Ultima Fabura―終焉へ向かう物語―

Aerith ◆E6jWURZ/tw     作



第五話    忘却の美香    SHOT 6 〝側近〟



世界空海軍政府本部騎兵隊class〝1st〟第3部隊所属、通称:ライシェル。異名は〝閃光の刃〟。
それが私だった。
空海軍というのは天界と下界の両方の治安を守っているもので政府の本部といっても良い。つまり、当時軍人だった。
仕事と言えば主に魔物を倒したり賞金首を捕まえること。特に特別なこともなく退屈だったが、当時身寄りのなかったライシェルにとっては特に行く当てもなく軍に所属していた。
元々戦闘能力も高く、それ故すぐさま少将にまで上り詰めていた。
その能力を買ってくれたのが同じ部隊だったデュラルド中将。彼には借りもあってあくまで下に留まっていた。だから中将にも、大将にもなれる資格があったにもかかわらずライシェルはそこに留まっていたのだ。
『俺に構わず上に行きゃーいいのに』
『中将をないがしろにするようなことをするつもりは毛頭ありません』
『はっはっは! そうかそうか』
そんな時出会った。
『僕を、騎兵隊に入れてくださいっ!!』
〝藍蒼の片翼天使〟ファレンに。
弟のようにいつも一緒にいたが、彼は天使族であったのに種族にあるまじき掟を破ってしまった。
その為――――死んだ。
自分が守ってやれなかった所為だ。そう自分を責めた。しかしファレンは死ぬとき腕の中で言った。
自分を責めないで、と。
じゃあ誰を責めればいいんだ? 誰の所為にすればいいんだ? 悲しみを誰に、どこにぶつければいいんだ・・・。
哀しみに飲まれそうだった。そして仇を討ちたいと思っていた。

そんな時、ミュレアに遭った。

生後間もないというのに既に精神は半壊状態だった。
同じ匂いを、同じ感情を感じて闇に呑まれる前にとライシェルは入った。
そしてライシェルは知った。この子の父親が自分の仇だと。この子も自分の父は仇のようなものだと。
二人は誓った。復讐を。



「本当に――復讐しかないの?」



話を聞き終えた後、カテーナは悲しげに目を伏せたままふとそうこぼした。
全員の視線を一斉に浴び、はっとしてカテーナは全員を見回すと顔を赤くして顔を背けた。
「あの、だってやっぱり・・・」
口ごもるカテーナ。
「何で人は争いをするんだろう…、争いから生まれるのは悲劇だけなのに」
不意にアルスもそう呟く。
思わぬところから助け舟を得たカテーナは頷いた。
「そうよ。え、っと・・・」
「アルスです」
「そう、アルスさんの言うとおり。復讐なんかしたらまた同じようなことが起こるのよ。悲劇の連鎖は駄目だよ」
「カテーナ・・・」
哀しげな色を瞳に宿して彼女のほうを見たミュレアは呟いた。一方ライシェルは不満げに地面に爪を立てる。
まるで人が拳を怒りに震わすように。

『だったらあいつの仇は? どうやってとったら良い? このままではあいつの魂は休まらない!』
「ライシェル、止めて、落ち着いて・・・」
『私は・・・残された私は、どうやって償ったら・・・!』
急に落胆したライシェルは悲嘆に暮れた声でそう言う。ミュレアはそんな彼女を抱きしめ、やわらかくなでた。
情に流されまいとしているのか、リトゥスは海に目をやったまま呟いた。

「〝仇〟って?」
「それは・・・」
核心を突いたリトゥスにはっとしてミュレアは口ごもる。鋭くリトゥスはそこを気に留める。



「アンゴル・K・ディアボロス。我が闇の魔王ですよ☆」



不意に不敵な笑みと共に声がした。
一睨み効かせ、振り返ったフェルドは「・・・誰だ」と言った。同時に近くの木が一本切り倒される。
そこにいたのは、シルクハットを被った銀の艶のある黒い短髪の細身な男だった。瞳は金。
                 ワタクシ
「そう殺気立たないで下さいな。私はデラス・S・セドリシア。アンゴル王の側近です。以後、お見知りおきを♪」
「デラス !?」
悲鳴に近い声を出したのはミュレアだった。ライシェルも表情を硬くし、全身の毛を逆立たせている。
細身の男、デラスはふと声のしたほうを見やり「おやおや」と不気味な笑みを浮かべた。

「これは我が姫君殿。私の名前をご記憶くださっていましたか☆ 貴女様の父君は貴女様が不在の間、大層哀しんでおられましたよ♪」
「あいついちいち語尾がイラつくんだが」
あからさまに苛立ったような舌打ちをしながらフェルドはデラスを睨んだまま言った。
自分の敵から目を離さないようにシュヴェロは警戒しつつミュレアの前に立ちふさがった。

「一体その王の側近さんとやらがなんの用や?」
「私は王の命令で来ただけ。ある人が失敗した任務を遂行にね♪危害は加えません☆ただ―――」
まるでそれが合図だったかのようにシュヴェロが言うと全員が武器を構え、戦闘態勢に入った。
怯まずデラスはにやっと笑う。刹那、彼の姿は跡形もなく消えた。



「貴女を、連れてくるよう言われただけですから」



耳元で声がした、と思った瞬間ミュレアの体は浮いていた。
皆が気づいたときにはもう時既に遅く、仲間達は手乗りサイズに見えるくらいの遠さになっていた。
風の刃が飛んでくる音がすぐ耳元で聞こえた。雷の鞭がしなった。黒い刃のような羽が跳び、白い光が迸って枝も飛んで来た。竜巻が起こりそれに乗って歌が響いた。・・・が、デラスは一人の人間を片手に抱えたままだというのに空中で軽く攻撃の乱舞を身をかわした。驚愕した声が上がる。不満げにデラスは鼻を鳴らした。
「危害は加えない、と言っているのに・・・。しょうがないですね☆」
デラスが腕を上げると袖が少しずり落ち左手の甲にある魔方陣が露になった。何かを詠唱している声が聞こえた。
――危険だ――
本能が告げたが、ミュレアが警告の叫びを上げたときには遅かった。

プレッシャーグラビティ
「圧重力!!!」

ドォォオオオオオォォオオン!!!!!!!!
爆音かと思うくらいの大音量と共に仲間達のいる位置を中心に砂浜が丸くへこんだ。
ミュレアは息を呑む。生死を確認する術は既に無いが、仲間達が倒れているのだけは見えた。
最後の一人、ヴィルが弱々しく空に手を上げたが彼もとうとう力尽きてその場にばったりと倒れて動かなくなった。

「そんな・・・っ!」
「さァ、行きましょう・・・」








「また、わたしの所為で傷ついた・・・」
慈愛と哀しみに満ちた涙は誰にも届かないまま、冷たい空に散った。
銀紅の月はまるで血の色のようだった。



                                                      ――第二章 〝水地の魔導士〟 完