ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#4 Defeat『敗北』2



「―――え…?」

 ルージュは、真っ白な空間に居た。


何の比喩表現でもたとえでもなく、本当に真っ白な空間。

「え…と、ここは……?」

ルージュは必死で思い返す。


 ―――そう、確かを自分は『人造人間連続暴走事件』の元凶を探って、『氷華スコーピオン』を倒して、

直後に『紫電スパイダー』が現れて、落雷を直に喰らって―――


「…って、ノワールは!?」

 いけない、ノワールまで巻き込まれてはいけない。

いや、もう遅いのか…? いや、いや。そんなこと考えたくもない。

とにかく此処は何処で、ノワールは、紫電スパイダーたちは何処だ…!?




「ココには誰もいないよ。アタシとキミ以外はね」




「!?」

 ルージュは思わず振り返る。

しかし、誰もいない。

「あーあ、しっかし『彼』も容赦ないもんだなあ。アタシの存在に気づけるってよっぽどだよ」

声の出所はわからない。近くからささやいているようで、遠くから響いているようで。

真横から聴こえるようで、真後ろから聴き取れるようで。

「誰だっ!」

「おっとと、そんなに警戒しないでくれよ。ここだよ、ここ」


 気付けば、眼の前に人影。

近いような、遠いような。そんな距離に、誰かが佇んでいた。


 ノイズがかかっているように、そのヒトの姿ははっきりとは認識できない。

「んー、今の君にはやっぱり視えてもこのぐらいが限界かな」

やっぱり、声の出所ははっきりしない。

確かにそのヒトが話している筈なのに、後ろから、横から、前から、ナナメから、後ろから、下から聴こえてくる感じ。

「…まずは訊く。お前は何者で、此処はどこだ?」

 きぃん、と姿を覘かせた深紅の刃。軽く構えるルージュ。

「だから、そんなに警戒しないでってば……。

 んー、そだね…簡単に言うと、ここはキミの精神の中かな」

「精神の中?」

「そっ」

「…バカにしてる? それともボクがおかしいのか?」

「まあ、キミがおかしいっちゃおかしいね。でもバカにはしてないから安心して」

そのヒトが笑っているのか笑っていないのかさえ分からない。

「仮に、ここがボクの心の中だとしたら…随分殺風景だね」

「ん? 案外そうでもないよ?」

そのヒトは軽く指を振ったように見えた。




 次の瞬間に辺りを包み込んだものは

ルージュが手にかけてきた幾千もの人造人間の断末魔と幾万もの人造人間の最期だった。




「!? いっ……ぎ、ィッ…!!」

ルージュは頭を抱えて倒れ込む。

流れ込む幾つもの『終わり』。
苦痛。

想像を絶するような苦痛を味わっている表情で。

「あッ…が、ぁ…ッ、うぁぁぁッ!!」

そのあまりに顔が歪む。いっそ破壊された方が楽だ、とも言わんばかりに苦しむ。

ルージュの葬ってきた彼らが現れては破壊されていく。

壊れる。壊れる壊れる壊れる壊れる―――!!


 そのヒトが再び指を振ると、全ては消えて辺りは再び真っ白の空間に戻った。

「ね? あれなら殺風景な方がいいでしょ?」

「…は、ぁ…はぁ…ッ!」

「ちなみに、あれにフタをしてるのはアタシじゃなくてキミ自身だよ」

「……?」

「とは言っても、ずっとそのままってわけにもいかないんだけどね…」

そのヒトは音も立てずにこちらへ歩み寄る。

そして、目と鼻の先で立ち止まる。

「アタシの名前は…教えるにはまだちょっと早いかな」

「何を…」

「でも近いうちに、キミはまたここに来るよ」

 ちりっ、と。

一瞬、周囲がノイズに包まれた。

「…さ、もう行きなよ。キミの仲間が待ってる」

「ちょっと待て―――」




「じゃあ、またね。くれぐれも『あのバカ』をよろしくね」

再び周囲がノイズに包まれる瞬間。

ほんの一瞬だが、そのヒトの姿は純白の髪をツインテールにした少女のように見えた。






 紅葉が舞う縁側、ブルゥは佇んでいた。風は彼の許へ紅葉を送り、ブルゥの袖を揺らす。

視線の先、紅葉の樹の上には紫電スパイダー。漆黒の顔と紫色の六眼は、やはり何も表さない。

今この瞬間にもこの紫色の髪の人造人間は、レーダーの撹乱の為の電波の防壁を張り巡らせているのだろう。

 少なくともブルゥが出会ってきた誰とも比較することができない。

それほどまでに、特に戦闘面において紫電スパイダーは格が違いすぎる。

ブルゥが完全に敗北したあの日に目の当たりにした強ささえ、そのほんの一部にしか過ぎなかった。

 そんな奴が、敵を壊しもせずに見逃した。

紫電スパイダーの落雷の威力は本来あんなものではない。

落雷そのものの威力に彼自身のクリアを付加。それを幾つも幾つも雨のように降らせたあの光景はまさに悪夢。

事実、以前その理不尽な威力を前にブルゥの最大サイズの『氷華スコーピオン』は敗れたのだ。

それほどの災厄を秘めながら、紫電スパイダーは最終的にあの少年を廃品にしなかった。

つまり、それは


「あのガキは、『当たり』だったってぇ事か?」


「…ああ」

 紫電スパイダーは短く返事をした。

「はぁー、長かった…。……まあ、あの場面でお前さんに対してあんなコト訊いた時点で予想はついてたけどな」

「更に決定的だったのは倒れる瞬間の表情。…あの少年はあの瞬間、確かに『苦痛』を感じていた」

「ってェ、ことは…だ」

「そうだな。だが、まだ不完全だ」

 紫電スパイダーは、自らの顔に手をかけた。

「だから、暫くは様子見……だな」

 紫電スパイダーは、自らの顔を引き剥がす。

否、…黒地に紫色の六眼の、その仮面を静かに取り払う。




 中性的で端正な顔立ち。されど淡い紫色の瞳は鋭く、ビル群車の群れ電波塔星空が織りなす光を見渡していた。




「次に会う時は、パズルのピースが全て揃う時……か」

 紫電スパイダーの異名を冠する美青年はくす、と嗤う。

 ブルゥのクリアによって形作られた、屋敷の敷地を丸ごと囲んだその方舟は誰にも気付かれることなく上空を往く。

紫電スパイダーの妨害電波によってあらゆるレーダー網をすり抜けて。

 それが、霊零組が機密を保持することができている最大の理由だった。


「早く来いよ、ルージュ…もとい、『ブラッドエッジ』完成の鍵」