ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#1 Minotaur『牛頭鬼』2



 ルージュはビルの屋上の一角に座り、ビル群を眺めていた。

体のほとんどを機械で構成されている人造人間にも心はある。

つまり、意味がなくたってそういう時間や場所が欲しくなることはあるのだ。

ルージュにとって、そういう時間とは任務の後、そういう場所とはここ『断罪者』本部の屋上だった。

ビルディングだらけのこの街を、見据える眼はどこか悲しげで。

 不意に、ルージュの肩に何かが触れる。

それは缶カフェオイルだった。

「…ノワール」

「緊急出動、お疲れさん」

 ルージュが振り向くと、そこには缶カフェオイルを二つ持った黒髪の人造人間が立っていた。

ルージュはノワールの右手の方の缶カフェオイルを無言で受け取る。

 このノワールという人造人間は顔の右半分が機械に覆われおり、

それ故この人造人間は『髪と瞳の色を派手にしなければならない』という義務から逃れれることが出来た。

 よっこいせ、と小さく言って、ノワールはルージュの隣に座る。

「…Bランクの暴走、一人で片付けたってな。やるじゃねーか」

 カフェオイルをすするノワール。そのガタイは華奢で小柄なルージュよりも一回り、二回りくらいは大きい。

制服をいつも着崩していて、一日一回はローズに注意されているが

おちょくったついでにはぐらかすばかりで一向に正す様子は見えない。

 パキン、とルージュの手元で缶の蓋が鳴るとカフェオイルの湯気が上った。

「知ってたんだ?」

「さっき帰ってきた時にローズから聞いたよ」

 本来、Bランク以上の人造人間の暴走の鎮圧には、Sランクでも7、8人程のチームが出動する。

そんな危険な任務を、ルージュは毎回一人でやってのけていた。

第一部隊のメンバーは、彼のみである。

『断罪者』のメンバーから見て、彼は『尊敬の的』である。しかし―――

「…なあ、ノワール」

「ん?」

カフェオイルの残りを一気に飲み干そうとした手を止め、ノワールはルージュに返事を返す。

「ノワールは、この仕事をしていてどう思う?」

「どう、って……?」

「時々、わからなくなるんだ。ボクは本当に正しいことをしてるのかな、って」

「…………」

「人間達の手違いで暴走した僕らの仲間達を、僕ら自身で破壊して、処分して。

 …ボクらって、何してるんだろうね?」

 ルージュは俯いた。とても悲しげに。

ノワールは、無言でルージュを見ていた。

 体のほとんどを機械で構成されている人造人間にも心はある。

つまり、意味がなくたって悩む時間や場所が欲しくなることはあるのだ。

 ルージュにとって、悩む時間とは任務の後、悩む場所とはここ『断罪者』本部の屋上だった。

カフェオイルの揺れる水面を、見据える眼はどこか悲しげで。

 不意に、ルージュの頭に何かが触れる。

それは、ノワールの大きな掌だった。

「難しい事はわからねえよ。俺は戦闘機能特化型だからな。

 でもよ。お前は人を一人助けたんだろ?」

「…それも聞いたんだ?」

「今回だけじゃねえ。お前は今までそうやって、沢山の人を救ってきた。

 それは誰が何と言おうが正しい事だ。…違うか?」

「…うん、そうだね」

 ルージュの表情は少し柔らかくなって、微笑を浮かべてノワールの方を向く。

そして再びビルディングだらけの街の方を向いた。

「…オリハルコンの刃を持ってるくせして、メンタル弱いでやんの」

わしわしと、ノワールの手がルージュの髪を掻きまわす。

「…一言多い。」



   


「…やはり今回も電磁波異常……」

 モニターの前で、ローズは呟いた。

今回暴走した人造人間の調査報告、今はその原因の途中経過の報告を受けていた。

こういった報告書などの仕事も、オペレーターである彼女の仕事であり、また恐ろしく精密、正確である。

 ―――最近、この手の暴走のケースが多発していますね。

綺麗に切断された残骸にも、その前の製造段階の報告にも異常は見当たらない。

果たして、これはただの偶然なのだろうか…?

 いや。恐らく今回もあの端末が使われている筈。

やはり先の一件は、氷山の一角。もしかしたらその前の事件も…?

アレの製造者が、今回の暴走にも、最近に連なる電磁波暴走に関与している…?

つまりあの端末の製造者の目的は、人造人間の暴走……?

「…一体、何の目的で…?」

―――そして、未だ捕まらず、その正体も明かさず、尻尾さえも出さない。

あの端末の製造者は、一体何者なのでしょう―――?



   



「…実験結果としては、上々だ」

 その老人が見ている映像は、暴走した牛頭鬼と、ルージュの戦闘。

ルージュが左腕の刃で牛頭鬼の両腕、胸、頭部を切断する瞬間が余りに速く一瞬に見える。

 ―――暫くの間、奴等はこの端末の解析に躍起になる筈だ。

だが私の研究は、『彼』のクリアはここで終わりではない。

更にその先があり、またこれはその為の時間稼ぎにしか過ぎない。

 さあ勝負だ極東の異教徒無教徒共。

貴様らの傲慢、その罪をこの私が神に代わって断罪してくれよう―――。



 その老人の長い髪は茶色く縮れていて、顔に合わない大きな丸眼鏡がモニターの光を反射していた。