ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#10 Mayfly『煉獄』前篇4
ノワールは手に持っていた重火器を無造作に放る。
生身の人間では持ち上げられない重量のそれが盗まれるようなことはない。
彼はブランシュの方へ歩み寄ってくる。
人造人間にとって意味があるか甚だ怪しい「大丈夫か?」という問いをノワールが投げかけるよりも早くブランシュが
「…なんであたしを助けたの?」
はぁ?とノワールは訊き返した。
「なんで、って助けてなきゃ破壊されてただろ、お前」
「だから、助けなくたってよかったのに」
座り込み俯いていたブランシュは、ノワールに顔を向ける。
「あのまま、死なせてくれればよかったのに」
「何言ってんだよお前」
ブランシュの表情は、いつもの笑顔のままだった。
いつもの、仮面を貼り付けたような。
「あ、そうだ! 良い事思いついた。
君って、銃を使うのが得意なんでしょ。なら、それであたしを殺してよ。
あたしが暴走したってことにすれば良いでしょ?
なんなら、今ここで君を攻撃してあげよっか? そうすれば―――」
「さっきから…何を言ってんだよお前はッ!!」
ノワールは、ブランシュの胸倉を掴んだ。
「今までお前の周りで仲間が何人も死んでいったんだろ!?
お前は今、そいつらの命の上に立ってるんだよ!
それで『死なせてくれ』だの『殺せ』だの、フザけたことぬかしてんじゃねぇよ!」
「―――わかってるんだよ、そんなことは!」
そして、ブランシュは笑顔を捨てた。
「そうだよ、皆、死にたいなんて思ってなかった!
あの人は私を助けるために死んだ! だから自分で死ねないんでしょ!?」
仮面が外れ一度露わになった感情は、もう止まるところを知らない。
死ぬ場所を探し続けて、届くと思ったら失った。行き場の無い感情はここにたどり着いた。
人造人間に使うには似合わない筈の『死』という単語は、その違和感を失くしている。
「でも、だったらどうすりゃいいっていうの!」
恥も外聞も捨て、ブランシュはその感情を叩きつける。
「まだこれからもずっと、仲間が死ぬところを見続けて、まだ苦しめっていうの!?
また、大切なものを失えっていうの!?
それならまだ、最初から何も無いまま全部終わらせちゃった方が楽じゃん!」
悲痛な表情は、仮面ではない。
ストレートにノワールにぶつけられる言葉の全てがそれを証明している。
心が壊れているのなら、クリアなど扱える筈がない。
抑えつけていただけで、その理不尽への怒り、悔しさ、悲しさ、寂しさ
挙げれば数え切れない感情の数々は、壊れかけてはいるものの壊れていた筈がなかった。
「なら、いっそ逃げちゃった方が楽じゃん!
だってのに、逃げるのも、死ぬのもダメならどうすればいいのッ!?」
「そんなもん、前に進むしかねぇだろうが」
「なら、まだ苦しめっていうの!?」
「そうだよ。生き残ったなら、まだ苦しまなくちゃならない。
…そんで、同じ苦しみを他の奴に味わわせないように戦わなくちゃならない。
それが生き残った奴の責任だ」
ノワールは、ブランシュを真っ直ぐ見据えたまま言う。
彼女の胸倉をつかむ手に更に力がこもる。
「仲間を失ったとき、辛かったか?」
「そんなの、当たり前でしょ! 辛いなんてもんじゃないよ!」
「だったら! それを他の奴にも与えたいか!?」
ブランシュは、言葉に詰まる。
周りのどんな相手にも、それぞれの数だけ過ごしてきた時間があって、
それぞれの思い出があることを分かっている彼女だからこそ。
下手したら、自分の身が引き裂かれるより苦しい思い。それが他人にも降りかかると思うと。
でも。
「だったら…あたしが身代わりになれっていうの!?
あたしだけが、地獄を見て、酷い目に遭って、独りで死んでいけっていうの!?」
「独りじゃない」
「俺が、一緒に居てやる」
ノワールは、ブランシュを抱きしめた。
ブランシュは目を見開く。ノワールは構わず言葉を続ける。
「前、言っただろ。一緒に闘う仲間を見捨てたりするのは御免だって」
本来、人造人間には家族というものが存在しない。
本来、人造人間に与えられているのは論理的な思考である。
誰かに抱き締められるなどという行為は、彼らにとっては何の意味もない行為の様に見える。
実際、これによって性能が上がるわけでもなければなんでもない。
極端に言ってしまえば、バッテリーの無駄遣いですらある。
しかしノワールの大きな腕の中で、痛覚も、熱いとか寒いとかといった感覚もない筈のブランシュは、温もりを感じている。
あの日、みんながいた場所にあったものを。
「―――いつまで?」
「ずっとだ」
「…具体的じゃないから、わかんないよ」
「俺だってわかんねえよ」
「何それ、変……」
「変っていうな」
「…ねえ、もう一度約束して」
「………ああ」
「ずっと、一緒に居てやる」
ブランシュの頬を、一筋の雫が伝う。
それは人造人間には決してあり得ないモノの筈だ。
が、確かにその、小さな奇跡は、涙は止め処なく溢れている。
もう、堪えることは出来なかった。堪える必要もなかった。
青空の下、ビル街の真ん中。
ブランシュは暫くの間、ノワールに抱かれたまま、まるで人間の子供の様に大声をあげて泣いていた。
―――明日がどうなるかは分からない。
今こうしている間だって、この世界は残酷で、無慈悲だ。
だけど、今だけは。
今だけは、この優しさに甘えさせてください。―――
小さい真っ白な蝶が一羽、空高く消えて行った。

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