ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#11 Mayfly『煉獄』後篇3
今や『煉獄メイフライ』は、ブランシュは地べたにはいつくばっていた。
立ち上がろうとしたら、今度は腕に続き右足までもが崩れ落ちた。
ブランシュは残った片腕と片脚で、無理にでも立ち上がろうとする。
そのとき群衆がどよめいたことなど、気にも留めなかった。
人造人間であるはずなのに、嗚咽が鳴った気がした。
それでも、必死で立ち上がろうとする。
「…っ、ぁああぁぁッ…」
化け物なのかもしれない。
人間に生まれてくることは出来なかった。
機械の体で、何もかもが作り物の、今までたった一人の人間が定めたシナリオの中を歩いてきた。
そして今、そのレールを外れている。
けれど、絶対に死にたくは無いと思えた。
「う、ぁああああああああああああ……ッ!!」
人間がよく使う表現の、腹の底から声を出すってきっとこういうことを言うんだろう。
今まで、自分を守って、自分を支えてきて、自分を生かしてきてくれた白い羽よ。
もう一度だけでもいいから、立ち上がらせてくれ。
ブランシュが、そう願った瞬間。
真っ白な脚と、真っ白な腕。なくなったものを補うようにしてそれが顕現した。
ブランシュが自身のこの能力について把握している唯一のこと。
それは、彼女の願いに呼応して力を発揮するということだった。
まだ、立ち上がれる。そう実感したとき。
再度、白い羽はブランシュ自身を貫いた。
彼女は絶叫する。先程体験したときは全く気付きもしなかったこの感覚の正体。
それを、今一度味わって、はっきりとその正体を認識する。
痛みだった。
本来人造人間が味わうはずも無い感覚を受け、ブランシュは絶叫したのだ。
再度崩れ落ちそうになるも、なんとか踏み止まる。
群衆のどよめきとところどころ聞こえる悲鳴、
そして罵倒の中、ブランシュはこの事態を受け入れることが出来ずにいた。
「随分と困惑しているようだな」
ブランシュは人の群れに割って入ってきた集団に気付く。
悠然と歩いてきた限前透の背後には、断罪者大阪支部の面々が整列していた。
全ての人員が装備している武器は、全て人造人間を破壊するためのものだった。
「限前…透……ッ!」
ブランシュは、透を睨み付ける。
透はその視線を、冷ややかに見つめ返すだけだった。表情の一片さえもなく。
壊れたコンピュータを見る目と、なんら変わりなど無かった。
ブランシュの中で何かが音を立てて切れる。
羽が広がる。
幾本もの鋭い槍のように、透を貫こうとする。
そして羽は、またしてもブランシュ自身を貫いた。
今度は悲鳴さえ出なかった。
ふらついた瞬間の、群衆の視線が目に焼きついた。
そして、おぼろげながら理解し始める。
今まで『自分の想いに呼応する』と思い込んでいた自分の能力の正体が、何だったのかを。
今自分の能力が自分を殺しにかかったのは、
決して『人造人間が生身の人間を殺せないように出来ているから』ではない。
『陽炎』という名のクリアの正体は、もっと恐ろしいものだった。
「……『自分を含めた、周囲のヒトの想いを集約する能力』……」
発動しようとすれば、自分が刺されるのは当然のことだった。
周囲の群衆の敵意は今、ブランシュに向いているのだから。
取り囲む人の群れが放つ、自分への批難が、まるで内側から殴りつけるように彼女にやたらと響いた。
ブランシュは奥歯を強く噛み締める。
群衆の、怯えた、蔑んだ、好奇に満ちた、興味本位の、偏見ばかりの。
十人十色の表情が、行動が、言動があって、それら全てが苦しい。
大切な人を守りたくて、守ろうとして。
これ以上仲間と大切な人たちに消えてほしくないから戦ったのに。
ただ大切な人と一緒に居たいからそうしたのに。
どうして、こんな目に遭わなければいけないんだろう。
どうして、この全然知らないような人たちに嫌われなきゃいけないんだろう。
確かに化け物なのかもしれない。
けど、だからといって何を言ったって傷つかないわけじゃない。
視界がやけに遠くなって、周りの人たちが何倍も大きく見えて、ぐるりと世界が回っていくように思った。
雲に覆われた、白い大理石みたいな空に、押し潰されてしまいそうな気がした。
世界に嫌われてしまったような気がした。
どうして、限前透も、この人たちも……
「……どうしてこの人たちが人間で、あたしたちは人間に生まれることが出来なかったんだろう……?」

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