ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#8 Death『死神』前篇3
ルージュが眠っているその部屋に、誰かが立っている。
薄暗いその部屋に佇む『彼』。黒衣を身にまとい、漆黒の顔には目と鼻と口の代わりに六つの紫色の珠。
彼がどうやってここまで来れたのかは事情を知っていれば推測はできるが、普通では到底あり得ないことのはずだった。
壊滅したとはいえ、今は他支部からの精鋭によって厳重警戒態勢を敷いているのだから。
それでも彼がここにいる理由。それは単純に格の違いを示していた。
だが、それら全ては『彼』自身にとってはどうでもいいことなのである。
『ブラッドエッジの発動による全人類の滅亡』。
その目的さえ、彼にとっては仮初めのものにしか過ぎない。
ブラッドエッジの発動、『彼』の目的はその先にある。
その彼が手に持っているものは、黒い小さな板のようなもの。
記憶媒体である。
眠る人造人間と、それを見守る人造人間。
見守る人造人間はやがてその手に持った記憶媒体を。
「―――アンタらは木偶人形なんかじゃない、好い加減に立ちあがったらどうだ」
紅い少年が再度立ち上がるためのきっかけを、彼の首筋に差し込んだ。
ただしこれ以降の彼は、ただただ運命の糸に縛られ操られ続ける人形劇のキャストではない。
正午。断罪者の面々は屋上にいた。
両腕を拘束されたノワールと、彼を包囲する断罪者の精鋭たち。ベールもそこに含まれる。
その輪の外に混じり、非戦闘要員であるローズと透もその状況を見守っている。
正式なメンバーではないグレーテルと黄河一馬も『透に用件のある人間』としてそこにいた。
黄河一馬は静かに目を閉じている。グレーテルは何かを警戒しているようだ。
透は目を細めてはいるが無表情で、ローズはうつむいていてその表情は視認できない。
今更説明するまでもない。ノワールはまさに今から破壊されようとしていた。
昼間の空は無情なまでに蒼く澄み渡っている。暖かい日射しが気分を緩ませてしまいかねないほどに。
けれどそれを決して許さない程に、現実は情け容赦がない。
今まで散々人間を人造人間の被害から守るために仲間を葬ってきた死神は
一番報われない形でその最期を迎えようとしている。
いや、もしかしたらノワールの前で『彼女』が破壊されたあの日から、ノワールには救いなんて無かったのかもしれない。
屋上に吹きわたる風。
「…これより、製造番号NAR-38-661個体名『ノワール』の処分を執り行う」
他の支部の断罪者、見た目は40代くらいの人造人間が厳かな声で宣告する。
ノワールの破壊を。
「何か最後に言い残しておくことはあるか?」
その断罪者は更にノワールを見据えながら言う。
本来暴走した人造人間は問答無用で破壊されるのが道理なのだが、
ここには今際の際の遺言を遺す程度で異議を示すような『普通の人間』は存在しない。
そして何より、ノワールが今こうして暴走から復帰していることが遺言を遺すことを許された一番の理由だった。
「………………」
ノワールは、うつむいたまま何も言わない。
「言い残すことが無いのならば、これより処分の執行に―――」
「…昔な」
ぼそり、と。
彼にしては小さな声。その場の全員が耳を傾ける。
「まだそこのローズ、って奴が来るよりも前にな、この断罪者本部に『ブランシュ』っていうさ、俺の親友が居たんだよ…」
その声にいつもの活気はない。
「白い髪ツインテールにしててさ、はっきり言って相当…俺よりも強くてさ
そして…何より俺はそいつが大好きだった。言えなかったけれどな」
しばしの静寂、屋上には風の音だけ。
「でもなぁ、そいつは破壊されちまったよ……」
ノワールは首を上げて青空を見上げる。
「ちょうど俺みたいに暴走してさ、やっぱりこんな感じで…処分された」
ノワールはため息交じりに、自嘲の笑みを浮かべている。
「最期の一瞬、こっちを振り向いて笑ってさぁ……。
それからはホントに、死んだみたいに毎日毎日仕事だけをこなしてたっけなぁ……」
透も、神妙な表情をしている。
だが、その表情はノワールが次に告げた言葉とともに一変していく。
「でもな、ある日『紫電スパイダー』と名乗る奴に会った」
「―――!?」
ノワールは以前に紫電スパイダーと接触している。
本来なら驚く道理は無いはずなのだが、透だけはその言葉に過剰に反応した。
まるでノワールがこれから何を言おうとしているかを理解したかのように。
「以前の接触の時の話をしているんじゃない、それよりももっと前だ。
―――俺はそいつからブランシュの暴走の真相を知った」
「…何を言うつもりだ、ノワール」
「透さん、何の話を…?」
ベールの問いなど透の耳には入らない。透は明らかに動揺している。
「そりゃあ俺だって初めは信じられなかったぜ? でもな、そいつが提示した情報はすべて確かなものだったよ」
「…それ以上を言うな、ノワール」
透の動揺が完全に表面化していく。うつむいていたローズも透の顔を見上げる。
この動揺の仕方。この発言。まさか―――!?
「いいか、よく聞け。ここにいる断罪者、俺の仲間達。
この一連の暴走事件、真の黒幕は―――」
「早く、ノワールを処分しろ!」
透がそう怒鳴った瞬間。
他支部の断罪者達の表情が消え失せ、一斉にノワールに向かって銃を構える。
その刹那、グレーテルが言う。
「…この感じ……」
「どうした?」
「『奴』が……私達が探し続けた『彼』が来る」
その引き金が引かれるまで一秒とかからない。
「ノワールッ!!」
ローズが思わず身を乗り出す。
弾丸が射出されて、死神を殺さんと一直線に標的に向かう。
不意に、たたん、と何かが空中を駆け降りる音。
その音の主はいきなり彼らの目の前に現れた。
淡い紫色の髪の『彼』の腕が空を切る。
すると、ノワールを仕留めようとした弾丸の全ては紫の閃光に斬り裂かれた。
小さな爆発が起こり爆煙が立ち昇るも、ノワールが居る場所を中心に巻き起こった真空波が煙を吹き払う。
「―――嘘」
ローズが思わずそう呟いて、その場の誰もが驚愕する。
蒼く澄み渡った空の下、断罪者本部屋上、昼間。
―――ノワールの前に、
背中合わせに立っているのはSSランクの人造人間『ルージュ』とUnknown『シオン』、通称『紫電スパイダー』。

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