ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#9 Death『死神』後篇2
「―――っ、ぁあぁぁああッ!」
生身の人間を吹き飛ばし、ベールを相手取り、ローズを守る。
ルージュは今死力の限りを尽くしていた。
先程ベールから受けた傷に加え、少しずつルージュの体は傷ついていく。
酷使している左腕、まだ完全には修復しきれていなかった表面は既に剥がれて生々しい機械がむき出しになっている。
擦り切れた頬、切り裂かれた大腿、刀による風穴のあいた下腹部。
しかし、傷ついても傷ついてもルージュは片膝をつくことさえなく、その刃と身一つで前を見据える。
朱色の瞳、緋色の髪、深紅の刃。
ただひたすらに少年―――もとい、人造人間は戦い続ける。
大切なものを守りたいという、実に非合理的で機械らしくない理由で。
その少年の後ろで、ローズもまた立ち上がる。
「…!? ローズ、そこにいろって……!」
ルージュの言葉を聞かず、ローズは彼と背中合わせになる。
「ルージュ、動かないでください」
「いきなり何言ってんだよ!?」
「動けば動くだけ無駄に隙を晒す羽目になります」
ローズの言葉には、冷静さが溢れていた。
背中越しにルージュに聴こえるその声には。
「いいですか、出来る限り真空波だけで敵を迎撃してください。
視界をカバーできない範囲は私が補い、また必要行動は私が指示します」
「…ローズ……?」
「私も戦わせてください、と言っているんです」
ルージュが振り返ると、ローズもまた振り返っていて、歯を見せて笑っていた。
「―――私も、断罪者のメンバーですから!」
その笑みが、彼女が気丈に振舞っているように見えたのはルージュの錯覚だろうか。
ただ、ローズもまた無力な自分が嫌なのだということぐらいは痛いほどに分かった。
「…分かった。一緒に戦おう」
「勿論です」
青い天空を舞うグライダー、背中合わせの真紅と桃色。
二人は、見上げる。
ノワールは次々と人間達を捕縛していく。
クリアによる弾幕を迎撃し、正確無比に着々と有利な状況へと展開していく。
幾つもの銃を重火器を自由自在に使用し、死神は健在だった。
が。その快進撃もひとまずそこまで。
「…ついに来たか……」
煙が立ち込める向こうから。装甲による足場を展開し終えた三日月が歩いてくるのが見えたからだ。
ノワールと三日月の視線が交錯する。
がしゃんとリロードする音。めまぐるしく分解され構築され展開する白い装甲。
張り詰めた緊張の糸。それは目には見えないが、確かに存在している。
グレーテルは、やはりまだ目の前を見据えていた。
何も無いはずの、電子の塊が薙ぎ払った筈の虚空。目の前の空中。
そこにいた筈のシオンはプラズマ砲の直撃を正面から浴び、跡形もない―――筈だった。
しかし、左手を虚空にかざしたシオンは、確かに先程と変わらず無傷のまま其処に立っていた。
「―――その程度か?」
これには流石に、グレーテルも動揺の色を隠せなかった。
だがシオンはそんなことはお構いなしに。
「どうした? まだ手段は残っているんだろう? 早く来いよ」
ずるり、と。
蜘蛛の巣に巣食う蜘蛛が這い寄るような感覚が、波のように押し寄せ。
「来ないなら、こっちから行くぜ」
シオンがそう言うと同時、見えない力のようなモノが彼から一気に噴き出した。
「っ…コレは……磁場…!?」
黒い粒のようなものがたくさんたくさん、やがて集まって、水の中に垂らした墨汁のようになって彼の下へと集まっていく。
砂鉄である。
シオンは自身の周囲に砂鉄のカーテンを纏わせる。
左手をかざし、瞬く間にその手に漆黒の、砂鉄を凝縮したサーベルが形成される。
「…さあ、始めるか」
そう言った次の瞬間には、彼はグレーテルの眼と鼻の先にいた。
「………!」
まるで、心の虚を衝くように。
グレーテルはすかさず大剣を盾にして、シオンの斬撃から身を守る。
しかし彼はそれだけでは止まらない。
「ッ!?」
先ずは4本。
突き立てるように、新たに形成されたサーベルが襲いかかる。
幾ら風を操ることができると言えど、グレーテルには明確な足場は存在しない。
体勢が揺らいだところで。
砂鉄の群れが紫電を纏い、放出する。
「ぎ、ぃッ……!」
グレーテルは状況を打開しようと、能力を発動させようとする。
しかし、彼女のクリアは発動しなかった。
「……………!?」
そしてグレーテルは完全に足場を失い、落下し始める。
能力が発動せず、焦るグレーテル。
だが。
彼女の下にいるシオンは、既に落下を始めていた。
砂鉄が散ってゆく。
グレーテルは下を向き、シオンは仰向け。重力を無視して二人は向かい合う。
「―――成程、思い出した」
落下していく中で、シオンは言い放つ。
「アンタ、あの時の、『あの施設』の…。成程、良く此処まで辿り着いたな」
シオンは仮面を外し。
「御褒美だ。良いモン見せてやるよ」
シオンが腕を振る。すると、丁度筒の様な形になるようにワイヤーが展開され紫電を帯びる。
グレーテルの視点から見たその光景は、正に蜘蛛の巣のよう。
彼が展開したその中で、繰り広げられた光景は―――
―――そんな、まさか。在り得ない。こんなことが―――
二人は淡い紫で彩られた蜘蛛の巣を落下してゆく。圧倒的な差を隔てながら。

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