ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#6 Run recklessly『暴走』5



 「ん?」

「だから、つらくないのかって」

 断罪者本部の屋上、二人の人造人間は並んで座っていた。

青空とビル群。青と灰色の景色が広がる場所で。

「つらいって…何がだよ?」

「ノワールは暴走した断罪者を担当してるでしょ。その…」

ルージュは言いかけて口ごもる。ノワールは少し怪訝な顔をしたが、すぐにルージュが何を言いたいのかわかった。


「…ああ、つれぇよ。仲間殺すのは」


ノワールは敢えて偽ろうとはしない。

「………………」

通常の人造人間に比べて、総じてハイスペックである断罪者は暴走することが少ない。

だが逆に絶対にないわけではないのだ。

ノワールの役目は、その暴走した断罪者の介錯。

つまりそれは昨日まで共に笑いあった仲間を自らの手で破壊するという役目。

彼はそれを愉しむことが出来るほど狂ってはいないし、それを冷徹にこなすには自我が強すぎる。

挙句の果てには、彼の役職を知っている断罪者メンバーの中には意図的に避けたりしようとする者までいる。

それでも、それらの重荷をたった一人で背負って毎日撃鉄を放っているのだ。

 つらくない訳がない。

ルージュは訊いてしまった自分が愚かだと思った。

破壊された人造人間の遺族や友人は、スペックランクによる程度の違いこそあれ確実に悲しむ。

破壊する側だって本当に嫌々やっているのだ。出来る事ならすべてから目を背けてしまいたい。

ノワールは、その両方を背負っている。

その両方を、たった一人で。

「けどさ」

ノワールは残りのカフェオイルを一気に飲み干す。

そしてひとつ息をつくと。




「俺がやらなくちゃならねぇんだよ。でないと今度はお前やルージュが危ない。

 『トモダチ』を守るためだったらなんだってやってやるさ」




ノワールは苦笑しながら言った。

苦笑など、ノワールにしてはとても珍しかった。

「大丈夫、俺は一人でなんか戦ってねぇよ。…お前らがいるからな」

そう言って、ルージュの頭を大きな掌で無造作にわしゃわしゃと撫でまわす。

ルージュはいつもノワールに撫でられる度に、父親か兄がいたらこんな感じなのだろうかと思う。


「…それに、もう失うのはゴメンだからよ―――」


小声で、ノワールは呟く。

「? 何か言った?」

「なんも言ってねぇよ、と」

「あ、二人ともやっぱりここにいた!」

二人が背後を振り返るとちょうどローズがこっちへ小走りで駆け寄ってきていた。

その左手にはカフェオイルを持っている。

「ローズ、どうかしたの?」

「いえ、私も休憩をとりたくて…。

 …あの、ルージュ。…隣に座ってもいいでしょうか?」

ローズはやけにルージュの顔を見ながら尋ねる。

「? 別にいいけど」

「あ…ありがとうございます」

「…ふっふーん?」

普通に受け答えたルージュと、やけにもじもじしているローズと、二人を眺めてによによと笑みを浮かべるノワール。

「な…なんだよノワール。なんか気色悪いなあ」

「べっつにー?」

ノワールはあからさまな返事をして、ローズはおずおずとルージュの隣に座る。

「…ノワール、余計な事は言わないでくださいね?」

「へーいへい」

「? 二人とも、何の話?」

「ん? いや、ローズが実はルージュの事」

「ここから突き落としますよ?」

「すみません」

ローズが割とマジな殺気を放って、ノワールが目を合わせようとしないまま割とマジな謝罪をする。

「……ぷ」

「ふふ…」

「…あは」

 でも、その後三人は笑う。

人造人間とは思えないほど、楽しそうに。彼らは青空の下で。

「…ねえ。ローズ、ノワール」

「ん?」

「はい」

二人がルージュの方を向いて。


「明日も、ここに来ようよ」


「…ああ」

「是非とも」

断罪者の事とかを忘れてしまえる、この瞬間がルージュは好きだった。


―――断罪者本部屋上での、ある日の一幕。