ブラッドエッジ

作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE



#9 Death『死神』後篇4



「……と…」

 左脚が内側から破砕したルージュが、事態を呑み込めないような表情のまま倒れていく。

ローズは爆破の衝撃で吹っ飛び、少し宙に浮いて屋上に落ちた。

ノワールの視界が自身のひじから先が吹き飛んだ右腕に向いて、倒れる二人を見た後に透を捉えた。

そして理解する。今の爆発が誰の仕業なのか。

断罪者本部の長であり、メンテナンスも担当していた身。人造人間の内部に爆発物を仕込むことなど容易である。

「透ゥゥゥゥゥッ!!」

ノワールは、機関銃を透に向けて乱射する。

「お、あァァァァァアッ!」

生身である筈の透に向かって、生身の人間を殺せない筈のノワールが。

意味するところは、ノワールの暴走。発作。

撃音はとめどなく連鎖して響き渡る。死神は怒りにまかせて撃ち放つ。

薬莢が撒き散らされ。全ての弾丸は憎しみを込めて透に襲いかかる。


しかし、全ての弾丸が放たれ終わった時。そこにあったのは透ではなく白い壁だった。


三日月の能力が、透をかばったのだ。

白い壁は役目を果たすと崩れ去った。

ノワールは不要になった銃を捨てると、正面から透めがけて走る。

『絶対射程』など、無論発動していない。冷静さは失われている。

怒りに身を任せたその様は、まるで獰猛な獣のよう。

人造人間が、殺意にまみれていた。

「ダメだ、ノワール!」

だが、忘れてはいけない。

彼の強さは、その冷静さとその能力に起因するところが大きいと。


つまり、普段なら絶対に受けないような三日月の一撃も、横合いから簡単に喰らってしまうのだ。


白い四角の槍がノワールに激突する。

それは彼を吹き飛ばし。

結果として、透はやはり傷一つ負わないままそこに立っていた。

がしゃん、と幾つかの破片をこぼしながらノワールは屋上に叩きつけられる。

「ノワールッ!!」

「どんな気分だよ? 紅い髪の木偶人形」

脚を吹き飛ばされ、うつ伏せのルージュの頭上から声がした。

見上げると、立っていたのは黒髪の青年。先日、ノワールを暴走させた張本人である。

青年がルージュの腹を蹴り飛ばし、ルージュが地面を転がる。

青年が持っているのは断罪者で正式採用されているクラスター砲。

人造人間さえも一撃で吹き飛ばすシロモノである。


青年はその銃口を、ルージュに向けた。


「壊れろ」

「―――ッ!」

引き金に力が込められる。

ローズは倒れている。ノワールは激昂し暴走している。ブルゥは人間達を一身で相手取っている。

「―――させるか!」

その状況下で青年めがけて放たれたのは、シオンの一閃。

淡い紫色の電撃が奔る。


しかしその一撃は、避雷針となったベールの刀、そして『能力無効化』を持つ彼女に遮られる。


「ッ……!」

シオンはこの戦い、この場の全ての者の思考を電気信号によって読み取りながら戦っていた。

だが、唯一『能力無効化』を持つ彼女の思考、つまりベールの行動だけは読めなかったのだ。

勝てばいいだけの勝負なら確実にベールは負けていたであろうが。

しかし、皮肉にもここにきて対『紫電スパイダー』の切り札はその効力を発揮したという訳である。

クラスター砲が、発射される。


その瞬間だった。茶髪の少年、イヤホンを着けてパーカーを着た少年が黒髪の青年に肘打ちを喰らわせたのは。


「ぐふッ………!?」

茶髪の少年は、一茶薫であった。

人造人間である彼の一撃はいとも容易く青年をブッ飛ばし、クラスター砲が屋上を滑る。

ルージュはその隙に立ち上がろうとする。

しかし、左脚のない彼は立ち上がれない。

「ちッ……!!」

自らの、爆散してもうそこにはない左脚を見てルージュは舌打ちする。

そして、再度前を、クラスター砲が滑って行った方へ目を向けると。


茶髪の老人がクラスター砲を構え、ルージュに狙いを定めていた。


嗤う老人とルージュの目が合う。


その時、ローズがルージュに抱きついた。まるでルージュをかばうような体勢で。


「ローズッ!?」

「死んじゃダメッ…!」

だが無情にも、更にダメ押しと言わんばかりに

三日月が発生させた白い杭がローズごとルージュを貫いて屋上に打ちつけ。

「がッ………!」

「う…ぐッ……!」

動きを封じられた二人に照準は定められる。


軋んだ笑みを浮かべて、老人が引き金を引いた。


射出された弾丸が襲いかかる瞬間が、ルージュにはひどくスローモーションに見える。

二人の人造人間など、まとめて粉砕するクラスター砲。

それは真っ直ぐにルージュの頭部への軌道を描いている。

ルージュの見開かれた深紅の瞳に、その弾丸が映っていた。




瞬間。その景色に、横からノワールが飛び込んだ。




ノワールは両手を広げる。弾丸とルージュ達とを遮って。

ただ、ノワールはルージュとローズに視線をやり

にかっ、と。普段通りに明るく、普段通りに優しく笑って

最後の瞬間にこう言って。



「『トモダチ』が黙って破壊されるのを見過ごすよりは、何倍もマシだろ?」



時間が元に戻った。

クラスター砲の直撃を受けたノワールの、腰から上が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

音は消えていた。

『______』





今度こそ間違いなく、ノワールは破壊された。

『トモダチ』の眼に最期の瞬間を焼き付けて、死神は死んだ。