Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第七話 衝突    SHOT 3 〝応える〟



――時は少々遡る。

銀の精鋭と金の精鋭が死闘を繰り広げる少し前、城内ではヴィングとミュレアがある暗い一室に駆け込んでいた。
暗がりに目が慣れてくると、辺りの様子も大体把握することが出来る。所狭しと並べられている目立たない灰色の縦長いロッカー、部屋の隅にうず高く詰まれた段ボール箱。使用人の着脱室だ。
小部屋の中は埃っぽく、ミュレアは思わず小さく咳き込んだ。その様子に気づいたヴィングが窓を開け放ち、少々強い風が吹き込んでくる。その清々しさに、ミュレアは微笑んだ。

「よ~っし、大丈夫か? んじゃあその暑っ苦しいやつ着てくれ。私も本当は早く脱ぎたいけどさ、ここ結構強えー奴ら潜伏してっから。万一ばれても雑魚だったら私が蹴散らしてやらあ」
「ありがと、ヴィング」
言いつつロッカーから地味な色合いの、ヴィングの着衣しているのと同じだぶだぶの洋服を羽織る。ジッパーを上げ、髪も帽子の中に入れ込むととても王妃のようには見えなかった。代わりにドレスはロッカーに押し込む。ドレスの下に私服を着ていたというのは不幸中の幸いだった。

「よっし、脱出!」
「・・・」
「ん?」
自分が出口に歩み寄っても、ミュレアが歩を進めていなかったことに気づいたヴィングは振り返った。そして彼女の瞳の〝迷い〟を一瞬にして見抜く。安心させるようにニッと笑む。

「あんたのこと求めてる奴らがいるんだろ? だったらそれに、応えてやんなよ」
「応える?」
「そ」
応える。・・・逃げていた? 今まで、わたしは・・・逃げていた?みんなに応えることに。
傷つけたくないから放置していた。応えることなく。嫌われるのが嫌だったから、逃げていた。嫌われないなら好かれなくてもいいと思っていた。しかしヴィングは暗に示している。それでは何も変わらない、と。

「わかった。応える」
「そそ、その調子だ。応えること、誓えよ。誓いを破ったら許さねーぞ?」
言葉に反して口調は柔らかく、見守ってくれるようなものだった。うん、とミュレアは頷く。頷き返したヴィングが扉の外に行き、ミュレアも後に続く。それを見送り、ヴィングは扉を閉めると含み笑いして言った。


「バレるまでお忍び、バレたら強行突破。覚悟しとけ、な?」



                    *                      *


時は戻り、ここは古き戦友の戦い。
恐らく数箇所ある中の一番激しき戦いだろう。しかし獣の姿になったライシェルは苦戦を強いられていた。
トゥリムは痛くもそこを突いてくる。

「戦力が、落ちたな」
「お前もな」
粋がってみせる。蒼き稲妻が迸れば、軍武基地内に地割れが起きる。それは二人を呑み、しかし双方とも次の瞬間には土煙の中からそれをたなびかせ、中に舞い出でてくる。白き毛並みは土煙を払い除けた。
「・・・可愛くなったものだな」
呟きはライシェルの耳には届かなかった。
トゥリムは深呼吸すると太槍を振るい、突っ込んでくるライシェルの頭突きを受け止める。

「迷いが・・・あるな?」
「〝戦いに私情は挟むな〟・・・だったか? お前の教訓だったな」
言ったトゥリムは懐かしさに口元を緩め、切なげに目を細めた。
間合いを取る為遠く後方に跳躍するライシェルを見て、トゥリムは思う。彼女は、変わらないな・・・と。
昔から、そうだった。軍服に身を包みながらも損なわない気品と華麗さ。いつでも軍の獣―身分をわきまえない、浅はかな周りの下衆共―達の注目の的で、そこに現れた彼女の小さな〝守るべきもの〟へ向ける眼差しは次第に自分にとっても羨むべきものになっていて。
より過酷な戦いの中で鎧に身を包むライシェルの姿はまるで戦乙女(ワルキューレ)のようだった。
否、戦う女神か。
「よく・・・覚えてくれていたな」
忘れられるわけが無い。
本能のまま手に入れようとしてしまい、お前の綺麗な手は――その手は、俺を拒絶した。
関係を失ったのは自分の浅はかな行いの所為だった。最初は違うと思っていたのに。周りの下衆共と自分は違うと思っていたのに。自身の愚かさを、自身で証明してしまっていた。

「そして今ぶつかるわけだ」
「ああ。なるべくして、なったのかもしれないがな・・・」
気持ちだけは天を仰ぎ見るような気持ちになってみる。元より敵に現実的にそんなことをしたら当然自殺行為だ。
罪悪感と哀しみのみがトゥリムを動かしていた。――許せ、ライシェル。
「行くぞ」
そして再び、力は交錯する。衝撃と閃光と共に。


                    *                      *

意味がわからない。元々馬鹿だけど理解が出来ない。
手加減なしに飛び来る黒い刃。避けるのみしかできず、唇をかみ締めた。いや、攻撃はしようと思えばできる。しかし自分の命の存亡をおびやかす裏切り者だったとしても、そう判ったとしても自分の仲間には手出しできないのがヴィルの唯一の弱点と言っても良い所だった。
「なんで・・・。なんで・・・!なんで・・・っ!」
そればかりを頭の中で、口で、繰り返し呟きながら攻撃を防ぎ、避けることしか出来なかった。

独り言、いや呪文のごとく繰り返し呟くヴィルをリトゥスは不自然なほど無表情で見ながら刃を飛ばしていた。その一つがついにヴィルの腕を捕らえ、彼の腕の傷からは大量に血が流れた。それでも攻撃しようとしないヴィルを見て、リトゥスは苛立ったように声を荒げた。

「これで判ったでしょう!? わたしは敵なの、それなのにどうして反撃しないのよ! 死にたいの !!?」
「死にてぇ・・・わけあるか。大体、なんで今なんだ? 出くわしたとき殺せただろ?」
「アンタを確実に殺すためよ! そしたら裏切られた怒りに燃えて、もっと強いアンタと戦えると思ってた! だけど・・・裏切られただけで、このザマじゃない。わたし、アンタに失望したわ」
言葉をつむぎ、自分でも判らない複雑な思いに駆られてリトゥスは叫ぶ。それに呼応するかのようにリトゥスの翼から生み出された黒光りする刃は様々な方向からヴィルを取り囲み、浮遊した。

「・・・もう、死んで」

黒い羽根はその言葉を受け、一斉にその矛先をヴィルという名の一点に向けた。

「じゃあね」
焼け野原を、大量の鮮血が潤した。