろう?
「やっと気付いたのですね」
「え」
 横の方から声がして視線だけ滑らす。そこには探していた人物が居た。まだ若干足許は覚束無いようだったがその瞳は術をかける前のように強く、いやもっと強くも感じた。
「私も仲間に入れてください」
「あの」
「貴女を完全に信じたわけじゃない。ただ真実は――自らの目で確認して、判断したい。今貴女に手は出さないから」
「・・・わかった」
 彼女と視線が交わった瞬間からわかっていた。彼女が間違っていたにせよ自分の存在が長年彼女を煩わせて来たのだ。今更文句を言えたような立場ではない。ミュレアは頷いた。
「エルディア・・・」
「私は家庭内暴力の所為でずっと両親が嫌いだったのです。身内とはいえ血縁関係にも無い。そこを救ってくれたのが王」
「だけど」
 顔を上げ、反論しかけて言葉に詰まる。だってその反論はなんら意味を役さない筈だ。今更言葉にしたって空しいだけ。
 上げた顔を伏せて言葉と共に伸ばしかかった手をゆっくりと下ろす。エルディアは声の調子も変えず何の変哲も無い思い出話を語るように淡々とした口調で言う。
「ずっとあの人は私の救世主だったのです。苦悩する王を今度は私が・・・。でも、お力にもなれず・・・」
「・・・」
「冷静になってわかりました。憎悪を向けた相手は――貴女へ向けたそれは、ただの焦れた私の八つ当たりだったこと」
「八つ当たりじゃない。きっとわたしが生まれてなければこの世界の何人が幸せだったのか」
 今まで傷付けてきた人々。自分の逃亡のために死に目に会い、又は死んでいった旧友。そして今の仲間達。
「本当、わたしって疫病神」
「疫病神?それどころか死神でしょう」
「・・・そうね」
 皮肉気な物言いにえ?と眉根をひそめ思わず顔を上げる。と、思いかけずエルディアは後ろを向いたまま腕組をしていた。
「おまけに操り人形の頃はまるで殺戮兵器。独りの時はまるで反抗もしようともせずいいなりですか。偽善者気取りでいっつも『わたしのせい』とばかり言って沈むだけ。対処法は考えず迷惑かけない方法さえ探しもしない」
「なっ――」
「あーもう死んじゃえばいいのに」
 淡々とした先刻までの口調は何処へやら、早口でミュレアの言われて傷つく言葉を矢継ぎ早に発していく。反論できないミュレアにエルディアが最後の一言を叩き込む。その瞬間、ミュレアは腹の底から煮える何かを感じた。
「何か言いたいことあるの」
「だっ、て」
 唇を噛み締めていたミュレアは口を開いた瞬間に自分の中のあらゆるものが関を出してあふれ出ていくような感覚に襲われた。
 それも、もうどうしようもなく。
 止め処無いほどに。
「だって何もわたし悪いことしてない!ぜんぶ、全部わたしがやりたくてやったんじゃないの!何回もわたしはイヤだって思った!っ、だけどあの人はわたしが嫌だっていう事も許してくれないの!っく、どうして生まれる場所が違うだけで・・・っ、わたしだけこんなに人の扱いを受けられないの!?」
「ほら。そんなに我慢していたんでしょう」
「っく、ひっく・・・」
 叫びは木霊して、思いは涙となって世界に散る。ミュレア自身背負っているものが多すぎた。暮れた悲しみが、この世の不条理に対しての怒りが。それを誰に聞いてもらうでも、誰に吐き出すことも無く。ただ周りの者達が自分に向けるかもしれない闇に怯え続けていたのだ。それが関を切ってあふれ出る。
「泣いちゃ駄目だなんて誰が決めたんです」
「ひっく、うん・・・っ」
「明るい日を見たいなら、明日を迎えたいなら今の苦痛は全て流して。泣きたい時はちゃんと泣いてください」
「うん・・・。う゛んっ・・・!」



 こんなに心の内を曝け出したのは何時ぶりだったろう。もしかしたら生まれてこのかた無かったかもしれない。その位露にした。後々思い出しては情けなくなる位に。
  何時の間に眠ってしまったのか、泣き疲れて眠ったなんて子供みたいじゃないかと思ったけれどヴィルが前に言った「泣き虫は嫌いだ」なんて言葉を思い出した。ヴィルは目覚めた時隣に居た。
「気付かなくてごめんな」
 心底申し訳無さそうにヴィルが言った言葉。それだけで十分だった。

*

 夕陽は赤くて、仲間達は数人情報収集に散っていた。後は不寝番をしたり子供達ははしゃいでいた。仲間たちの仲裁もあり仲直りしたロクティスやエルディアはすっかり仲間達になじんでいた。
 見上げた空には聖星が、月と太陽が浮かんでいる。本当に俺はこの景色を守れるのだろうか?
 後十日。
 この世界に訪れさせることは出来るのだろうか。第十一日目の朝を。俺たちの手で。
「ねぇ、ヴィル。エルにも話したけど・・・ありがとう」
「気にすんな」
 俺には言葉を飾るとか、そんな器用なことは出来ない。だけど正直に言えば心は通じてくれるって思ってる。複雑な色を浮かべても笑顔を向けてくれるミュレアがそれを証明付けてくれているような気がした。
 



 ―――たどり着いた先にどんな終焉が待ち受けていても、俺は最後まで戦う。例え勝機がなくとも。それが、俺の誓いだ。





                                    ――第五章 〝高貴なる血筋〟 完