ブラッドエッジ
作者/ 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE

#8 Death『死神』前篇2
「んじゃ、まずはドコ行く?」
土曜朝午前、晴天の下。ビル群にて。
茶髪の無表情少年一茶とセミロングに伸ばした髪のシャイガールナオの二人は
先程のカフェを出て、まだ人混みの薄めな午前の街を並んで歩く。
ちなみにナオはエスプレッソ一杯、一茶に至っては何も頼まずに店から出てきた。
相変わらずナオはまだ顔を赤くして軽くうつむいてはいるが、症状は先程よりはマシではある。
「えと…どこにしようか?」
言いながら少し周りを見渡すナオ。しかしやはり、特に入り用の店などは見当たらない。
というかぶっちゃけナオはあまり街へ出て遊ぶタイプではないのだ。
ユナや金髪の少女に連れまわされて洋服を見に行ったり
小物類を見て回ったり本屋へ行ってみたりといったりといったことはあるが。
しかし異性とこうすることは初めてだし、そもそもその相手が昨日までは話すだけで混乱してくるような相手だったので
はっきり言ってナオは今、自分でも何を考えているのか分からないほどに冷静でない。
そんなナオの切羽詰まった状況を知ってか知らずか、一茶は突如ナオの手をとった。
無論びっくりするナオ。それも心臓から口が飛び出そうなくらいに。口から心臓ではない。心臓から口だ。
「ぎょばんぼ!?」
「…ガードレールはあるけど、そっち車道側だから。こっち来い」
そう言いながら、一茶はぶっきらぼうにナオを自分の右側から左側に寄せる。
「あ…う、うん!」
一瞬遅れて、一茶が自分を気遣った事実に気がつくナオ。
「…そうだな。とりあえず映画でも見に行くか」
「そ、そうだね」
今日はイヤホンを肩にかけている一茶の背中を見ながら赤面しながらも手を引かれるナオ。
ナオは色々入り混じった心の中で、それでも素直に感じた。
幸せだと。
週末午前9時15分の話。
『そうか。手間をかけさせたな』
携帯端末から聴こえるのは若い男の声。
ブルゥは今、上空に咲いた氷の花弁の端に鎮座していた。
「別に構わねぇよ。俺もいい加減奴らには腹が立っていたんだ」
その言葉は偽りではない。人造人間を見下した態度は彼の癪に障るには十分だった。
何か理由があるのか、今この通話の向こうの相手にだけは決してそんな態度を取らず終始機嫌を伺っていたようだが。
『それで、殺したのか?』
「いや、凍らせただけだ。にしても、なんでまだこいつらを生かしておくんだ」
ブルゥが言っているのは勿論、自分の下で氷の華の肥やしとなった十六夜たちのことだろう。
『―――きまぐれだ』
携帯端末の向こうの男の声からは、感情が読み取れない。
抑揚のない平坦な、しかし透き通った声。
『簡単に殺してはつまらないだろ?』
「…最終的には生身の人間を皆殺しにするのが俺らの目的なんだがな。『ブラッドエッジ』を発動させて」
『………………』
携帯端末の向こうの人物は何も言わない。
少しの間、風の音だけが流れた。
「…それで、そっちの状況はどうなっているんだ?」
『ああ。―――ノワールの処分が、今日の正午に執行されるそうだ』
しばしの静寂をおいても、携帯端末から聴こえる声は無表情のまま。
「随分と早いな」
『状況が状況だからな』
電話の向こうの声は素っ気なく返す。
「断罪者本部の壊滅、か。確かに保身第一の肥え太った権力者の豚共はそら戦々恐々としているだろォな」
携帯端末の向こうの声に反して、ブルゥの口調には少なからず人間に対しての憎悪が含まれている。
それも、抑えているのに滲みだすと言った類のものが。
本当に『全人類を滅ぼし』かねない程の悪意が。
そしてそれを実行するための手段が『ブラッドエッジ』なるものだという。
人造人間を全滅させるモノ『デウス・エクス・マキナ』と人類を滅亡させるモノ『ブラッドエッジ』。
それらが具体的に何を表わすかは、未だ闇の中。
世界に届くほどの巨大な電磁波を発して全人造人間を暴走・自爆させるモノなのか
強力な大量殺戮兵器なのか、
それとももっと別の、抗いようのないものなのか。
闇に棲む住人たち、そのごくごく一部だけがそれを知る。
ただし、今のところは。
「…で、どうするつもりなんだ?」
ブルゥが言った、『どうするつもり』とは無論ノワールの処分の執行に関してだ。
その問いに対して、通話の向こう、
淡い紫色の髪と瞳、端整な顔立ちに黒衣に身を包んだ『彼』は髪を風に弄ばせながらごく自然に答える。
「無論、救い出すさ」
断罪者本部の屋上。
電子を操る、その人造人間はそこに佇んでいた。
「ただ―――その前に少し『仕込み』をしとかなくちゃならないな」
黒い携帯端末が閉じられて。
漆黒の仮面を着けた『彼』の通り名は『紫電スパイダー』。
紫電スパイダーは一瞬にして、空気に溶けるように音もなく屋上から掻き消えた。
目的はノワールの救出。

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